261 / 786
彼が、いない
3
しおりを挟む***
「……(重い…)」
とぼとぼと大量の授業資料を腕に抱えて、歩く。
誰かの役に立てている間は気がまぎれるから別に運ぶこと自体はいいんだけど、結構重いから正直手伝ってくれる人が欲しい。
顔の少し上まで積み上げられた冊子のせいで前が見えなくて、今自分がまっすぐ歩けているかも怪しかった。
よいしょ、ともう一度抱えなおしたその時。
「貸して」
誰かの声が聞こえて、半分ほど持ってくれた。
前が見えて、ほっと息を吐く。
助かった、とへらりと緩い笑みを浮かべてお礼を言おうと、そっちを向く。
「ありが…」
そこまで言って、声がとまった。
……喉の奥で言葉が詰まる。
(……っ、)
そこにいた、予想もしない人物に、
――身体が、震えた。
「……あお、い…」
反射的に緩みかけた頬が固まるのが分かる。
だめだ、うまく、笑えない。
笑わないと。
ここで変な感じになったらそれこそ、だめなのに。
「まーく、」
「…っや、」
手を伸ばしてくる蒼に、びくりと身体が大きく震えた。
身体が後ろに下がる。
それと同時に、持っている冊子と書類を全部床にちりばめてしまった。
「……」
「ぁ…っ、ごめん…!」
せっかく沢山持ってくれたのに、落としてしまったことか。
それとも触れようとした手に驚いて、避けてしまったことか。
どっちへの謝罪の言葉なのかわからないけど、とりあえず反射的に謝った。
一瞬硬直して、慌ててしゃがんで紙を拾い集める。
動揺のせいか、うまく掴めない。それでもなんとかして拾おうとして、明らかに無様な様になっていた。
ああもう、情けない。
そんな感情に苛まれて、ぐっと唇をかみしめながら震える手で拾い集めていると
「……どこに持っていけばいい?」
気遣うような、硬い声が聞こえて、「ぁ…っ、えっと一階の理科準備室」と俯いたままそう言うと、頭上で「わかった」と返事が聞こえる。
「先に行くから。…柊も頑張って」
「…っ、う、ん。ありがと…」
はは、と乾いた笑いを零しながらお礼を言えば。
彼は「ごめん」と小さく呟いて、それ以上何も言うことなく去っていった。
何に対しての謝罪だったのかはわからない。
でも、その言葉を聞いた瞬間に、胸が熱くなった。
「……っ」
ぼろぼろと涙が溢れて、資料に染みを作る。
ぐいと涙を腕で拭って、再度紙を拾いながら思う。
(…そういえば、)
(蒼に苗字で呼ばれたのって、はじめてだ)
――――――――
胸が痛い。
嫌いなら、優しくしないでほしい。
28
お気に入りに追加
1,076
あなたにおすすめの小説
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
普通の男の子がヤンデレや変態に愛されるだけの短編集、はじめました。
山田ハメ太郎
BL
タイトル通りです。
お話ごとに章分けしており、ひとつの章が大体1万文字以下のショート詰め合わせです。
サクッと読めますので、お好きなお話からどうぞ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる