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第二章【記憶】

2-24 遠い記憶の約束(3)

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 いつ、

 
 どこで、

 
 誰と――?
 

 
『ラウは‪‪✕‬‪✕‬様とおそろいがいい!』
 


 
 この記憶は、なに――?
 
 


 
 つい数分前までぎゃいぎゃい騒いでいたラウルがいつの間にか黙り込み一心に教壇の杖を眺める様子に、真剣に悩んでいるんだなとしばらくそっとしておこうと思っていたレオンハルトだったが、ふと見えたその横顔があまりにも真っ青な事に目を見張り、慌ててラウルの肩を掴み無理やり顔を自分に向けさせる。
 
 そこで見た、向かい合った瞬間のラウルの目。
 
 何も映さない、人形のような濁った目にレオンハルトはつい息を飲んでしまった。
 
 
「っ、おい…おい!ラウル!?」
 
 
 ぼーっとしているのとは明らかに違う、尋常ではないラウルの様子に焦って声をかけるが、意識が戻ってくるまでそう長くはかからなかった。
 
 
「――っ!……え、あれ…レオ、くん…?」
「!大丈夫か?顔真っ青だったぞ」
「んと…大丈夫…なんか頭がぼーっとしちゃって…」
「ビックリさせんな…」
 
 
 安堵のため息をこぼすレオンハルトにごめんなさいと謝りつつ、多少ズキズキする頭に意識を向けても痛みの名残だけをほんのり残し、さっきまで浮かんでいたぼんやりとした光景は既に思い出せなくなっていた。
 なんだったんだろう…頭をさすりながらひとり首を傾げるラウルだったが、突如背後から伸びる第三者の温かな手が頭をポンっとひと撫でした瞬間、嘘みたいにそのズキズキまでも綺麗さっぱり消え去ってしまった。
 
 
「え…」
 
 
 突然の体調の変化に驚き、咄嗟に目の前のレオンハルトをみやればその視線はラウルの頭上に固定され驚きが浮かぶ表情につられて後ろを振り返るのと後ろに立つ人物が口を開くのはほぼ同時だった。
 
 
「お主らどんな杖にするか決まったかのぅ?」
 
「っ!モルト先生!?」
 
 
 まさかのそこには、座るラウルの目線を少し上にあげた先に、こにこ笑顔をたずさえ杖をついたモルトが立っていた。
 
 
「わっ、わっ、あの、すみません、まだ……」
 
 
 何が起きているのか理解するより先に慌ててぺこりと頭を下げ姿勢を正すラウルは、モルト自ら後ろのテーブルまでわざわざやって来て声をかけられた事に対して、直感的に何かやらかしてしまったのかと心配になりおろおろしてしまう。
 自分だけではこの事態を対処出来ないと早々に白旗をあげたラウルは、同じように驚いていたレオンハルトに助けの視線を向けようとした所で、え、と固まってしまった。
 
 ラウルの想像では、偉大なる教師に突然話しかけられレオンハルトもまた緊張している――そう思っていた。
 だが、実際は先程までの驚きの表情はなりを潜め、それどころか、「お久しぶりです」と落ち着いた声音で丁寧に挨拶をするレオンハルト。モルトもまた懐かしそうにその挨拶を受け止めていた。
 
 
 えっ、えっ、とひとり真ん中で忙しなくモルトとレオンハルトを交互に見比べるが、誰もラウルの疑問を晴らしてくれそうにない。
 
 有名な元宮廷魔法師のモルトと、同い年のレオンハルトの接点とは……
 
 ぐるぐる迷宮入りに足を踏み入れかけているラウルを置いてけぼりに、ふたりの会話は静かに交わされていた。
 
 
「アルフレッド坊ちゃんもそうじゃが、時の流れは早いのぅ…立派に育ちおって」
「十数年経ちますからね…」
「……そうじゃな」
 
 
 まじまじとレオンハルトを見つめ、何度も頷き、嬉しさとどこか切なさを滲ませた表情のモルトは次にラウルへと視線を向けた。
 
 
「ラウ坊も、大きくなったのぅ」
 
 
 まさか自分に向けられると思わず、ラウルは咄嗟に反応ができなかった。
 
 そもそも、その言葉の意味が、わからなかった。


 ラウ坊


 それは未だかつて記憶上、誰にも呼ばれたことの無いはずの呼び方。
 

 
「?ごめんなさい……俺はモルト先生にどこかでお会いしたこと、ありましたか?」
「―――っ」
 
 
 そう言われた時のモルトの表情。
 
 まるで罪悪感を滲ませるような苦しげな表情、あるいは何かを思った寂しげな表情、そして、全てを飲み込んだどうしようもないという表情。
 

「いや、そうじゃったな…」
「え、えっ、あの、ごめんなさい…俺、ごめんなさい…っ」
 

 その全ての表情に心当たりがないラウルはもちろん、レオンハルトもまた頭にはてなを浮かべ、先程壇上からも向けられていたモルトの視線の違和感を思い出していた。


 モルト先生はラウルとも面識がある…?
 それは先生が王宮を出たあとのことなのだろうか…

 だけど、当の本人の様子ではその記憶が無い……

 となると、ラポワント家に来る前のラウル?


 当事者では無い他人がいくら考えてもわからない事でぐるぐるするのを阻止するかのように、うぉほんっという咳払いで強制的に思考が引き戻される。
 
 
「なんでもない。今のはじじぃの戯言だと思って忘れておくれ」
「でも……」
 
 
 にっこり有無を言わせず、これ以上深く追求できるような様子ではないと察すると、もやもやとした疑問は残りながらもラウルもレオンハルトも言われた通り口を閉じるしか選択肢はなかった。
 
 
 
 
 
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みんなの感想(12件)

aaaa
2024.09.19 aaaa

ラウルくんかわいい!!更新まってます!

解除
るか
2023.09.13 るか

最高です。゚(゚´ω`゚)゚。
まだまだ楽しみに待っときます!

カニ蒲鉾
2023.09.13 カニ蒲鉾

るか様
感想ありがとうございます( ; ; )♡
これからも楽しんでいただけるよう頑張りますので温かく見守ってあげてください〜〜!!

解除
たす
2023.09.05 たす

ラウを抱っこするアルフレッドの姿をいつも妄想してます(*´-`)続き期待です♡

カニ蒲鉾
2023.09.05 カニ蒲鉾

たす様
再び感想ありがとうございます!引き続き読んでいただけているの感謝しかありません( ; ; )♡
そして、アル様寄りのお言葉を頂けたのが初めてかもしれなくて…ちゃんと三角関係として書けているかしらというドキドキが少し和らいだ気がします( ⸝⸝⸝¯ ¯⸝⸝⸝)これからも頑張りますので引き続き見守っていただけますと幸いです♡

解除

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