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2【動き出す思惑】
2-36反省(3)
しおりを挟む主人が去り一人残された現状に逃げも隠れもせずその場に立ち続ける湖西くんを、楓真くんはどうするつもりなのか。
このまま何事もなかったかのように秘書課で働き続けることを良しとするのかしないのか。
そして、湖西くん自身の考えは―――
僕の隣にそっとやって来る楓珠さんに軽く会釈しながら、湖西くんの目の前まで無言で迫りゆく楓真くんの後ろ姿を固唾を飲んで見守った。
「まず湖西の言い分を聞こうか」
「……何もありません。美樹さんの役に立つため俺は御門ホールディングスに来ました。処分も甘んじて受けいれます」
美樹彦さんとの関係が暴かれてからというもの、この二日間で見てきた元気な湖西くんのイメージは完全になりを潜め、楓真くんの陰からちらっと見える湖西くんの表情は能面のように無表情で真っ直ぐ楓真くんを見据え言い切る言葉と同様堂々として見えた。
だからこそ、彼の言い分をちゃんと聞きたかった。
「……そ。わかった。じゃあ今すぐ―――」
「待って楓真くん」
「っ、つかささん?」
楓真くんの言葉を遮り突然声を上げた僕に対して驚いたように振り返る彼のすぐ隣まで歩み出ては湖西くんと向かい合う位置に並び立つ。
左と前、背の高い彼らに埋もれてしまわないよう気持ちだけでも大きく視線はしっかり湖西くんを見据えゆっくりはっきり口を開いた。
「ねぇ湖西くん、ちゃんと君の本心を聞かせて。僕が見てきた二日間の君は本当に美樹彦さんのためだけに動いてきたのかな」
「……そうです」
頑なに本心を見せようとはしない湖西くんに僕も負けじと問い続けた。
「初めてできた後輩だって張り切って教えていた花野井くんを裏切る事、少しも罪悪感は湧かない?」
「……っ」
花野井くんの名前を出して初めて湖西くんの眉がぴくりと動くのを見逃さなかった。
「二人が一緒に働く姿は、命令されたから仕方なく花野井くんに合わせてたようには到底見えなかったよ」
「……花ちゃん先輩には感謝してます。事情を知らないとはいえ、いつかは無駄になる事なのにこんな俺にも一所懸命指導してくれて――でも、俺の軸はブレません。美樹さんの役に立つことが俺の一番の使命です」
「どうして、そこまで……」
「少しでも美樹さんの関心を引く為に決まってるじゃないですか!」
彼の地雷を踏んでしまったのか、突如カッとなり大声を上げた湖西くんに条件反射でビクッと震え、一歩後ずさりそうになった僕の肩をすかさず楓真くんが支えてくれた。「ごめん、ありがとう」と小さく呟けば「いいえ」と微笑みが返ってくる。
そんな僕たちの光景を目の前に、すぐさま落ち着きを取り戻した湖西くんはけれど自嘲気味に笑い出すのだった。
「そうやって、橘先輩や社長のように番で結ばれた関係に憧れど、俺はベータなのでオメガの美樹さんと結ばれることは未来永劫ありえません。家柄も全然違う。今こうしてあの人の取り巻きの中でもワンランク上のポジションとして選ばれた事も奇跡で、そばに居ることを許されているのは俺に利用価値があるからです。それさえ無くなればすぐまたそのほか大勢いる犬たちの中に埋もれてしまう…」
「湖西くん……」
見たことの無い悲痛な表情で俯いてしまう湖西くんに咄嗟にかける言葉を失い、僅かな沈黙が会議室内に落ちる。
それは僕の想像を遥かに越えた献身だった。
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