上 下
37 / 69
2【子育て日記】

2-8 忘れ物(6)

しおりを挟む

 
 
「お待たせしました、さぁ帰りましょう!」
 
 
 バァンっとノックも無しに社長室へ入ってくる会議を終えた楓真くんに対し、デスクで仕事をしていた楓珠さんの盛大なため息が飛ぶも聞こえないふりに徹するのか総スルーでカーペットで遊ぶ僕と子供たちの元へ一直線に向かってきた。
 1時間ぶりに戻ってきた楓真くんに会えて嬉しいのか短い両手を懸命に伸ばす健気な双子を両手それぞれに抱え一気に抱き上げている。
 
 
「楓真くん、抱っこひも使う?」
「人多いですし…そうですね、危ないので念の為」
「ん、準備するからちょっと待っててね」
 
 
 楓真くんの腕に抱かれた二人の頭を優しく撫で、ソファの隅に置いていた荷物と抱っこひもを整えに行く。その間仕事の手を止めた楓珠さんが感慨深そうに楓真くんへ話しかけているのを背中越しに聞いていた。
 
 
「我が子は人を大きく成長させるよね」
「父さん…突然何を言ってるの」
「さっきみたいに、少しの移動距離でも子供達のために安全第一を考えられる楓真くんに私は感動したよって事。それが最近の仕事にも少しずつ現れていて、父は嬉しい限りです」
「……どうも」
「これからも期待しているよ」
 
 
 「だからなんなの突然!」と照れくさそうに怒る楓真くんに、全ての事情を知っている身としてはくすりと笑いながら心の中で「頑張れ」と激を送り、準備できたよと声をかけた。
 
 
 
「それじゃ、つかささん達送り届けたらまた戻るからさっきの会議のまとめはその時に」
 
 
 抱っこひもで双子を抱き上げた楓真くんと、リュックのみの僕が揃って準備万端お互いをチェックし、楓珠さんへ挨拶をする。
 
 
「はいはい孫たちの誘惑に負けないようにちゃんと戻ってくるんだよ」
「う……最善は尽くします」
「必ず戻らせるので安心してください楓珠さん」
「よろしくねつかさくん」
 

 失礼します、と頭を下げながら隣では双子が楓珠さんを見やすいように身体の向きを変えた楓真くん。その腕の中でブンブン手を振る二人のかわいさに「やっぱりその子たちは置いていってくれるかな?」と真顔で言う楓珠さんを無視し「さぁ行きましょう」と我先に社長室を出ていく楓真くんを笑って追いかけた。
 
 
 
 
 
「ただいまぁ~」
「おかえりなさい」
 
 
 誰も居ない家でも必ず「ただいま」と「おかえり」を言う習慣は自然とお互い身についていた。
 先に家の中へ入っていき適当に荷物を下ろすと、抱っこひもを下ろす楓真くんを手伝いに行く。
 移動中終始二人ともいい子にしてはいたが、窮屈から解放された途端のびぃ~と小さな身体を伸ばす姿がとてもかわいかった。
 
 
「お疲れ様、なにか飲んでから行く?」
「いえ、もう行きます」
 
 
 家に着いてそうそう息付く暇もなく再び玄関へ向かう楓真くんのあとを追いかける。双子たちはもう微動だにせずカーペットで力尽きていた。
 
 
「そっか…送ってくれてありがとうね。あと少し頑張って」
「こちらこそ、忘れ物届けて下さりありがとうございました会社で三人に会えたのなんか新鮮でした」
「そうだね、僕ももう少ししたら復帰するから」
「またつかささんと出勤時間を一緒できるの楽しみにしてます」
 
 
 その時は仕事中もずっと一緒だけどね、とはまだ言えない。
 
 
「それじゃ行ってきます」
「行ってらっしゃい」
 
 
 軽く唇を掠めていくキスを受け止め、以外にも未練なくあっさり出ていく楓真くんを見送った。
 
 
 と思ったら、すぐに届くスマホのメッセージ。
 
 
『もう既に帰りたいです(;ω;)ぴぇん』
 
 
 ついふはっと笑ってしまい、すぐに頑張れーと応援するゆるいスタンプを送り返す。既読が着いたのを見届けるとスマホをポケットへしまった。
 
 
 リビングへ戻ると双子が仲良く手を繋ぎ、すやすやと眠っていた。レースカーテンから漏れる暖かな日差しも相まって静かなリビングの穏やかな光景にほっこりしてしまう。
 頭の中にはまだ今日やらなくてはいけない家事達を思い浮かべる…が、それら全てを一旦吹き飛ばし、双子の隣に身体を横たえる。
 
 今日一日二人は本当に、いい子達だった。
 あと半年もすれば日中はシッターさんに預け仕事復帰する為、この子達と過ごす時間が格段に減ってしまう。寂しい思いをさせて申し訳ないと思いながら、それまでは存分に一緒の時間を過ごしていく。
 
