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第1章

雛鳥の役目(3)

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 足音以外何も音がしない、ある意味無音の空間。
 まるで動くことを禁じられているかのような、ズンっとのしかかる重苦しい雰囲気がこのまま永遠に続くかと思われた――その時、奥の薄い幕がカサっと僅かな音をたて揺れはじめ、次第に手前までその振動が伝わると、一番手前の幕を掻き分ける細い女の手が中央から左右に向けて一本ずつ現れた。
 内側からでてきたメイドが素早い動作で天幕を押さえ、片膝をつき待機する。
 
 
 カツン、カツン、カツン―――
 
 
 次第に大きくなる足音がすぐそこまで近づいてきている。
 
 
 そして……

 来る。そうアランが感じたと同時に、その姿が現れた。
 
 
 頭上には王の象徴である輝く王冠を乗せ、絨毯のように分厚く手触りの良さが遠目でもわかるマントを肩から羽織った、58という年齢の衰えを微塵にも感じさせない貫禄のある王が、自らその腕に雛鳥を抱き、姿を現した。
 
 
 王から発せられる圧倒的なオーラにもだが、片腕に雛鳥を抱いていることにも三人は衝撃を受けていた。
 
 
 王との体格差で、より小さく見える雛鳥。
 昼間の庭園で会った際の衣装とはまた違う薄い衣を身につけ、伏し目がちに王の肩に掴まっている。ちらっと見えた両耳は例のピアスとは別の物が輝いていた。

 共に過ごした時間はほんの一瞬。それでも実際にあったあの庭園での時間が嘘のように、こちらを一切見ない。目が合わない。
 そんな雛鳥の様子にアランは少し寂しい…と感じている自分に、おや、と内心ビックリしていた。
 
 
 
「待たせたな隣国の者よ。腰掛けてくれ」
 
 
 そんな王の言葉を合図に、どこからかクラシックの音楽がささやかに流れ出し、いつの間にか後ろに控えていたメイドに椅子を引かれながら自然と腰を下ろす。斜め前のルイやカイも同様だった。
 
 そして王もまた、十分広い一人がけの王の椅子へ雛鳥を膝に横抱きにし、腰をおろした。
 
 
「……わぁ、そのまま座るんだ」
「ルイ」
 
 
 思った事を素直に口に出してしまいがちなルイへ静かにするよう短く叱咤しながらも、自然な流れで目前へ目を向ける。
 二人にとってそれはごく当たり前の事なのか、会話の内容は聞こえてこないが耳元でなにかを囁き合う姿は、王が雛鳥の座高へ合わせるため耳を寄せる、見ていて驚きの光景であった。
 
 
 そうこうしているうちに、コース料理のはじまりであるアミューズが運ばれ晩餐会はスタートした。
 今回のこの場は王のもてなしという事で、それはもう、はじまりから豪華の一言に尽きる一品だった。
 
 
「団長…俺、テーブルマナー苦手っす…」
「ルイ…頑張ろ」
「大きな粗相さえしなければ見様見真似で問題ない…が、国に帰ったら特訓だな」
「「あいあいさー…」」
 
 
 目の前の料理をじっと見つめる双子へ苦笑しながら王の様子を伺えばカトラリーの外側へ手を伸ばしていた。そして――
 
 
「わぁ…」
「これはまた…」
「……」
 
 
 一口分を切り分けた王は、それを自分ではなく、雛鳥の口へと運んでいた。
 赤く印象的な小さな口でぱくりと含み咀嚼する様子はまさに、餌付けを受ける雛鳥だ――と、見た当初はそう思った。
 
 
 だが、何かを伝えるように雛鳥が王に向けて頷く、それを見た瞬間、違う、と悟った。
 
 
「違う、あれは……」
 
 
 
 毒味だった。
 
 
 
 
 
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