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あの日エミールに突然抱き締められ、私は動揺のあまりにせっかく出してもらったアレを無駄にしてしまった。
使えなかったのだ。
驚いて固まっている間にどのくらいの時間が経ったのかわからず、早くしなければと思う程に動揺が増して手が滑り中身を無駄にしてしまった。

(旦那様は、何故……?)

何故あの時抱き締められたのかはわからない。
あれは何だったのだろうか白昼夢でも見ていたのだろうか。
翌朝、勢い良く頭を下げるエミールの態度で白昼夢なんかではないとわかったが、何故あんな事をしたのかはわからずじまいだった。

更にはつい先日。

(道具探しも中々良い物が見つからないし、レイチェルと二人きりにするのもやんわりと止められてしまったし、何だか上手くいかないわね)

エミールに呼び出されたかと思えば、私があからさまに二人きりにさせようとしているのに気付いていたエミールがそれを止めるように言ってきたのだ。
余計な気を回すのではない、というのではなく。

『レイチェルとはただの幼馴染だ。既婚者が婚約者のいる女性と一時でも二人きりになるのは妙な噂を呼びかねないので避けたい』
『何より、せっかく二人で出掛けているのに別々に過ごすのはもったいないだろう?』
『それとも君は俺と二人では居心地が悪いか?』

そんな風に言われてしまえば頷くしかない。

居心地が悪いだなんてとんでもない。
むしろその逆で、一人が大好きで本さえあれば満足だったはずなのにエミールといるのが心地良くて、楽しくて、嬉しくて困っている所だ。

(そう、なのよね。心地良いし、楽しいし、嬉しいのよ)

まさか自分が他の人といてそんな風に感じるなんて思ってもみなかった。

彼には『愛する人』がいる。
私は身代わりで嫁いできただけの女だとわかっている。

けれども惹かれてしまった。
優しく丁寧に接してくれて、時折り冗談混じりに話したり、二人で出掛けたり、毎朝毎晩言葉を交わすのが当たり前になっているのが嬉しい。
もっとエミールとの時間を増やしたいと望んでいるけれど、これ以上良くしてもらうのは気が引ける。

だからこそ早く子を授かりたい。

このまま子が出来なくとも、優しい彼も義両親も私を責めたりなどしない。
でも跡取りは必要だからいつか私が不要になり、新しい奥様がやってくるだろう。

彼といる心地良さを自覚してしまった今、そんな事になれば私は悲しみで心が潰れてしまう。
彼の傍に居続けられる大義名分が欲しい。
以前はただ子供を産んでみたいという思いのみだったが、今ははっきりと彼との子供が欲しいと切に望んでしまっている。

こんな思い、エミールに知られたらきっと距離を置かれてしまう。

(エミールが愛しているのは、同じ金髪に水色の瞳でも私ではないんだもの)

わかりきっていたはずのその事実が重くのしかかる。

(やはりお医者様の手を借りられるようにお願いしようかしら)

たった二度の失敗だが、このままでは時間ばかりが無駄に過ぎていってしまう気がする。
それならばいっそ口の固い医師を専属で雇い、抱え込んでしまった方が良いのでは?
それに医師ならば私達が知らない道具にも心当たりがあるかもしれない。
最悪、医師に頼んでエミールの子種を入れてもらえば良い。

(……お医者様にアレを頼むのも気が引けるけれど、治療のひとつだと思えば……)

そう、男女のあれこれではなく治療として受けるのだと思えば恥ずかしくなんてない。
嫁ぐ前にも診察は受けた。
その時もかなり恥ずかしかったが、きっとそれ以上にやるせないし気恥ずかしいし嫌だけれど治療と思えば耐えられる。
耐えられる……はずだ。

(だめだめ、悲しい事を考えていると表情まで暗くなってしまうわ)

ぺちぺちと自分の頬を叩き気分をあげる。

今日は久しぶりに二人でゆっくりしようとエミールが誘ってくれて、それならばとお茶とお菓子、好きな本をそれぞれ持ち寄り温室でのんびりと過ごす予定なのだ。

嬉しい誘いに気分は少しだけ上がるが、やはりこの先の事を考えるとどうしても溜め息が漏れてしまうのであった。








「……という訳でやはり一人でするのには限界があると思いまして、今後は医師の手を借りようかと思うんです」
「は?」

温室で二人きりになり、気まずい話題はすぐに終わらせてしまおうと先に口を開くとエミールが大口を開けて固まった。

「旦那様、どなたか口の固いお医者様に心当たりはございませんか?それか探してもらえませんか?」
「待て待て、何故医師を?」
「?こういった事は医師の力を借りるのが最善だと思ったので」

説明しなくてもわかりそうな事を何故訊ねるのだろうか。

「君は、その、医師に例の事を手伝ってもらう気なのか?」
「……恥ずかしさはありますが、そうするしかないかと」

恥ずかしさがあるどころの騒ぎではない。
せめて女性の医師ならばまだマシだ。
口が硬く女性の優秀な医師。
見つけるのは至難の業だが、公爵家の力でなんとかならないだろうかと訊ねてみたものの、エミールが大きく首を横に振った。

「駄目だ、他人には任せられない」
「ですが……」

何度しても自分で入れるのには慣れず、良い道具も見つからない。
それならば第三者の手を借りるのが確実なのだ。
一刻も早く子を授かるのがエミールにとっても良いはずなのに、何故反対されたのだろうか。

「女性の医師を探すのは賛成だ。けれど、アレを手伝うのは駄目だ」
「ではどうしたら……」
「俺が手伝う」
「………………はい?」

エミールが信じられない事を口にした。
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