手足を鎖で縛られる

和泉奏

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蒼のいない朝

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「……」


…なんだって。

さらりと信じられないことを、当然のように話す彼方さんに頭がうまく働かない。


(100点以外は許されない…?)


いや、驚いたのはそれだけじゃないけど。
殴られたっていうのも、酷い。
それに、…毎回テストで100点だなんて、そんなの無理だ。


「…(思い出した)」


…中学の時、蒼が99点のテスト用紙を握りつぶしてることがあった。

どうしてそんなにいい点なのに、そんな顔をするのかとずっと不思議に思ってたけど。

……そういう、ことだったのか。
今になって、やっと蒼のあの時の表情の理由がわかった。



「父の機嫌が悪いときは、1つの部屋にずっと閉じ込められてて、何日間もご飯ももらえなかったこともあった」

「…そんな、」


テストの時の蒼の心情を思って、何も考えずに気軽にテストの点数について聞いてしまったことを後悔した。

中学の時も、蒼は殴られたりしていたのかな。

俺と学校で話した後、家に帰って嫌なこととか沢山あったりしたのかな。

……俺は、何も蒼にできていなかった。何の力にもなれてなかった。



「それって、今も……続いているんですか…?」

「…100点取れなかった時と、何か失敗したとき以外はほとんど殴られないよ。あとは、父の機嫌次第」


頷きはしなかったけれど、確実にその言葉は肯定を示していた。

すごく苦しかったと思うのに、なんてことないように微笑む彼方さんに、胸がちくちくと痛くなる。


「それで、さっきのなんで俺と蒼の苗字が違うかっていう理由は、俺が小学4年の時に違う場所に引き取られたからなんだ」

「…どうして違う場所に…?」

「さぁ、なんでだろう。多分、この理由は俺より蒼の方が知ってるんじゃないかな。少なくとも、…父に俺は教えてもらえなかった」

「…そう、ですか」


小学4年っていえば今から約7年前だ。
その時の蒼は、どういう気持ちで日々を過ごしていたんだろう。

…俺には想像もできない。



「でも、一応何故かっていう推測はあるんだ」

「…推測?」

「双子なのに、俺と蒼は性格が全然違ったから」

「…?」


双子でも性格が同じになるわけじゃないことはみんな分かってるんだろう。

その父親だって分かってたはずだ。
…なのに、どうしてそれが別々にされることに繋がるのかと首を傾げる。

ふふ、と昔を思い出しているのか、懐かしそうに彼方さんが目を細めて。

でも、コップの水面を見つめて、微かに悲しげな笑みを零した。


「抵抗することも父に意見することも、すべてを諦めてた俺と違って、蒼は意地っ張りで、ちょっと子供っぽいところもあって、…俺としては、それがすごく可愛かった」


全部諦めてたという彼方さんの言葉に、思う。


…だから、そういう出来事があったから、こんなに雰囲気が大人びているのかな。


「…(…蒼の小さいころ)」


初めて聞く幼い蒼。

意地っ張りで子供っぽい。
色々な蒼の表情を思い返してみて、ああ、なんか蒼っぽいなあと思った。


「だから何度殴られても、泣きながら父に立ち向かおうとする蒼が危なっかしくて、反抗する度、そのせいで俺よりも余計に殴られて蹴られて閉じ込められて、…その苦しむ姿を見るのがつらくて、よく抱きしめて泣く蒼を慰めたりしてた」


…確か、抵抗するたびに虐待とか、暴力って酷くなるという話を聞いたことがある。
反抗すると、余計に相手の神経を逆なでしてしまうらしい。
その時の光景が目に浮かんでくるようだった。



「『素直にしたがっておけば、なぐられたりしないのに』っていったら、『そんなこといってたら、いっしょうこのままだろ。おまえだって、なぐられて痛いくせに』ってすごくムッとした顔で怒られたよ。殴られてぼろぼろになってるのは俺より、……蒼のほうなのに」

「……」


痛みにこらえるような表情で微笑む彼方さんに、何も言えずに俯く。


(…蒼はすごいな)


素直にすごいと感心した。
ああ、蒼はそうやって状況をなんとか改善しようとしたのか。
確かに、黙って殴られたままでいても、何も解決しない…けど。

…多分俺だったら、黙って殴られるほうを選ぶだろう。

だからこそ余計に、立ち向かえることをすごいと思う。


「…小さいころから、俺と蒼はずっと一緒だった。辛いときは一緒に泣いて、慰め合って、そうしてたから殴られたって、蹴られたって、何日も何も食べられなくても、…乗り切れた。次もがんばろうって思えた…。蒼はどうかわからないけど、…少なくとも、俺はそうだった」


机に置かれた手が、悔しそうにぎゅうと拳を作る。
その声が、心なしか震えているように感じた。


「…蒼が反抗するのだって、別におかしいことじゃなかった。蒼は、嫌なことは嫌だっていうような、普通の子供だったんだよ。それなのに、父があんな性格だから…。でも、一つだけ違うのが、普通なら抵抗してどうしようもないってわかったら諦める人が多いだろうけど、蒼は違ったってことだった」


少なくとも、俺は諦めてたから。と呟く彼方さんに、こくんと頷く。


「…父がいつから、俺たちを離すことを考えていたかはわからない。でも小学4年生の時、父は、計画を実行した。…蒼だけが父から直接”教育”を受けるために本家に残って、俺は母方の祖母の家に引き取られた」

「…なんで、」


蒼のお父さんは。

蒼と彼方さんが、二人で必死に支え合って生きてきたというのに、それを引き離したのか。

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