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しおりを挟む「愛してるんだ!」
扉とエミールとの間に押し込められ身動きをとれなくなった直後に耳に飛び込んでいた言葉。
(愛してる?それは……)
レイチェルの事を?
今更?
誤解も何もない。
それはずっとわかっていた、知らしめていた事実ではないか。
ああ駄目だ。
もう堪えきれない。
改めて、はっきりとそんな事を告げられて胸が抉られる。
涙が溢れてしまう。
思うよりも先に視界がぼやけていくが……
「アリシア、俺は君を愛している」
次に聞こえた言葉に思考が停止した。
「…………え?」
ショックが過ぎて願望と妄想が現実のものとして聞こえるようになってしまったのだろうか。
そう疑ってしまう程に現実味がなく私にとってはありえない一言だった。
だってエミールがその感情を抱いているのは私ではないはずだ。
「……レイ、ではなく?」
「……っ、違う、彼女は、彼女への想いは俺の勘違いだったんだ!俺にはアリシアだけなんだ!」
また都合の良いセリフが聞こえる。
私は夢の世界に旅立ってしまったのだろうか。
現実だとしたらエミールはどうしてしまったのだろう。
あんなに熱い視線でレイチェルを見つめておいて、あんなに愛おしそうに微笑んでおいて勘違いも何もあるまい。
それもずっと昔の話ではない。
つい昼間に見た光景だ。
私を愛しているだなんてありえないのはエミールが一番良くわかっているはずなのに。
私が変な行動をしたから、身代わりではないと、私を望んでいるという体で話を進めようとしているのだろうか。
レイチェルと久しぶりに会って、愛を再確認して我慢が出来なくなった?
だから『身代わり』の私を本当の身代わりに……
「違うからな!?身代わり云々ではなく君を、アリシア自身を本当に愛しているんだ!」
「……声に出てましたか?」
「出てはいないがやはりそう思っていたのか」
エミールは心の声まで読めるのだろうか。
「なんとなく顔に出ているだけで、実際に読んでいる訳ではないぞ」
「!」
やはり読んでいるのでは!?
そう本気で信じたくなるのも無理はないと思う。
エミールは驚く私に苦笑い。
「本当に、アリシアを愛しているんだ」
「……何故?」
何故。
そう問われても困るのはわかっていたが聞かずにはいられない。
私を愛しているだなんて、何故そうなったのだろう。
エミールに愛される要素なんて私には何もないはずなのに。
「信じられないのも当然だ、先に君を愛せないと突き放しておきながら自分でも都合の良い事を言っている自覚はある」
そうだ、エミールは確かに愛する事は出来ないと言った。
だからこそ後継ぎだけでも話し合っていたのに。
そんな疑問が顔に出ていたのだろう、エミールが更に伝えてくる。
「ずっと前から君への想いは自覚していたんだ。ふとした表情が可愛いなと思ったり、朝微笑みかけてくれれば一日頑張れたし、夜寝る前に話せば離れがたいし、気が付けば朝も晩も一日中君のことばかりを考えていた」
これも私の妄想なのだろうか。
エミールの言葉が全て私に都合が良すぎてそうとしか思えない。
「熱く本について語る所も、甘いお菓子に目がない所も、優しい所も強い所も家族想いな所も全てに惹かれていて、とにかく可愛くて堪らない」
「……っ」
可愛いと言われて頬が熱くなる。
そんな事誰かに言われたのは初めてだ。
ここにきてじわじわと何か温かい感情が込み上げてくる。
「もう夫婦なのだから今更伝えなくてもと思っていたけれど、そもそもの始まり方が間違っていたのだから伝えなくても良いはずがなかった」
そっと手を握られる。
「……こうされるのは嫌じゃないか?」
「……ええ」
嫌どころかむしろ好きだ。
エミールに触れられていると、触れると安心する。
頷くとエミールがほっとする。
瞳がふんわりと緩み、柔らかく口元が綻んでいる。
(あら?この表情はどこかで……え?いえ、でもあれは)
エミールの微笑みが昼間にレイチェルに見せていたものと重なった瞬間。
「アリシア、俺は本当に君を愛しているんだ」
「!」
先程も告げられたセリフを再度告げられる。
真っ先に嘘だと思ってしまった先程とは違い、今度は不思議とすとんと胸に落ちてきた。
「どうか信じて欲しい」
そっと握られていた手が両手でぎゅっと握り締められる。
もう逃げるつもりはないのに、まるで逃げないでくれと懇願するような仕草。
同時に真摯に見つめられ、その表情も相まって信じないという選択肢はなくなっている。
(では、本当に?)
エミールが、私を愛している。
その事実に込み上げてきた温かいものが胸から全身に広がっていくのを感じる。
「それと、初夜での俺の態度だが……」
ごほんと咳払いをしたエミールがあの日の事を切り出す。
「本当に申し訳なかった!自分でもあの態度は酷かったと思う。謝ったところで言った言葉は取り消せないとはわかっているが謝らせてくれ。君の気が済むまで何度でも謝る」
深々と頭を下げられる。
初夜での態度も発言も当初は気にしていなかった。
政略結婚なのだからそういう事もあるだろう。
酷い扱いを受けなかっただけでもありがたいとさえ思っていた。
けれど自分の気持ちを自覚してからはあの日のエミールの言葉が針のように刺さり、少しずつ深く、そして波紋のように広がっていくのを感じていた。
こうして謝罪され、不思議な程に棘はあっさりと抜けていく。
広がった波紋も今は凪いで落ち着き始めている。
「許せないと言うのなら俺はいつまでも待つ。どうしても俺の気持ちを受け入れられないのならそれでも良い」
許すも許さないもない。
待つ必要なんてない。
私はもうずっとエミールの気持ちが欲しかったのだから。
「けれどもし許してくれるのなら……これからも君の傍にいさせて欲しい。アリシアと、本当の夫婦になりたいんだ」
「……っ」
触れられた手が緊張の為か僅かに震えている。
汗ばんでいているのはエミールか私か、はたまた両方か。
なんにせよ、私の答は既に決まっている。
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