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第1章

繋がる縁(1)

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 言葉を失い目を見開くアランに王は独り言のように語り続ける。
 
 
「確かに初めは毒味役として使えればと連れてきたが、それもすぐ気が変わった。今となってはただヒナセをそばに置いておきたいだけだというのに……この子が頑なに自分の使命だと言い張ってきかん。
 ―――亡き王妃との約束だと」
 
「っ!……王妃…様は、どうして」
 
 
 この訪問中、どこかで王に直接話を聞く機会があればと心の片隅でタイミングを伺っていた姉の話題が突然浮上し、焦る気持ちを必死に押し殺し不自然にならないよう流れを持っていきたかったが、平静を装おうにも声が震えてしまう。
 騎士にあるまじき動揺に顔をしかめるも、幸いなことに王はアランの様子には気付かず、膝に寝かせたヒナセに手近の毛布を被せ、頭を撫でながら自然と話を続けた。
 
 
「十年以上も前の事だ、食事に仕組まれていた毒を口にし……王妃は倒れた。国中の医師を集めなんとか一命は取り留めたが、致命傷を負い先は長くない…そう告げられ、情けなくも我は絶望した。それでも当の本人以上に動揺する我を気遣う王妃の気丈さには頭が上がらなかったな。
 会話ができるまでに回復したもののベッドの上での生活を余儀なくされ、我も四六時中相手ができるわけではない。少しでも気を紛らわせればと連れてきたばかりのヒナセと出会わせてみたら……あっという間に意気投合したらしい。
 最後の最後まで自分の事など二の次で、ヒナセの事で怒って心配して、逝ってしまった。本当に…優しく我には勿体ない良い女だった」
 
 
 ここまで語り終わり、ふと我に返ったのか要らぬ事まで話してしまったわ、と照れくさそうにそっぽを向く人間味溢れる意外な王の素顔に触れ、アランもついぽつりと聞いてしまった。
 
 
「王は……新しい王妃様は娶られないのですか…」
「ない。我の王妃は、未来永劫あの者だけだ。それに、いまはこの雛鳥がいる。それで十分だ」
「―――っ」
 
 
 キッパリ言い切る王に息を呑み、止めた呼吸を再び吐き出す時には長年のしがらみがするりと解けるように身体が軽くなっていた。


 この時やっと顔を上げた王が見たアランの表情に、何故かわからない懐かしさを覚え、一瞬何かがダブる。その謎の感覚に若干の戸惑いを感じた。
 
 初めて顔を合わせた30も年下の男に、何を……。
 
 訳のわからぬ感覚を振り払うべく軽く目を瞑ると、微かに聞こえてきた小さなつぶやき。
 
 
「……彼女は最後まで、幸せだったんですね…」
 
 
 それは到底、会ったこともない人物に言う言葉と温度感では無いアランの呟きに王はゆっくり目を開きその表情をじっととらえる。
 

「何故お前はそんなにも王妃の事を聞く」
 
 
 真正面から向けられる王の鋭い眼差しに一瞬目を見張るも、覚悟を決めたアランは、サッと姿勢を正し深く深呼吸をして真剣な表情で口を開いた。
 
 
「……申し遅れました、私、アラン・マクレーン。生前は姉、オリビア・マクレーンが大変お世話になりました」
「!お前、オリビアの……」
「実の弟になります」
 
 
 驚愕の表情を浮かべる王は改めてアランの容姿を上から下までじっくり眺めると、確かに王妃オリビアの面影をポイントポイントから伺えることに気がついた。
 陽の光に当たれば光が反射して輝くであろうプラチナブロンドの細く柔らかそうな髪、まるで宝石のようにきらりと光り輝く澄んだエメラルドグリーンの瞳まで、オリビアとの共通点は数多く見つけることが出来る。
 
 逆に何故その可能性にたどり着かなかったのか……
 
 
 いつの日か、オリビアから年の離れた弟がいると聞いたことがあった。
 可愛くていつも自分の後ろを着いて回っていたのだと懐かしそうに話す思い出たち。そのオリビアの話具合から王の中で勝手に弟の存在は小さき幼子で止まってしまっていた。
 
 
「―――そうか、お前が…」
「はい」

 
 何年、何十年経とうが、オリビアの死を直視する事を避け続けた王は、最低限の遺品を隣国へ送って以来、マクレーン家との交流も長い事絶っていた。
 
 それがこんな形で再び交わるとは―――
 
 
 これもオリビア、お前の導きなのかもしれんな…。
 
 
 ふっと自嘲気味に笑った王はいまだ眠り続けるヒナセの頭を撫で、アランに改めて王宮内の自由を許すと共に、こうつけ加える。
 
 
「騎士殿の滞在中、時間があればこの子を構ってやってくれ」
「!良いのですか」
 
 
 あまりにも意外な許しにアランは驚きに目を丸くした。
 
 
「良い、許す。この子には我の狭心のせいで随分窮屈な思いを強いておる…。それに、ヒナセも無意識の内に騎士殿の中にオリビアの面影を見つけているのかもしれん…やけに懐いているからな」
「そう、でしょうか……だと、いいのですが」
 
 
 まともに会話をしたのは庭園での一瞬のみ。
 その後一気に段階をぶっ飛ばして体を繋げてしまった。次に会った時、なんと声をかけていいものか、果たして自分は平常心で接することが出来るのか、数々の悩ましさに苦笑を浮かべていると、ふと確認しておきたいことに思い当たる。
 
 
「姉上のことは、彼に告げても……」
「折を見て教えてやってくれ、きっと喜ぶ」
「承知致しました」
 
 
 
 
 このままヒナセを寝かすという王においとまを告げ、王の寝室から退出する。
 
 何から何まで予想外の連続だった。
 
 
 まさか今日ここで、アランの中で抱えた長年のしがらみが二つも解消してしまうとは夢にも思わず、その足取りは行きとはまるで違う軽いものだった。
 
 
 姉の事を話した時、彼は一体どんな反応をするのだろうか……受け入れて、貰えるだろうか……
 
 

 その時に備え、どう告げようか考えながら自分にあてがわれた客室へ戻るアランだった。
 
 
 
 
 
 
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