上 下
9 / 32

9

しおりを挟む





「それなら次の休みにでもちょうど良い道具がないか探しに行ってみるか?」
「え?」

指では少し、という恥じらいを取っ払いなんとか出来た報告にエミールがそんな提案をしてきた。

「それは、一緒にということですか?」
「嫌か?」

嫌なのはエミールの方では?

思わず首を傾げると自分でも以前の言葉と矛盾していると気付いたのかバツの悪そうな表情を浮かべた。

「……すまない」
「……いえ、大丈夫ですよ」

きっと無意識に誘ってしまったのだろう。
大丈夫、気にしていない。
一緒に探してくれるという考えは凄く嬉しいけれど、聞かなかった事にしておこう。
馴れ合うつもりはないのに休みの日に二人でお出掛けなんてしたがるはずもない。

そう思っていると。

「以前の俺の言葉は忘れてくれないか」
「え?」
「馴れ合うつもりはないといった、あの夜の」
「………………え?」

忘れる、とは?
どういう事?
馴れ合うつもりはないという言葉を忘れるという事はつまり?

頭の回転は遅い方ではないのに言葉の理解が追いつかない。

「それは……」

これからは普通に交流を持って下さると?

……と思ったけれど良く考えたらこれまでも普通に交流している。
例の言葉もなんだったのかと思うくらいにごくごく普通に接している。
なんなら毎朝毎晩言葉を交わしているし、一言も話さない日はないし顔を合わせない日もない。

(あら?言葉を忘れた所でどう変わるのかしら??)

今更わざわざ忘れてくれと言われなくても、というのが理解してからの正直な気持ちだ。

「あの、旦那様?忘れてと仰っていただけるのは嬉しいのですが、あまり必要がないかと」
「いや、忘れて欲しい。あの場であの言葉はあまりにも酷かった」

それは確かに。

でもそれは私が何も知らず恋に恋して結婚生活に夢を見ているだけのお嬢様だったとしたらの話だ。
最初から裏があると怪しんでおり、言われた言葉もさもありなんと納得してしまったので私自身はそれ程酷い事を言われたとは受け止めていない。

(とはいえここで意固地になる必要はないわよね)

もう既に忘れているようなものだったが、忘れろと言われれば忘れるまでだ。

「わかりました。もう忘れました」
「ありがとう」

微笑みながら頷くと、エミールは大袈裟にホッと息を吐き出しその表情を晴らす。
大の大人に対して可愛いだなんて思ったのは初めてだ。

「それで、先程の話だが」
「はい、お休みの件ですね」

ありがたい話だが、都合の良さそうな器を探す為だけに普段忙しいエミールの貴重な休みを使用しても良いものなのだろうか。

「アリシアはまだきちんと街を見ていないだろう?俺で良ければ案内するから、是非共に過ごして欲しいんだ」

確かに領地に嫁いできてからほとんど邸の外には出ていない。
天気の良い日に東屋にあるカウチで本を読む事はあるが、街に出て何かをした事はない。

ただ街を案内してもらうだけならエミールでなくても良いが、せっかくこうして申し出てくれているのに無碍にするのも失礼だ。
それにきっと彼は私を気遣って言ってくれているのだ。
道具を探す為だけのお出かけというよりは、街を案内するついでに探せば良いのだと、そしてその手伝いをさせてくれと言葉を変えて言ってくれたのだろう。

「どうだろうか?」
「……そういう事でしたら、喜んで」
「そうか!良かった!」

ぱあっと明るく笑うエミール。
まるで子供のような反応がやはり可愛く見えてしまう。

次期公爵様だというのにこんなに無邪気な面を持ち続けられるだなんて、義父母は随分とのびのび彼を育てたようだ。
もちろん嫌な気分になどなるはずがない。
むしろ微笑ましい気持ちでいっぱいだし、これでいて公の場ではきちんと次期公爵としての職務を全うしているのだから、仕事は仕事、私生活は私生活としっかり線引きをするよう育てた義父母には尊敬しかない。

「おっと、後はここで長々とする話ではないな。アリシア、よければ朝食の席で詳細を決めても良いか?」
「ええ、もちろん」

差し出された腕に手を乗せ、二人で揃って食堂へと向かう。

(蒸し返すつもりはないけれど、旦那様ったら本当に当初は馴れ合うつもりなどなかったのかしら?)

最初からエミールの態度は柔らかかった。
対外的には妻として扱う、それに最初の内は不仲と思われないようにした方が良いとの考えでそうなのかと思っていたけれど、多分違う。

だってどう見てもこの人の良さそうなまるで大型犬のような態度がきっとこの人の素の顔だ。

あまりにも自然にエスコートされ、嬉しそうに楽しそうに隣を歩き、朝食の席でも嬉々としてお出掛けのコースを提案するエミールに、自然と頬が緩んでしまった。





しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

年下の彼氏には同い年の女性の方がお似合いなので、別れ話をしようと思います!

ほったげな
恋愛
私には年下の彼氏がいる。その彼氏が同い年くらいの女性と街を歩いていた。同じくらいの年の女性の方が彼には似合う。だから、私は彼に別れ話をしようと思う。

すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…

アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。 婚約者には役目がある。 例え、私との時間が取れなくても、 例え、一人で夜会に行く事になっても、 例え、貴方が彼女を愛していても、 私は貴方を愛してる。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 女性視点、男性視点があります。  ❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。

【完結】理想の人に恋をするとは限らない

miniko
恋愛
ナディアは、婚約者との初顔合わせの際に「容姿が好みじゃない」と明言されてしまう。 ほほぅ、そうですか。 「私も貴方は好みではありません」と言い返すと、この言い争いが逆に良かったのか、変な遠慮が無くなって、政略のパートナーとしては意外と良好な関係となる。 しかし、共に過ごす内に、少しづつ互いを異性として意識し始めた二人。 相手にとって自分が〝理想とは違う〟という事実が重くのしかかって・・・ (彼は私を好きにはならない) (彼女は僕を好きにはならない) そう思い込んでいる二人の仲はどう変化するのか。 ※最後が男性側の視点で終わる、少し変則的な形式です。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしておりません。本編未読の方はご注意下さい。

嫌われ王妃の一生 ~ 将来の王を導こうとしたが、王太子優秀すぎません? 〜

悠月 星花
恋愛
嫌われ王妃の一生 ~ 後妻として王妃になりましたが、王太子を亡き者にして処刑になるのはごめんです。将来の王を導こうと決心しましたが、王太子優秀すぎませんか? 〜 嫁いだ先の小国の王妃となった私リリアーナ。 陛下と夫を呼ぶが、私には見向きもせず、「処刑せよ」と無慈悲な王の声。 無視をされ続けた心は、逆らう気力もなく項垂れ、首が飛んでいく。 夢を見ていたのか、自身の部屋で姉に起こされ目を覚ます。 怖い夢をみたと姉に甘えてはいたが、現実には先の小国へ嫁ぐことは決まっており……

大きな騎士は小さな私を小鳥として可愛がる

月下 雪華
恋愛
大きな魔獣戦を終えたベアトリスの夫が所属している戦闘部隊は王都へと無事帰還した。そうして忙しない日々が終わった彼女は思い出す。夫であるウォルターは自分を小動物のように可愛がること、弱いものとして扱うことを。 小動物扱いをやめて欲しい商家出身で小柄な娘ベアトリス・マードックと恋愛が上手くない騎士で大柄な男のウォルター・マードックの愛の話。

処理中です...