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「なんだこれは」

 いつも殺伐としている執務室には似つかわしくない花が飾られていた。オルガは顔をしかめながらフィリスに問うた。フィリスはなぜか上機嫌だ。

「奥様が育てている庭園のお花ですよ。最近仕事が忙しいのを心配して、このお花で癒されてくださいって渡して下さったんです」
「…へぇ」
「風の噂で聞きましたが、奥様とユリウス坊ちゃんと3人でおやつを食べてたんですね。もう立派に家族じゃないですか!」

 声を弾ませて喜ぶフィリスに、オルガは無言だった。

 オルガにとってウェンディは突然できた目の上のたん瘤のような存在だった。しかし、ウェンディのおかげでユリウスとの距離が縮まってきたことも事実であった。


 カップケーキを食べたあの日から、ユリウスは食事の席でオルガに話しかけるようになった。まだ一言、二言だけの会話であるが、ウェンディが会話をうまくリードしてくれて、以前よりはるかに距離が近づいていた。


 (あいつ…)

 オルガは自分の気持ちに整理がつけないでいた。確かに、最初は面倒なやつだと思った。王命ではあったが、もしも甥のユリウスをいじめたり、公爵家のお金を湯水のごとく使おうとするならば、すぐにでも追い出そうと思っていた。しかし、想像していたよりも女はまともだった。

 たまに常識知らずなこともあるが。

 ああ、くだらんことを考えている暇はない。仕事をしなければと思って、席を立つ。当主の教育を受けていなかったのと、戦場暮らしが長かったせいで、書類仕事は苦手なんだ。

 しかし、思ったように体が動かない。一歩踏み出そうとして、体が前のめりになる。「旦那様!」というフィリスの焦る声を聞くも、オルガの意識は遠のいていった。




 目が覚めると、自分の寝室にいた。心なしか体が熱い気がした。すこし怠い感じもする。あと、腹の部分が重い。頭を持ちあげて、見てみるとユリウスがいた。すやすや寝息をたてている。

 状況がよくわからず、きょろきょろと辺りを見渡した。確かフィリスと話しをしていた頃が昼であったのに、今は真っ暗な空が見える。ずいぶん長いこと寝ていたようだ。

 ドアが開く音がして振り返ると、水が入ったグラスとタオルを持ったウェンディがいた。

「目を覚まされたんですね。体調はどうですか」
「問題ない」
「嘘ですね」

 はっきりと答えるウェンディにオルガは口をつぐんだ。やはり、オルガの熱を知っていたようだ。水を渡されて、オルガはぐいっと飲み込んだ。ウェンディは、オルガの額に流れる汗をタオルで拭った。

「これはどういう状況なんだ」と、ユリウスがここにいる理由を尋ねた。

 ユリウスがこの部屋に入ってくることは滅多になかった。ここはユリウスの実父のユースの部屋でもあったから。執務室が近いからという理由で、今はオルガが使用している。オルガはユリウスはこの部屋に近づきたくないだろうと思っていた。

「ユリウス、心配していました」
「心配?」
「ええ、オルガ様がお倒れになったと聞いて、一番にこの部屋に駆け込んでいたんですよ。本当はオルガ様が目を覚ますまで起きているつもりだったみたいですが、眠気にまけてしまったようですね」

 オルガは静かな目でユリウスを見つめた。起こさないように優しく髪の毛に触れた。シャルナーク家の特徴である黄色の瞳を持った次期当主。兄に似て、心優しい。

 兄は戦場に行く弟をひどく心配していた。戦地にはよく手紙を送ってくれていた。だから、ユリウスが生まれたときも、寝返りできるようになったときも、はいはいできるようになったときも、兄が送ってくる親ばか近況報告のおかげで、よく知っていた。だからオルガにとってユリウスは、自分の子のように大切な存在だ。

「ユリウスを部屋に連れていけ」
「え?」
「このままだと風邪をひく。俺も熱があるしな」

 ユリウスには苦しんでほしくない。タオルケットがかかっているが、このままでは風邪をひいてしまうかもしれない。オルガに促され、ウェンディはタオルケットに包んだまま、ユリウスを抱きかかえた。深く眠っているようで、起きる様子はない。部屋を出ていこうとするウェンディに、オルガは声をかけた。

「お前も、ずっと看病してくれていたのだろう。ありがとう」

 ウェンディの足は固まった。オルガが優しい言葉をかけてくれるなんて…。ウェンディは振り返って、にこりと笑った。

「早く元気になってくださいね」
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