 
 復帰後は楓真くんは社長で、僕は楓真くん専属の秘書。
 
 
「パパ社長になるんだって…すごいねぇかっこいいねぇ、一緒に応援しようね」
 
 
 あどけない寝顔を眺めながら、とんとん背中やお腹を摩っている内に気付けば一緒に夢の中へと落ちていた。
 
 
 夢の中では、少し先の…だけど今とかわらない穏やかな未来を見た気がした――。
 
 
 
 

 「忘れ物」-END-
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

住所不定の引きこもりダンジョン配信者はのんびりと暮らしたい〜双子の人気アイドル配信者を助けたら、目立ちまくってしまった件〜

タジリユウ
ファンタジー
外の世界で仕事やお金や家すらも奪われた主人公。 自暴自棄になり、ダンジョンへ引きこもってひたすら攻略を進めていたある日、孤独に耐えられずにリスナーとコメントで会話ができるダンジョン配信というものを始めた。 数少ないリスナー達へ向けて配信をしながら、ダンジョンに引きこもって生活をしていたのだが、双子の人気アイドル配信者やリスナーを助けることによってだんだんと… ※掲示板回は少なめで、しばらくあとになります。

男の娘レイヤー時雨-メス堕ち調教-

清盛
BL
女装コスプレイヤー“時雨”としてデビューした、中性的容貌を持つ15歳の男子高校生カオルは、知り合った背の高い女性カメラマン“ミカさん”(本当は♂)に2人きりのコスプレ撮影会に誘い出され、その場でなす術もなくレイプ・調教された挙句、性奴隷になることを強要される。 カオル=時雨は、ミカさんの性奴隷として苛烈な調教を受け続けるうちに自分の中に隠れていた被虐願望を自覚し、マゾヒズムに目覚め、そして、ミカさんを愛するようなり、2人だけの壊れた愛を育んでゆく・・・ 基本的にガチめでハードなレイプ、調教の描写多めでお送りしますが、最後は(頭のおかしい)ハッピーエンドを目指しております。 残酷なレイプ・調教表現が苦手な方は、ご注意下さい。 この作品はノクターンノベルズにも投稿しています 表紙イラストは、 Picrewの「無題のおんなのこ」で作りました 時雨 https://picrew.me/share?cd=IlEBtSPelO ついでに使わなかったけれど 夕立 https://picrew.me/share?cd=hPx6KL0iFy

巻き戻り令息の脱・悪役計画

日村透
BL
※本編完結済。現在は番外後日談を連載中。 日本人男性だった『俺』は、目覚めたら赤い髪の美少年になっていた。 記憶を辿り、どうやらこれは乙女ゲームのキャラクターの子供時代だと気付く。 それも、自分が仕事で製作に関わっていたゲームの、個人的な不憫ランキングナンバー1に輝いていた悪役令息オルフェオ=ロッソだ。  しかしこの悪役、本当に悪だったのか? なんか違わない?  巻き戻って明らかになる真実に『俺』は激怒する。 表に出なかった裏設定の記憶を駆使し、ヒロインと元凶から何もかもを奪うべく、生まれ変わったオルフェオの脱・悪役計画が始まった。

淫美な虜囚

ヤミイ
BL
うっかり起こしてしまった自転車事故で、老人に大怪我を負わせることになった、大学1年生の僕。 そんな僕の目の前に、老人の孫だという青年が現れる。 彼が僕に持ちかけたのは、とんでもない提案だった。 莫大な賠償金を免除してやる代わりに、僕に自分の奴隷(ペット)になれ、というのである。  そうして彼の淫らな”調教”が始まった・・・。

狡猾な狼は微笑みに牙を隠す

wannai
BL
 VRエロゲで一度会って暴言吐いてきたクソ野郎が新卒就職先の上司だった話

もっと僕を見て

wannai
BL
 拗らせサド × 羞恥好きマゾ

この世は理不尽だらけ(^^)v

館 文恵
エッセイ・ノンフィクション
この世のよろず話を何でも書きます!  楽しいこと 困ったこと 痛快な事 恥ずかしいこと 暴露話も 周辺のクソ国家の事も(^^)v

木曜日生まれの子供達

十河
BL
 毒を喰らわば皿まで。番外編第四弾。  五十四歳の誕生日を迎えたアンドリムは、ヨルガと共に残された日々を穏やかに過ごしていた。  年齢を重ねたヨルガの緩やかな老いも愛おしく、アンドリムはこの世界に自らが招かれた真の理由を、朧げながらも理解しつつある。  しかし運命の歯車は【主人公】である彼の晩年であっても、休むことなく廻り続けていた。  或る日。  宰相モリノから王城に招かれたアンドリムとヨルガは、驚きの報告を受けることになる。 「キコエドの高等学院に、アンドリム様の庶子が在籍しているとの噂が広まっています」 「なんと。俺にはもう一人、子供がいたのか」 「……面白がっている場合か?」  状況を楽しんでいるアンドリムと彼の番であるヨルガは、最後の旅に出ることになった。  賢妃ベネロペの故郷でもある連合国家キコエドで、二人を待つ新たな運命とはーー。

処理中です...