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吐き気と、暴力と、
ペット(??side)
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ギィ…。
軋むドアを開けて、中に入った途端に異臭が鼻に匂ってきて嫌悪感に顔が歪んだ。
鉄とコンクリートに囲まれた部屋。
勿論エアコンもなく、窓もなく、ベッドもなく、中にいる”もの”を逃がさないためだけに造った部屋。
視線を奥に向けると、冷たい床の上で倒れたまま、ピクリとも動かない家畜。
目隠しをして、鎖で手足と首を1つの柱に繋いだ。
全部自分の趣味だが、そうやって自分の思う通りに出来る相手がいるのは大変面白い。
(…あー、もしかして死んだか?)
だったらつまんねぇな、なんて今までの家畜を思い出して吐き捨てながら歩みを進める。
吐瀉物の匂い、尿の匂い、汚物の匂い、汗のにおい。
色々な匂いが混じりあって、まるで昔嗅いだ本物の家畜小屋のようだ。
「チッ、くっせぇな」
自分でもわざとらしいぐらい気だるげな声を出しながら、その血が固まった頭を軽く蹴る。
水を飲まなければ、人間は4-5日で死に至る。
脱水症状を起こせば、汗が出なくなるせいで体温が上がる。
(…けど、柊真冬は他の奴らが狂い始めた日にちで、汗もかいてたし、俺の質問にも答えられていた)
報告通り、一筋縄ではいかないか。
今度こそ完全に死んだだろと思いながら蹴ってみたものの、意外に反応があった。
「…っ、」
「へぇ…、すげぇ」
生きてやがる。
その生命力に、感嘆の声が漏れた。
あの時も思ったが、こいつは優れモンだ。
目、つけておいて正解だったな。
ゾクリと興奮にも似た感覚が身体を駆けのぼる。
(…はは、)
自然に唇の端が持ち上がった。
「真冬」
「……っ、」
さすがに声は出ないらしい。
でも、口を動かす力はあるのか、何かを言おうと動かしている。
俺好みの顔で必死に唇を震わせて、そんなに一生懸命生きようとしてる様を見て。
無様に生きようとする意思を見て。
(…――っ)
ドクン。心が、動いた。
「ぁ…っ、はは…ッ、ク…っ」
喉の奥が震える。胸が高鳴る。
やべえ、本気で久々にこんな気持ちになった。
生きてる。こんだけ放っておいたのに、必死に生きようとしてる。
柊 真冬。
最高じゃねえか。
高揚感を胸に抱いたまま、手に持っていたペットボトルの中身を口に含んで、その首輪から伸びた鎖に手を伸ばす。
「ご褒美だ」と呟いて、唇を塞ぐ。
口の中に入れた水をキツく塞いだ唇の隙間から、差し込む。
「…っ、ぁ、…ッ、…っ、ぁ…っ…ッ」
耳に届く声とも呼べないほど掠れた声。
余程喉が渇いていたのか、口の中にある水がなくなっても、俺の口内を隅々まで舐めて残った水を舐めとろうとする。
渇いてざらざらして舌の感触。
うまく舌が動かないのか、不器用な動きで俺の舌を舐め、吸い取ろうとする。
でも、大半は口の端から零れて無駄になった。
いつもの俺ならキレて帰るところだが、こいつは他の人間よりも出来た家畜だから、今回は許してやろう。
「ん…っ、んぅ…ッ、」
そのまま眺めてるだけでも面白いもんだが、ずっとそうしているわけにもいかないので、無理矢理引きはがして、もう一度水を含んでから、今度はさっきよりも多く含んで口を塞ぐ。
胃がすぐには水を受け入れられないのか、小さく震えて、口が離れた瞬間、咳き込んでいた。
「…っ、ぁふ…ッ、ん…ッんふ…っ」
水を口に含んでは、水を求めて口を開く家畜に口づけで渡す。
何度も何度も繰り返せば、少しは落ち着いてきたようで、声を自然にとまではいかないが出せるようにはなったらしい。
家畜が、視界が見えていないくせに手探りで俺にしがみついてくる。
色々なものでぐちゃぐちゃになった家畜は、以前の明るい面影がほとんどないほど小さく震えて、惨めに見える。
でも、それが自分のせいであると知ってさえいれば、ペットのように手足も鎖で繋がれ、首輪もしたまま俺に縋る姿は、萎えるどころか、そんな姿がより一層綺麗に見えて、興奮材料になりうる。
媚びるように小さな唇で俺を呼ぶ。
「…ご、しゅ…じん、さま…」
「…なんだ」
コイツの言いたい要求が何か聞かずともわかっている。
でも、あえてその口で言わせたくて知らないふりをした。
何か危うい質問をすれば殴るとわかっているらしく、ビクッと小さく震えていた。
「…お、…ねが…し、ま…す……もっ、と…み…ず…」
「あー、もう持ってきたモン全部使っちまったから無理だわ」
空になったペットボトルを、ベキャッと音を立てて握り潰してから床に投げ捨てる。
500ml入っていた水が、全部なくなった。
普通これぐらい飲めば、十分なはずだけど。
…とは言っても、口移しのせいでほとんど床に零れたから200mlも飲めてはいないだろうがな。
クックッと揶揄うような笑いが零れる。
「見えないってのも不便だなぁ?」
「…っ、おねが、しま…っ、みず…」
「……」
「おねが、しま…っ、ご…っ、げほ…ッ、は…ッ」
何度も何度も俺に水をねだる声。
もう涙も出ないのか、何度も弱い力で俺の服を掴んで縋ってくる。
途中でやはり気管支が弱っているのか、腰を折って咳き込んだ。
その光景に色のない視線を送って、家畜の欲求を満たしてやるかどうするか適当に考える。
褒美って言っても、水やっちまったしなぁ。
これ以上色々やって回復されても困る。
だが、その犬みたいにぶるぶる震えて俺に頼る姿は見ていて悪いモノじゃない。
持ち上げた唇の端が歪に笑みを作る。
できるだけ優しい声をかけながら、ペットを褒めるように髪を撫でる。
ビクリと一瞬だけ震えた身体は、俺に従うように静かになる。
「そうだな…喉が渇いてるのか?」
「…は…ぃ、」
黒い目隠しの下にある目を見透かすように、その場所をじっと見てしゃがみ込んで目線を合わせた。
「うん。俺の予想に反して生きてるし…それもいいかもしれねぇな」
「…っ、ぁ、」
「おい、家畜」
「…っ、は、ぃ…ッ」
もう家畜と呼ばれることに抵抗はなくなったらしい。
もっと嫌だと渋るかと思ったが、命が関わっているからか、やけに簡単に御主人様って呼んでるし、案外躾けやすそうだ。
前来たときはあんなに嫌そうな雰囲気を醸し出していたのに、俺に呼ばれた家畜は、今度は期待するように少表情を明るくした。
歓喜に震える家畜の声。
もっと水を貰えるのか、ときっとその目隠しの下には嬉しそうな瞳があるに違いない。
(ああ、やるよ。喉が渇いてるんなら、沢山な)
その喜びの顔が変化するのが楽しみで、ククと喉の奥を震えさせながら、立ち上がる。
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