上 下
53 / 58
第3章

負の根源(5)

しおりを挟む

 
 
 水差しから銀のスプーンに移し、口に持っていく、そのやり取りを何度か繰り返したのち、少しは楽になったのか顔色も僅かに良くなったように見える王はそれでもまだガサツく声で少しずつアランへ話をした。
 
 
「ここを使う、の…は…あい…つ、しかいない…」
「あいつ、ですか」
 
 
 それは誰なのか、そんなアランの問いに答えは無く、代わりに自由に動かないだろう身体を無理やりにでも起こそうとする王。そんな王に手を貸し助けつつ無理はせずと宥めようとするが、何かに急き立てられる様子の王は仕切りに「ヒナセ」と口にする。
 
 
「ヒナセが、危険なのですか」
 
 
 このアランの問いには反応を示し、ピタリと動きが止まる。そしてアランの目をじっと見据えると、やつれた表情の王はそれでも尚、重圧を感じる声音でアランにこう告げる。
 
 
「わ、れ…の寝室……連れ…ていけ…」
「ですがそのようなお身体では」
「ヒナセ…は、そこに……」
 
 
 王を支えるために伸ばしていた腕を、その表情からは予想できないほどの力で握られ、咄嗟に言葉を失うアラン。そうこうしているうちにヒナセに危険が及んでいるのだと思うと考えている時間も惜しかった。
 
 
「ルイ、カイ」
「「はい」」
 
 
 王を見据えたまま、背後に立つ二人を呼ぶ。
 
 
「王を支えてあの通路を行けるか」
「大丈夫です、いけます」
「王様、多少手荒になっても怒んないでくださいね~」
 
 
 アランの背後左右からそれぞれ顔を出し、今ではすっかり隣国の王にも物怖じせず即答する頼もしい部下二人。
 この二人になら安心して任すことが出来る。
 
 
「との事なので、陛下は二人と共に。私が先に行ってまいります」
「……頼んだぞ」
 
 
 たとえ自分の身体が不調でも、王は王らしく威厳のある声音で命令を下す。
 アランもまた、「はっ」と力強く返事を返し、いまだアランの腕を強く握る王の手を上から握り返した。
 
 
 立ち上がり、部下二人へ向き直る。
 
 
「ルイ、カイ、決してご無理はさせないよう」
「わかっています。ですが、もしもの時はおぶってでもお連れします……ルイが」
「俺か~~っ」
 
 
 この先に何が待ち、何が起きるかわからない。
 そんな状況でも常にいつも通りの二人に自然ともれる苦笑。
 思い返せばいままで何度も助けられてきた。
 実力を認められず孤児出身と罵られ悔しい思いを数え切れないほど味わったことだろう。
 それでも変わらずアランについてきてくれる。
 だから、アランも誓った。
 この二人が不当に扱われるのなら、代わりに何度でも声を上げる、認めさせる、彼らは自慢のわたしの部下だ、と。
 
 
 お前たち自身も気をつけろ、そんな気持ちを込め、ルイとカイの肩をグッと強く引き寄せ両腕に抱く。
 
 いつの間にか腕を回しても収まりきらないほどに成長した二人の力強い抱き返しを感じながら、「また後でな」そう残し、アランひとり走り出した。
 
 
 
 
 
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

ありあまるほどの、幸せを

十時(如月皐)
BL
アシェルはオルシア大国に並ぶバーチェラ王国の侯爵令息で、フィアナ王妃の兄だ。しかし三男であるため爵位もなく、事故で足の自由を失った自分を社交界がすべてと言っても過言ではない貴族社会で求める者もいないだろうと、早々に退職を決意して田舎でのんびり過ごすことを夢見ていた。 しかし、そんなアシェルを凱旋した精鋭部隊の連隊長が褒美として欲しいと式典で言い出して……。 静かに諦めたアシェルと、にこやかに逃がす気の無いルイとの、静かな物語が幕を開ける。 「望んだものはただ、ひとつ」に出てきたバーチェラ王国フィアナ王妃の兄のお話です。 このお話単体でも全然読めると思います!

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

処理中です...