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3【招待という名の呼び出し】
3-18暴君(8)
しおりを挟む代表は今、僕になんと言った……?
引き抜き……?
僕を一柳の長男――つまり次期後継者である真樹彦さんのメイン秘書に……?
そんなまさか……
さすがに自分の耳が正常に機能しているのか本気で疑ってしまった。
なぜならここまで呼び出された理由として頭の中で思い浮かべていたのは、楓真くんに相応しくない、御門の品質が落ちる、そんなレベルのことを言われるのだろう…そう覚悟を持ってやってきていたから。
たが、今言われたのはまるで真逆のこと――
インプットされた事を頭の中で必死に処理を回すが到底追いつかず脳がアウトプットの司令を出すことに遅れを生じさせている。
そんなフリーズ状態の僕の腕を突如強く引っ張る力が加わった。
「!?」
「考えるまでもなく無理すね。以上。帰るぞ」
「え、あのっ、水嶋さんっ」
引っ張られるがまま立ち上がりソファを回って出入口である唯一の扉の方へ問答無用で連れて行かれる。
慌てて水嶋さんと代表を交互に見やるが、その間代表は優雅にコーヒーカップを傾け愉快そうに眺めるだけで止めもしない。
だが、何も言わずこのまま帰るのは失礼に値するかつ、何も言えないのはさすがに情けなさすぎる。
「あ、あのっ水嶋さん!少しだけ、すみません」
「……一瞬だぞ」
「ありがとうございます」
僕の必死な呼び掛けに渋々立ち止まってくださった水嶋さんにぺこりと頭を下げ一柳代表を振り返る。
ずっと僕たちを眺めていたのかすぐに目が合い、なんでも言ってみろと言うように眉を上げ発言を促す素振りに甘え小さく息を吐き出すとここに来てやっと自分の言葉を口にした。
「……一柳代表、身に余るお誘いをありがとうございます。ですが、私は一生御門に尽くし番をそばで支えると決めております。この想いは変わりません。ですので今回のお話は無かったことにしてください」
怯まず最後まではっきり言い切った次の瞬間、シーンと静寂が訪れる。
ソファに座り僕を眺めるその表情は何を思っているのか全く読めない。
心臓がバクバクと高鳴り、周りに聞こえてしまうのではないかというくらい激しく脈を打っていた。
それでもじっと一柳代表を見据え、根気強く反応を待てば、ついにふっと笑う反応が返ってきた。
「……私は今キッパリと振られてしまったな。まぁ、はじめから答えはわかっていた。だからイエスと言うまで帰さないつもりだったのだが……」
「え――」
「水嶋がくっついてきた時点でそれも不可能だと悟ったよ」
「うわ…監禁かよ…えげつな」
笑いながら恐ろしいことをサラッと口にする代表に背筋がヒヤッとし、こちらは全く笑える状況ではなかった。
「とりあえず承知した。今日のところは一柳の考えを伝えたところで終わらせておこう」
「え、いえ、お断りを――」
「車を手配するから乗っていきなさい」
有無を言わさず言葉を遮られあやふやにされてしまう。
ここで完全に断っておきたかったのだが一柳代表の目がそれを許さない。ぐっと言葉に詰まっているとさらに帰宅を促される。
「それじゃあつかさくん、また楓真の就任パーティで」
「……行くぞ橘」
「っ、失礼します」
扉を開け出ていく水嶋さんの後に続き、体感長いようで実際は短い時間の滞在だった応接室を退出する。扉を閉める際、一瞬見えた時には既に一柳代表の視線は手元のタブレットに向き片手では仕事の電話に出る姿を捉え、その多忙さに無言で頭を下げその場を後にした。
願わくば、もう二度とここへ訪れる機会がないことを願って――
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