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オルガとユリウス
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しばらくして、重たい黒い鉄の門が、音を立てて開かれた。馬車はどんどん進んでいって、あっという間に屋敷の前に到着した。馬車の扉が開かれ、ウェンディは立ち上がった。
(痛たた…馬車って乗るとお尻が痛くなるのね)
また新たなことを知ったと、ウェンディは気分よく馬車から降りた。ナターシャが暮らしていた王宮よりも小さいが、大きくて立派な屋敷である。
お花はあまり植えてないけど、立派なガーデンがあるから、ここでガーベラを育ててみたらとっても素敵になるに違いないわ。
ウェンディがこれから始まる新生活に夢を膨らませていると、屋敷から二つの影がでてきた。
「何をしに来た」
挨拶もなく、唐突に告げられた言葉にウェンディは驚く様子もない。この不愉快そうな顔をしている人が、私の旦那様なのだろうとすぐに理解した。
ウェンディが見上げるほど高いところから見下して、呆れた顔をした男。ウェンディは、にこりと笑みを浮かべると、ちょこんとドレスを摘まんで、ゆっくりと腰を曲げた。
「ウェンディと申します。貴方の家族になりに来ました!」
「いらん」
「ですが…王命ですよ?」
秘儀「王命」脅し。ウェンディは公爵様が絶対に断れないと分かっている。なぜならこれは、彼女がウィリアム陛下に直接頼んだことであるからだ。王の命令は誰も断ることができない。ウェンディもそうであったように。
王命という言葉を聞いて、オルガは盛大に舌打ちをかました。全く彼女を歓迎していないのは明白だった。
「俺の邪魔をするなよ」
オルガはウェンディに背を向け、屋敷の方へ歩いていく。一人、ぽつんと屋敷の前に残されたウェンディにフィリスと名乗る男が話しかけてきた。
彼曰く、当主は長い事戦場にいて女性の扱いに慣れていないのだと、焦ったように弁解をしているが、全くそうはみえない。やはり、突然こんなことになって、迷惑だったのだろう。
「離婚するのに、それほど時間はかからないと思います。私が満足するまで、少しだけ付き合ってください」
オルガは足を止めた。険しい顔ででウェンディを一瞥したあと、「せいぜい、家族ごっこができるといいな」と言って、屋敷の中に消えていった。フィリスはまた慌てた。
「荷物はこれだけなんですか?」
フィリスは、馬車に積んでいたボストンバッグを指さした。
王宮からいただいてきたそれの中には、ウェンディの衣服が詰め込まれている。彼女が抱えられるくらい小さな荷物だから、フィリスも驚いたのだろう。ウェンディは笑顔で頷いた。
フィリスは侍女を呼ぶと、侍女に荷物を運ばせて、屋敷の中を案内してくれた。
ウェンディに宛がわれた部屋は、十分すぎるほど広く、彼女を気遣ってか居心地のよさそうな壁紙やベッドにしてくれていた。あの公爵様がするとは到底思えないので、恐らくフィリスが用意してくれていたのだろう。礼を言うと、フィリスは気まずそうに頭を掻いた。
「ここが、お坊ちゃんの部屋です」
「お坊ちゃん?」
「えっ、もしかしてご存じなかったんですか?」
はて、何のことだろう。確か、公爵様は独身であると聞いていたのだけど、とウェンディは首を傾げた。
2年前までは戦場にいたというので、現地の女性と結婚していたのだろうか。
急に決まった結婚だったので、あまり公爵様の情報を知らないのだ。もしかして、ウェンディが王命によって結婚を迫ったことで、公爵様とまだ見ぬ奥様の間を壊してしまったのではないかと、顔を青ざめた。
ウェンディの様子に気づいたフィリスは、両腕をぶんぶん振って訂正する。
「ユリウスお坊ちゃんです。旦那様の甥です」
「甥ってことは…」
「そうなんです。前当主で旦那様の実のお兄様であったユース様の忘れ形見です。ユース様と、その奥様は馬車の落石事故によりお亡くなりになりました。同じ馬車に乗っていたユリウス様は奇跡的に無事だったので、旦那様が父親代わりとなって育てていらっしゃいます。…お坊ちゃんがいることでがっかりなされたでしょうか?」
