1 / 32
1
しおりを挟む「俺には愛する人がいる。申し訳ないが、貴女を愛する事は出来ない」
結婚式の夜。
この日が初対面の婚約者改め旦那様になった人からそんな事を言われた。
*
彼、ブランド公爵子息ことエミールとの婚約が決まったのは私が16歳の時。
領地は借金三昧の没落寸前で侯爵という爵位しか取り柄のない我が家に舞い込んできた縁談はエミール側から打診されたものだったようだ。
金銭的援助及び父の借金の肩代わりをする代わりに私がエミールと結婚する事が両家で決められた。
「悪い話ではない。資産は潤沢にあるし、お前には何不自由ない暮らしを約束してくれている」
悪い話どころの話ではない。
何より向こうにメリットがなさすぎて確実に裏があるはずなのに父はあっけらかんとしている。
父は裏がどうとかよりも、借金が返済出来るばかりかその後の資金援助まで約束されてうきうきの様子。
金と引き換えに娘を売ったようなものなのに悪びれもせずそれを隠そうともせず嬉しそうな表情には呆れるしかない。
せめて表面だけでも取り繕えばいいものを。
(そんなんだからギャンブルで大負けして借金なんて作るのよ)
父は良くも悪くも隠し事が出来ない。
そんな父がギャンブルだなんて、恰好の餌食になりにいくようなものだが彼はそれにどっぷりとハマってしまった。
名ばかりの貧乏侯爵家でただでさえうんざりしていたであろう母は、いよいよそんな父に愛想を尽かせて私の縁談が決まる前に出て行った。
残るは私と幼い弟のみだが、この縁談を受ければ我が家は潤う。
幼い弟の進学費用も出してくれるらしい。
父にも私にも似ず、賢く聡明な弟だ。
そんな彼の将来を潰したくはない。
(それに、愛だの恋だのに興味もないしね)
借金のカタだろうが何だろうが、私が普通に稼ぐよりも遥かに大きな金額が補償されている。
どの道私に拒否権はないのだから受けるしかない。
借金のカタとはいえ生活の補償をしてくれて実家の支援もしてくれるのなら文句などあるはずがない。
そうして私とエミールの婚約が結ばれ、直後に我が家の懐は盛大に潤った。
父にギャンブル禁止令を出したのは言うまでもない。
(エミール・ブランド、か)
婚約者の姿絵を見て心の中で名を呼ぶ。
どんな人なのだろう。
借金のカタとはいえ、私を望んでくれたのには何か理由があるのだろうか。
打診された直後に考えた『裏』を知りたい。
一目惚れされたのかも、なんて乙女な事は考えられない。
金髪に水色の瞳というと聞こえは良いが、それを持ってしても我ながら凡庸な顔立ちにぼんやりとした印象しかないので、そんな物語のような展開はありえない。
ではその理由は何だろう。
手紙を出して尋ねてみたがその事についての返事はなかった。
それから季節が巡る毎に礼儀として手紙を送り、彼からも時折り返事がきた。
たまに添えられたプレゼントはセンスも良く可愛らしく、私でなければ麗しの公爵子息に望まれて請われているのだろうと盛大な勘違いをしてしまうに違いない。
手紙での交流も続き、式の前に一度くらいは顔合わせのようなものがあるのだろうと思っていた。
……が、しかし。
(まさか式当日まで会えないなんてね)
かろうじて手に入れた絵姿で彼の見た目が黒髪に暗い色の瞳をしていると知った。
式で見た彼は確かにその色を持ってはいたが、絵姿よりも遥かに整っていた。
唯一違うのは瞳の色で、彼はキレイなアメジストの色を持っていた。
この方が旦那様になる人なのかとまじまじと見つめると居心地が悪そうに視線を逸らされた。
25
お気に入りに追加
1,774
あなたにおすすめの小説
【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?
曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」
エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。
最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。
(王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様)
しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……?
小説家になろう様でも更新中
夫に離縁が切り出せません
えんどう
恋愛
初めて会った時から無口で無愛想な上に、夫婦となってからもまともな会話は無く身体を重ねてもそれは変わらない。挙げ句の果てに外に女までいるらしい。
妊娠した日にお腹の子供が産まれたら離縁して好きなことをしようと思っていたのだが──。
隣国に売られるように渡った王女
まるねこ
恋愛
幼いころから王妃の命令で勉強ばかりしていたリヴィア。乳母に支えられながら成長し、ある日、父である国王陛下から呼び出しがあった。
「リヴィア、お前は長年王女として過ごしているが未だ婚約者がいなかったな。良い嫁ぎ先を選んでおいた」と。
リヴィアの不遇はいつまで続くのか。
Copyright©︎2024-まるねこ
【完結】あなただけが特別ではない
仲村 嘉高
恋愛
お飾りの王妃が自室の窓から飛び降りた。
目覚めたら、死を選んだ原因の王子と初めて会ったお茶会の日だった。
王子との婚約を回避しようと頑張るが、なぜか周りの様子が前回と違い……?
【完結】妹にあげるわ。
たろ
恋愛
なんでも欲しがる妹。だったら要らないからあげるわ。
婚約者だったケリーと妹のキャサリンが我が家で逢瀬をしていた時、妹の紅茶の味がおかしかった。
それだけでわたしが殺そうとしたと両親に責められた。
いやいやわたし出かけていたから!知らないわ。
それに婚約は半年前に解消しているのよ!書類すら見ていないのね?お父様。
なんでも欲しがる妹。可愛い妹が大切な両親。
浮気症のケリーなんて喜んで妹にあげるわ。ついでにわたしのドレスも宝石もどうぞ。
家を追い出されて意気揚々と一人で暮らし始めたアリスティア。
もともと家を出る計画を立てていたので、ここから幸せに………と思ったらまた妹がやってきて、今度はアリスティアの今の生活を欲しがった。
だったら、この生活もあげるわ。
だけどね、キャサリン……わたしの本当に愛する人たちだけはあげられないの。
キャサリン達に痛い目に遭わせて……アリスティアは幸せになります!
あなたなんて大嫌い
みおな
恋愛
私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。
そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。
そうですか。
私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。
私はあなたのお財布ではありません。
あなたなんて大嫌い。
【完結】王太子妃の初恋
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。
王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。
しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。
そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。
★ざまぁはありません。
全話予約投稿済。
携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。
報告ありがとうございます。
「……あなた誰?」自殺を図った妻が目覚めた時、彼女は夫である僕を見てそう言った
Kouei
恋愛
大量の睡眠薬を飲んで自殺を図った妻。
侍女の発見が早かったため一命を取り留めたが、
4日間意識不明の状態が続いた。
5日目に意識を取り戻し、安心したのもつかの間。
「……あなた誰?」
目覚めた妻は僕と過ごした三年間の記憶を全て忘れていた。
僕との事だけを……
※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる