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彼が、いない
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昼飯時。
「…うわー、さすがモテる男は違うわー」
「だろ?本気でびびったわー」
「柊、知ってる?」
皆で輪になってご飯を食べていると、突然名前を呼ばれて、不意に意識が覚醒する。
ぼーっとしていたせいで、何も聞いてなかった。
顔を上げると、木庭という男子生徒がこっちを見ていた。
「ごめん。聞いてなかった。何?」
俊介が心配そうにこっちを見ているのが見えて、「大丈夫」と笑って頷いた。
木庭くんが、「聞いてなかったのかよー」と怒ったような表情をしている。
今、別のことを考えていたせいで全く聞いてなかった。
ごめんと謝ってへらりと緩い笑みを浮かべる。
「だからさー、8組の一之瀬だって。あいつ、着物を着た美人の女と歩いてたって」
「…そ、そっか。初めて聞いた」
何かと思えば、蒼の話だったのか。
蒼と女の人…か。
視線が自然と下に向いた。
今はあんまり、そういう話に参加したくない。
でもそんな俺の心情を知らない男子生徒たちは、会話を広げていく。
「いや、俺キスしてたって聞いたけど」
「……っ」
箸を持つ手に思わず力が入った。
キス。
「いーよなー、モてる男は。立ってるだけで女がほいほい寄ってくるんだから、いくらでも遊び相手がいるんだろうな」
「キスかー。和服美人とキスかー。うわ、たまんねえ。してえー!」
話が耳に届いて、右から左に流れていく。
何も言わずに弁当の中身を口に入れていく。
いつもと作り方は一緒のはずなのに。
……なにも、味がしない。
やっぱり俺は蒼にとって友達ではなく、そういうことをする相手で、遊び相手みたいなものだったのかな。
「……」
そうだ。
そもそも俺と蒼が仲良くなったのだって、蒼が話しかけてくれたからだった。
……男同士っていうのが前提にあるし……最初から、それを狙っていた…なんて考えたくはない……けど。
でも、あの時、
(……なんで俺に一番最初に声をかけたりしたんだろう…)
――――――――
わからない。
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