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しおりを挟む「それなら次の休みにでもちょうど良い道具がないか探しに行ってみるか?」
「え?」
指では少し、という恥じらいを取っ払いなんとか出来た報告にエミールがそんな提案をしてきた。
「それは、一緒にということですか?」
「嫌か?」
嫌なのはエミールの方では?
思わず首を傾げると自分でも以前の言葉と矛盾していると気付いたのかバツの悪そうな表情を浮かべた。
「……すまない」
「……いえ、大丈夫ですよ」
きっと無意識に誘ってしまったのだろう。
大丈夫、気にしていない。
一緒に探してくれるという考えは凄く嬉しいけれど、聞かなかった事にしておこう。
馴れ合うつもりはないのに休みの日に二人でお出掛けなんてしたがるはずもない。
そう思っていると。
「以前の俺の言葉は忘れてくれないか」
「え?」
「馴れ合うつもりはないといった、あの夜の」
「………………え?」
忘れる、とは?
どういう事?
馴れ合うつもりはないという言葉を忘れるという事はつまり?
頭の回転は遅い方ではないのに言葉の理解が追いつかない。
「それは……」
これからは普通に交流を持って下さると?
……と思ったけれど良く考えたらこれまでも普通に交流している。
例の言葉もなんだったのかと思うくらいにごくごく普通に接している。
なんなら毎朝毎晩言葉を交わしているし、一言も話さない日はないし顔を合わせない日もない。
(あら?言葉を忘れた所でどう変わるのかしら??)
今更わざわざ忘れてくれと言われなくても、というのが理解してからの正直な気持ちだ。
「あの、旦那様?忘れてと仰っていただけるのは嬉しいのですが、あまり必要がないかと」
「いや、忘れて欲しい。あの場であの言葉はあまりにも酷かった」
それは確かに。
でもそれは私が何も知らず恋に恋して結婚生活に夢を見ているだけのお嬢様だったとしたらの話だ。
最初から裏があると怪しんでおり、言われた言葉もさもありなんと納得してしまったので私自身はそれ程酷い事を言われたとは受け止めていない。
(とはいえここで意固地になる必要はないわよね)
もう既に忘れているようなものだったが、忘れろと言われれば忘れるまでだ。
「わかりました。もう忘れました」
「ありがとう」
微笑みながら頷くと、エミールは大袈裟にホッと息を吐き出しその表情を晴らす。
大の大人に対して可愛いだなんて思ったのは初めてだ。
「それで、先程の話だが」
「はい、お休みの件ですね」
ありがたい話だが、都合の良さそうな器を探す為だけに普段忙しいエミールの貴重な休みを使用しても良いものなのだろうか。
「アリシアはまだきちんと街を見ていないだろう?俺で良ければ案内するから、是非共に過ごして欲しいんだ」
確かに領地に嫁いできてからほとんど邸の外には出ていない。
天気の良い日に東屋にあるカウチで本を読む事はあるが、街に出て何かをした事はない。
ただ街を案内してもらうだけならエミールでなくても良いが、せっかくこうして申し出てくれているのに無碍にするのも失礼だ。
それにきっと彼は私を気遣って言ってくれているのだ。
道具を探す為だけのお出かけというよりは、街を案内するついでに探せば良いのだと、そしてその手伝いをさせてくれと言葉を変えて言ってくれたのだろう。
「どうだろうか?」
「……そういう事でしたら、喜んで」
「そうか!良かった!」
ぱあっと明るく笑うエミール。
まるで子供のような反応がやはり可愛く見えてしまう。
次期公爵様だというのにこんなに無邪気な面を持ち続けられるだなんて、義父母は随分とのびのび彼を育てたようだ。
もちろん嫌な気分になどなるはずがない。
むしろ微笑ましい気持ちでいっぱいだし、これでいて公の場ではきちんと次期公爵としての職務を全うしているのだから、仕事は仕事、私生活は私生活としっかり線引きをするよう育てた義父母には尊敬しかない。
「おっと、後はここで長々とする話ではないな。アリシア、よければ朝食の席で詳細を決めても良いか?」
「ええ、もちろん」
差し出された腕に手を乗せ、二人で揃って食堂へと向かう。
(蒸し返すつもりはないけれど、旦那様ったら本当に当初は馴れ合うつもりなどなかったのかしら?)
最初からエミールの態度は柔らかかった。
対外的には妻として扱う、それに最初の内は不仲と思われないようにした方が良いとの考えでそうなのかと思っていたけれど、多分違う。
だってどう見てもこの人の良さそうなまるで大型犬のような態度がきっとこの人の素の顔だ。
あまりにも自然にエスコートされ、嬉しそうに楽しそうに隣を歩き、朝食の席でも嬉々としてお出掛けのコースを提案するエミールに、自然と頬が緩んでしまった。
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