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蒼のいない朝
13
しおりを挟む怒りというよりも、聞いていて悲しみの方が強くこみあげてくる。
それに。
…どうして蒼だけなんだろう。
どうして、反抗していた蒼だけが本家で、何故素直に従っていたという彼方さんが本家じゃなかったのかがわからない。
そのことについて問うと、彼方さんは「これは父の部下から聞いた話だから、本当かわからないんだけど」と俯き加減に言った。
「俺がいると、面倒だったらしいんだ。普段何も言わずに言うこと聞く癖に、蒼がいる時だけ蒼をかばったりしてたから、引き離さないとって思ったんだろうね。」
「…………」
「あと、それと蒼が本家なのには理由があって、父は本当は素直に言うことを聞く俺より、自分に抵抗してくる蒼の方を気に入ってたみたいだから、……他の部下なら捨ててるんだろうけど、お気に入りの蒼には”教育”が必要だなって言ってたって聞いた」
「…教育?」
耳にした瞬間、何故か背筋にひんやりと寒気がした。
…教育って、一体、何をしたんだろう。
どこか不穏な含みをもつ単語に、怪訝に眉を寄せれば彼はわからない、と首を横に振った。
「ある日突然、祖母の家に行けって言われてそれきり、蒼とは会ってないんだ。だから、俺にはその教育がどんなものかって知らなかった。その父の考えを聞いたのも祖母の実家にいる時だったから」
彼方さんは何度も蒼のところに行こうとして、部下に止められたらしい。
ついには、蒼の父に「もし蒼のところに行けばもっと蒼の状況が悪くなる」ともいわれたせいで、どうにもできなくなってしまったと言っていた。
「…彼方さんの方は、その、大丈夫だったんですか…?」
母方の祖父母っていっても、それでもそんな父親のことを許容するなら酷い人たちなんじゃないか。
「うん。祖母達はいい人達だったよ。相変わらずしばらく父の監視はあったけど、日常的に殴られることはなくて、ご飯もくれたし、本も沢山買ってくれた。だから、こうして一人暮らしもさせてもらえてる。」
とりあえず、彼方さんのその話にほっと肩をなで下ろした。
…でも、その話しぶりからして、反対に蒼にはきっと良くないことがあったんだろうと想像して冷や汗が流れる。
「……だから余計に、本家に残った蒼が心配でたまらなかった。俺より、ずっと酷い目にあってるはずだから。殴られてないかってご飯は食べられてるのかって、不安だった。…でも、俺は蒼に会うことを禁止されていて、会えなかった」
「…………」
何も状況は好転しなくて、逆に悪くなって、彼方さんもいなくなって、……その間、蒼はどうやって過ごしたんだろう。
今まで一緒に痛みを抱えてくれた人から離されてしまった蒼の心は、きっとすごく不安定だったはずだ。
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