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3【招待という名の呼び出し】

3-4もう一度イチから(4)

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 9時の始業から30分程経った頃――
 
 
 トントンという控え目なノックの音と共に秘書課の扉は開き、初めに顔を出したのは社長である楓真くんだった。
 普段の爽やかさは残しつつ真面目な凛々しい表情で室内を見回した…かと思えば、僕と目が合うと途端ふわっと微笑みが浮かぶそのギャップにひとりうぐっと悶えそうになるのを必死に下唇を噛んで堪え、やめて、と目で訴えていると、その後ろに続く湖西くんの登場にすぐさま気持ちを引締めた。
 
 
「知弦さん」
「おう、橘から聞いた。全員にも説明済み」
「ありがとうございます。つかささんも、ありがとうございました」
 
 
 水嶋さんとの短い会話でテキパキと状況確認を終えた楓真くんは、湖西くんに目配せをし全員が見渡せる水嶋さんの位置まで共に向かっていく。
 気付けば自然と全員が立ち上がり、その背中を黙って見守っていた。
 
 
「皆さんおはようございます、朝の忙しい時間帯に手を止めてしまってすみません」
 
 
 社長としてやってきた楓真くんの体外向きでしか見せないような丁寧な挨拶の入りに空気がさらに引き締まった気がした。
 
 
「連日お騒がせしている湖西についてですが、私との真剣な話し合いの元、完全完璧に気持ちを入れ替えさせ私判断で引き続き秘書課での採用を続けます。心配や不安等あるかと思いますがご理解とご協力をお願いします」
 
 
 社長が決めたことを我々秘書は信じてついていくだけ。もちろん誰一人異論は無かった。
 全員の表情を見渡しそれを確認した楓真くんはホッとしたように息を吐くと、次の瞬間にはにっと笑い湖西くんの背中をバシバシ叩きながらガラッと雰囲気を変えた。
 
 
「いっ――!」
「という事で、俺の手足として馬車馬のように働くとの事だから、みんなこれまで以上に可愛がってやってください」
「いてっ痛いっす…」
「ほら、お前も一言言っとけ」
 
 
 楓真くんに叩かれ一歩前に押し出されたタイミングで湖西くんの番が回される。全員の視線が一身に集まる状況に一瞬怯んだようにたじろいで見えたがすぐ後ろに控える楓真くんが逃げることを許さなかった。
 
 
「大丈夫、ここの人達はみんな中身を見て判断してくれる。これからのお前次第だよ」
「……」
 
 
 チラッと寄越される視線は不安そうに目線だけで辺りを伺い、何かを言おうと薄く開く口も、躊躇いからかすぐに閉じ、気まずい沈黙だけが落ちる。
 そんな湖西くんの背中を押す救世主が突如として現れようとは…本人は全く予想していなかったことだろう。それは、いつの間に僕の隣に来ていたのか、奥に位置する自分の席から出てきた花野井くんだった。
 
 
「にっしー」
「っ、……花ちゃん…先輩…」
 
 
 変わらず今まで通りの呼び方で不意に呼ばれ、背の高い大きな体を萎縮させている湖西くんの目がわかりやすく揺れる。
 
 
「キミがどんな目的でここに入ってきたかは知らないけど、にっしーがこの会社のためになるいい子なら、僕は精一杯先輩としてご指導いたしますよ」
 
 
 むふんっと小さな体で胸を張る花野井くん。
 おそらくいま、この瞬間、花野井くんの言葉が一番湖西くんの心を動かしたに違いない、そう思うほど湖西くんの表情がぐしゃっと歪んだ。
 
 
「……っ、ご迷惑を…おかけして…本当に、申し訳ありませんでした…、これからも、ご指導ご鞭撻お願いいたします」
「ビシバシいくから覚悟してよね~」
 
 
 声を震わせながら頭を下げる湖西くんの元まで近寄り背伸びしながらぎゅっと抱き締める花野井くん、そんな光景を心温まる気持ちで見つめていると、花野井くんと入れ替わるようにして隣に近寄る楓真くんがこそりと話しかけてきた。
 
 
「つかささん」
「ん?」
「二度とつかささんに不利益なことはしないようキツく言い聞かせてあります。でももし何かあったらすぐ言ってください」
「さっきの間にそんな事まで話してたの?もう…パワハラ上司って言われないよう気をつけてね?手を出すのも禁止」
「昨日のは…つい…」
「絶対、ダメ、だよ」
「はい」
 
 
 つい遠目で見てしまうのは湿布が貼られた湖西くんの左頬。
 朝一番会った時からもちろん気付いてはいたが、ここでも誰もその事には触れず暗黙の了解としてスルーする躾の行き届いた秘書達だった。
 
 
 
 
 
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