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しおりを挟む「ふ、ふふっ」
「な、なんだ」
「やだ、笑ってる?おかしくなっちゃったんじゃないの?」
「あはっ、あはははははははは!」
「「っ!?」」
堪えきれずに令嬢としての作法も吹っ飛ばして大爆笑すると、目の前の二人がびくりと震える。
「あー嫌だ嫌だ、とんだ勘違い野郎と泥棒猫さんね」
「は!?」
「繰り返すけれど、貴女は彼がパーシー・グリーと知っていて、私という婚約者がいる事も知っていたのね?」
もう私が敬意を払う必要もないだろう。
一応敬語を使っていたがもう使わない。
彼らの土俵に上ってあげよう。
「だからそうだって言ってるでしょ!なんなの?いきなり笑い出したりして気持ち悪い!気でも狂った?」
「ふっ、ふふっ、本当にお馬鹿さん」
「なんですって!?」
「本当にわからないの?」
「はあ?」
「わからないのなら良いわ。では、そういう事ですのでよろしいですか?グリー伯爵」
「……もちろん。本当に、本当に申し訳ない……!」
「父上!?」
声を掛けると影から顔を真っ青にしたグリー伯爵が出てきた。
その横には怒りに震える伯爵夫人もいる。
実は父だけではなく、グリー伯爵と伯爵夫人も呼び出していたのだ。
結婚式の打ち合わせと言えば何の疑いもせずに承諾してくれた。
グリー伯爵も伯爵夫人も良い方で、私が嫁に行くのを凄く楽しみにしてくれていた。
伯爵領特産の葡萄が大好きだという私を可愛がってくれたし、花嫁修行と称して領内に滞在した際にはそれこそ実の母よりも甘やかされた覚えがある。
特に伯爵夫人は娘が欲しかったらしく、いつでもどこでも可愛い可愛いと猫可愛がりされてしまい恥ずかしくも嬉しかった。
実の両親と同じくらい尊敬出来る素晴らしいご夫婦なのに、どうしてその息子がこんなにもクズに育ってしまったのか。
「何故謝るのです?それよりも今の話を聞いていたんですか?それなら父上から是非辺境伯に言って下さい!」
私や家族に対しての申し訳なさと怒りで顔色を変えている父母に気付かず、むしろ来ていたのならちょうど良いとばかりに話し掛けるパーシー。
この人正気かと思ったのは私だけではないはず。
グリー伯爵はつかつかと一目散にパーシーへと近付き……
「この、大馬鹿もんがあああああああ!!!!!」
「!?!?!?!?」
渾身の拳骨をその頭頂に振り下ろした。
「あら痛そう」
「拳なんて生温いのでは?」
「カルったら」
拳じゃなければ踵?杖?
カルの事だからそもそも一撃で済ませるはずはないんだろうけど。
グリー伯爵も当然一撃で済ますつもりはないのかパーシーをボコボコに殴りながら思い込みを訂正し、伯爵夫人も扇子でバシバシ叩きながら彼を詰っている。
「馬鹿か!馬鹿なのか!?お前の頭は飾りなのか!?ハーヴェイ様に対して、シトリン嬢に対して何という失礼な態度を取っているんだお前は!!!」
「は!?いた、ちょっ、父上、何故」
「このお馬鹿!貴方いつからそんなに偉そうな態度を取れるようになったの!?」
「母上まで、いたっ、痛いですって!」
「良いか!?そもそもこの婚約は!我が家が!辺境伯家に頼み込んで結んだものだ!!」
「……え?」
「おまけに援助がなんだと!?」
「いえ、だって、我が家が辺境伯家に援助しているんでしょう?」
「逆だ馬鹿者!!!我が家が!辺境伯家より!!援助を受けているのだ!!!」
「…………………………え?」
グリー伯爵の言葉にパーシーが固まる。
そんな馬鹿なと顔で訴えるが、伯爵の余りの迫力にそれが真実なのだと気付いたようだ。
「お前、そんな事もわかっていなかったのか!?何をどう勘違いしたらそうなるんだ!!!」
伯爵が大きな大きな、本当に大きな溜め息を吐く。
「領地経営に携わらなくともシトリン嬢の方が優秀だから問題ないと思っていた。邪魔さえしなければ、大人しくシトリン嬢の影となり支えとなってくれればと思っていたがとんだ見込み違いだったようだな」
「シトリンの方が、優秀?影に?支えに……?見込み、違い?」
「当たり前でしょう!貴方シトリンちゃんに勝てるところがあって!?足元にも及ばないじゃない!学園での成績も常に中の下な貴方と違ってシトリンちゃんはずっと首位をキープしていたし領地経営の事も事細かに私達に質問してくれるし何よりも領民達と特産品をこの上なく愛してくれているのに!シトリンちゃんの方が貴方よりずっとずっとずーーーーっと素晴らしいのよ!?」
「ず、ずっと?」
「それを、こんな何処の馬の骨ともわからない女にうつつを抜かして、プロポーズまでして、おまけに、可愛い可愛いシトリンちゃんを傷物呼ばわりするだなんて!恥を知りなさい恥を!傷物になるのはお前の方です!!!」
伯爵と伯爵夫人が言いたい事を全部言ってくれたので私達ハーヴェイ家は大人しく静観している。
興奮しすぎてお前呼ばわりまでされてしまったわね。
思った以上に伯爵がパーシーをボコボコにベキベキに凹ませてくれたので父達の出番が全くなかった。
伯爵はその直後すぐさまこちらに向き直り、土下座せんばかりの勢いで頭を下げてきた。
「ハーヴェイ様、この度は不肖の息子が大変申し訳ない事を致しました!婚約破棄は当然です!慰謝料もお支払いします!」
伯爵に倣い伯爵夫人も頭を下げる。
ふるふると震えているのは怒りか悲しみか、それとも恐怖か。
そうよね、婚約破棄されたら今まで受けてきた援助は全てなくなる。
もう既にほとんど我が家の手の内の者が仕切っていると言っても過言ではない。
今更全てを放り投げられたらグリー伯爵家は終わりだ。
とはいえこの場でそれを言い出さず、息子を叱り潔く頭を下げ責任を取ると言い切るところが実に人の良いお二人らしい。
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