「いえいえ!とんでもありません!家族が増えることはとても嬉しいです」
フィリスは胸を安堵させて、扉に手をかけた。部屋の中は、子供部屋だというのにひどく殺風景だった。
ぬいぐるみや可愛らしい小物もなく、必要最小限の家具が置いてあり、閉じられたカーテンの隙間から漏れる光から、小さな影が見えた。公爵様と同じく、スポンジケーキのような黄色い瞳を持つ少年だった。
多分、公爵様の少年時代はこんな感じだったのかな。
「誰?」
「ユリウス坊ちゃん、旦那様の奥様です…」
「…父上の」
「初めまして!ウェンディといいます!」
「初対面は第一印象が肝心!」と、ウェンディは王宮で読んだ本に書かれていたことを思い出して、明るい声で挨拶した。
少年はウェンディとフィリスを交互に見つめて、「ユリウス、5歳です。よろしくお願いします…」と消えそうな声を出した。緊張しているのだろうか、少年は手をもじもじさせて、俯いてしまった。
ウェンディとフィリスは顔を見合わせて、あまり長居をしてもいけないかなと、部屋を出るようなジェスチャーをする。
「…あの!母上とお呼びした方がいいですか?」
少年はふいに顔を上げて、不安そうな表情でウェンディを見つめた。ウェンディは一瞬虚を付かれたような顔をして、それからふっと少年を安心させるように微笑んだ。
多分、この子なりに自分と仲良くなりたいと思っているのだろう。ウェンディは、そっと少年に近づいて、視線を合わせるようにしゃがむと、ユリウスに手を差し出した。
「いいえ!ユリウスの心が決まるまで、無理に呼ばなくてもいいわ。まずはお友達からどうかしら? 遊ぶのは好き?」
「カードゲームなら…」
「あら!私もカードゲームは好きよ!今度、一緒に遊びましょうね」
ユリウスはおずおずと、ウェンディの手を握った。ウェンディの手は温かかった。
ユリウスはこの屋敷ではいつも一人だった。現当主のオルガは仕事に追われていつも忙しくしているし、その側近であるフィリスも同じだった。侍女のカロラインは優しくしてくれるけど、この屋敷には使用人が少ないから、あまり遊び相手にはなってくれなかった。久しぶりに、温かい人の肌に触れて、ユリウスはなんだか心も温かくなった気がした。
いつも変わらない毎日だったけど、ユリウスは明日がちょっぴり楽しみになった。
(痛たた…馬車って乗るとお尻が痛くなるのね)
また新たなことを知ったと、ウェンディは気分よく馬車から降りた。ナターシャが暮らしていた王宮よりも小さいが、大きくて立派な屋敷である。
お花はあまり植えてないけど、立派なガーデンがあるから、ここでガーベラを育ててみたらとっても素敵になるに違いないわ。
ウェンディがこれから始まる新生活に夢を膨らませていると、屋敷から二つの影がでてきた。
「何をしに来た」
挨拶もなく、唐突に告げられた言葉にウェンディは驚く様子もない。この不愉快そうな顔をしている人が、私の旦那様なのだろうとすぐに理解した。
ウェンディが見上げるほど高いところから見下して、呆れた顔をした男。ウェンディは、にこりと笑みを浮かべると、ちょこんとドレスを摘まんで、ゆっくりと腰を曲げた。
「ウェンディと申します。貴方の家族になりに来ました!」
「いらん」
「ですが…王命ですよ?」
秘儀「王命」脅し。ウェンディは公爵様が絶対に断れないと分かっている。なぜならこれは、彼女がウィリアム陛下に直接頼んだことであるからだ。王の命令は誰も断ることができない。ウェンディもそうであったように。
王命という言葉を聞いて、オルガは盛大に舌打ちをかました。全く彼女を歓迎していないのは明白だった。
「俺の邪魔をするなよ」
オルガはウェンディに背を向け、屋敷の方へ歩いていく。一人、ぽつんと屋敷の前に残されたウェンディにフィリスと名乗る男が話しかけてきた。
彼曰く、当主は長い事戦場にいて女性の扱いに慣れていないのだと、焦ったように弁解をしているが、全くそうはみえない。やはり、突然こんなことになって、迷惑だったのだろう。
「離婚するのに、それほど時間はかからないと思います。私が満足するまで、少しだけ付き合ってください」
オルガは足を止めた。険しい顔ででウェンディを一瞥したあと、「せいぜい、家族ごっこができるといいな」と言って、屋敷の中に消えていった。フィリスはまた慌てた。
「荷物はこれだけなんですか?」
フィリスは、馬車に積んでいたボストンバッグを指さした。
王宮からいただいてきたそれの中には、ウェンディの衣服が詰め込まれている。彼女が抱えられるくらい小さな荷物だから、フィリスも驚いたのだろう。ウェンディは笑顔で頷いた。
フィリスは侍女を呼ぶと、侍女に荷物を運ばせて、屋敷の中を案内してくれた。
ウェンディに宛がわれた部屋は、十分すぎるほど広く、彼女を気遣ってか居心地のよさそうな壁紙やベッドにしてくれていた。あの公爵様がするとは到底思えないので、恐らくフィリスが用意してくれていたのだろう。礼を言うと、フィリスは気まずそうに頭を掻いた。
「ここが、お坊ちゃんの部屋です」
「お坊ちゃん?」
「えっ、もしかしてご存じなかったんですか?」
はて、何のことだろう。確か、公爵様は独身であると聞いていたのだけど、とウェンディは首を傾げた。
2年前までは戦場にいたというので、現地の女性と結婚していたのだろうか。
急に決まった結婚だったので、あまり公爵様の情報を知らないのだ。もしかして、ウェンディが王命によって結婚を迫ったことで、公爵様とまだ見ぬ奥様の間を壊してしまったのではないかと、顔を青ざめた。
ウェンディの様子に気づいたフィリスは、両腕をぶんぶん振って訂正する。
「ユリウスお坊ちゃんです。旦那様の甥です」
「甥ってことは…」
「そうなんです。前当主で旦那様の実のお兄様であったユース様の忘れ形見です。ユース様と、その奥様は馬車の落石事故によりお亡くなりになりました。同じ馬車に乗っていたユリウス様は奇跡的に無事だったので、旦那様が父親代わりとなって育てていらっしゃいます。…お坊ちゃんがいることでがっかりなされたでしょうか?」
「いえいえ!とんでもありません!家族が増えることはとても嬉しいです」
フィリスは胸を安堵させて、扉に手をかけた。部屋の中は、子供部屋だというのにひどく殺風景だった。
ぬいぐるみや可愛らしい小物もなく、必要最小限の家具が置いてあり、閉じられたカーテンの隙間から漏れる光から、小さな影が見えた。公爵様と同じく、スポンジケーキのような黄色い瞳を持つ少年だった。
多分、公爵様の少年時代はこんな感じだったのかな。
「誰?」
「ユリウス坊ちゃん、旦那様の奥様です…」
「…父上の」
「初めまして!ウェンディといいます!」
「初対面は第一印象が肝心!」と、ウェンディは王宮で読んだ本に書かれていたことを思い出して、明るい声で挨拶した。
少年はウェンディとフィリスを交互に見つめて、「ユリウス、5歳です。よろしくお願いします…」と消えそうな声を出した。緊張しているのだろうか、少年は手をもじもじさせて、俯いてしまった。
ウェンディとフィリスは顔を見合わせて、あまり長居をしてもいけないかなと、部屋を出るようなジェスチャーをする。
「…あの!母上とお呼びした方がいいですか?」
少年はふいに顔を上げて、不安そうな表情でウェンディを見つめた。ウェンディは一瞬虚を付かれたような顔をして、それからふっと少年を安心させるように微笑んだ。
多分、この子なりに自分と仲良くなりたいと思っているのだろう。ウェンディは、そっと少年に近づいて、視線を合わせるようにしゃがむと、ユリウスに手を差し出した。
「いいえ!ユリウスの心が決まるまで、無理に呼ばなくてもいいわ。まずはお友達からどうかしら? 遊ぶのは好き?」
「カードゲームなら…」
「あら!私もカードゲームは好きよ!今度、一緒に遊びましょうね」
ユリウスはおずおずと、ウェンディの手を握った。ウェンディの手は温かかった。
ユリウスはこの屋敷ではいつも一人だった。現当主のオルガは仕事に追われていつも忙しくしているし、その側近であるフィリスも同じだった。侍女のカロラインは優しくしてくれるけど、この屋敷には使用人が少ないから、あまり遊び相手にはなってくれなかった。久しぶりに、温かい人の肌に触れて、ユリウスはなんだか心も温かくなった気がした。
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