30 / 804
結局、離れることなんてできない
3
しおりを挟む「初めまして」
「…こんにちは」
優雅にそう挨拶して笑うその人におずおずと頭を下げる。
「痛…っ」
ケータイを受け取ろうとして進めば、鎖のせいでこれ以上外に進めない。
ガシャンと耳に嫌な音が聞こえて、手首が後ろに引っ張られた。
同時に身体も引っ張られ、倒れそうになってバランスを崩しかけた。
仕方ない、と息を吐いて「それ、持ってきてもらえますか」とケータイを指す。
「…へー、なにソレ」
鎖に気づいたのか、そこに視線を向ける男。
一瞬鋭い光を放ったように見えた瞳に、身体がこわばった。
「ねえ、君は蒼くんのペット?それとも恋人?」
ケータイを渡そうともしないで、そう問いかけてくるその人を怪訝に思い眉を寄せた。
…早くしないと蒼が戻ってくるかもしれない。
いつ戻ってくるかと怖くて、焦る。
「……」
ペットと言われれば、確かに閉ざされた部屋で鎖につながれている人間を見たら誰だってそう思うだろう。
恋人って普通、こんな扱い方はされない気がするし。
…というかペットに間違いない気がする。
少なくとも、俺は好きな人にこんなことはしないだろうから。
俺が誰かと話せば怒る。
ご飯も蒼が持ってきたものを食べる。
そして、こうやって、犬小屋よりは遥かに大きいけど部屋に閉じ込められて鎖につながれている。
これがペットじゃないなら、他になんて呼んだらいいんだろう。
(……俺には、分からない)
ぎゅっと拳を握った。
「…多分、ペットの方、…だと、思います」
俯いて、そう声を漏らす。
「へぇ、蒼くんってこんな趣味あったんだ」
興味ありげに手首から伸びる鎖に触れて、「知らなかった」と呟く声。
ふいに、伸びてきた手が頬に触れる。
「それにしても…君、結構綺麗な顔してるなぁ」
「……っ」
そして、「欲しくなりそう」なんて小さく言葉を漏らした。
その身の毛のよだつような触り方に反射的に身体を引いた。
何故か危機感を感じてガラスを閉めようとすれば、端を掴んだ手に尋常じゃない力でそれを拒まれる。
相変わらず笑顔を浮かべる男を、睨み付けた。
「…ケータイ、見せてくれるんじゃないんですか」
「んー。君の反応次第かなぁ」
「反応って」
言われてもどうしろと。
何が言いたいのか分からなくて、聞き返そうとすれば視界の隅に握った拳が振り上げられるのが見えた。
(殴られる――ッ)
「――っ」
重く鈍い痛みが腕に響く。
息が詰まった。
顔をかばったせいで、腕を思いきり殴られる。
衝撃で痺れるほど容赦ない打撃に、顔が苦痛にゆがんだ。
「…っ、」
それに普段鎖に繋がれているせいで筋力も落ちているらしく、簡単に倒れそうになる。
体勢を崩してよろけたところに脇腹を蹴られ、その衝撃で床に転がった。あまりの痛みに、ひゅっと空気が漏れたような音が口から出る。
脂汗が滲み、何とか上半身だけでも起こそうとして床に手をついた。
今のこの姿勢でさえ身体を支えていられない。
「――う、ごほっ、げほ……っ、――はっ、はぁっ」
「ああ、やっぱり人間の苦痛に歪む顔ってなんでこんなに興奮するんだろ?ねぇ、わかる?」
そんな気持ち、分かるわけがない。
分かりたくもない。
まるで痛みに耐える俺を見て興奮しているかのように、恍惚とした表情をして部屋に入ってくる。
もしかして、こいつやばい奴じゃないのか。
優しそうなんて見た目だけで、中身は狂ってる。
そう感じて鼓動が嫌に跳ね上がる。
動かせば激痛が走る脇腹を手で庇いながら、そいつから離れようとしてギンッと何かに阻止された。
(――くさり)
青ざめて、手首と足に嵌められている鎖を見る。
その間もゆっくりと近づいてこようとする男から逃げようと、鎖を引きちぎるような勢いで手を引いた。
ガチャガチャと限界まで伸びた鎖が音を立てる。
でも、頑丈なそれは引っ張ったくらいで壊れるものでもなくて。
男はそんな俺を見下ろして、まるで面白い玩具を見つけた子どものようにケラケラと笑う。…本当、いかれてる。
「あはは、頑張って逃げてよー。簡単に捕まえちゃってもつまらないから」
「蒼…っ、蒼――ッ」
早く、戻ってきて。
蒼の出ていった扉の方に声を上げる。
こんなに心から助けを求めて蒼の名を呼んだのは、これが初めてかもしれない。
「あお―、ッ」
背中に衝撃が来る。
蹴られた、と気づいたときには床に顔から倒れていた。
後ろから覆いかぶさるように背中に乗ってくる男。
青ざめ、殴ろうと拳を握れば、両腕の鎖を一つに纏めて片手で持って頭の上にもっていかれる。
後頭部を押さえつけられて頬が畳に押し付けられる。
畳から香る草のような匂いに、血の気が引く。
……逃げられない。
「あーあ、蒼くんも可哀想に。自分が繋いだ鎖のせいで、まさかペットが食われることになるなんてねー」
39
お気に入りに追加
1,088
あなたにおすすめの小説
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
【連載再開】絶対支配×快楽耐性ゼロすぎる受けの短編集
あかさたな!
BL
※全話おとな向けな内容です。
こちらの短編集は
絶対支配な攻めが、
快楽耐性ゼロな受けと楽しい一晩を過ごす
1話完結のハッピーエンドなお話の詰め合わせです。
不定期更新ですが、
1話ごと読切なので、サクッと楽しめるように作っていくつもりです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
書きかけの長編が止まってますが、
短編集から久々に、肩慣らししていく予定です。
よろしくお願いします!
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
無自覚な
ネオン
BL
小さい頃に母が再婚した相手には連れ子がいた。
1つ上の義兄と1つ下の義弟、どちらも幼いながらに
イケメンで運動もでき勉強もできる完璧な義兄弟だった。
それに比べて僕は周りの同級生や1つ下の義弟よりも小さくて
いじめられやすく、母に教えられた料理や裁縫以外
何をやっても平凡だった。
そんな僕も花の高校2年生、1年生の頃と変わらず平和に過ごしてる
それに比べて義兄弟達は学校で知らない人はいない
そんな存在にまで上り積めていた。
こんな僕でも優しくしてくれる義兄と
僕のことを嫌ってる義弟。
でも最近みんなの様子が変で困ってます
無自覚美少年主人公が義兄弟や周りに愛される話です。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる