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1【職場復帰】
1-16社長の番(4)
しおりを挟む久しぶりに訪れた社内のカフェに一歩足を踏み入れれば案の定、四方八方から寄越される視線の集中砲火だった。
主に隣に立つ楓真くんに対して頬を赤く染めた女子社員達が遠巻きにコソコソきゃあきゃあ言っているのが聞こえてくる。が、当の本人はといえばすれ違う社員と分け隔てなく挨拶は交わすが黄色い声には一切アウトオブ眼中の様子で終始なにかしら僕に気を遣ってばかりいる。
相変わらずな楓真くんの態度に人前では程々にしてねと思う反面、年月が何年経とうが立場が変わろうが本質的に変わらない優しい楓真くんに、楓真くんだなぁとしみじみ感じてしまう。
そんなひとり感慨深い思いに浸っている間にも楓真くんのスマートな誘導で既に5人ほどが並んでいる注文列に加わっていた。花野井くん松野さんの順で並び、その後ろに僕、楓真くんが続く。松野さんの陰に隠れ姿は見えないが花野井くんのふんふん楽しそうな声だけが聞こえてきた。
「松野さん何食べます?」
「悩みますねぇ…社食は何回か利用しましたがどれも美味しくて」
「でっすよねぇ~わかります!僕は今日はぁ……決めました!デラックスカツ丼温玉乗せにします!」
「……見かけによらず花野井くんはよく食べるんですねぇ」
「もりもり食べます!」
「……たくさんお食べ」
聞こえてくる会話だけで花野井くんの元気が充分伝わってきて、ふふ、と笑っていると不意にメニューを眺めていたはずの楓真くんに「つかささぁん」と呼ばれた。なんだその情けない声は、と慌てて首だけで軽く振り返ればなにかに悩むような表情で未だじーーっと壁のメニューを見つめている。
「すごい眉間にシワ寄っちゃってるよ…もしかしてどれにするか迷ってるの?」
「めちゃくちゃ迷ってます」
メニューを一心に見つめながら即答で返ってくる楓真くんの答えに笑ってしまう。ちなみに、比較的周りの話し声や多様な音で騒がしいカフェ内というのもあり、鮮明に会話内容までは聞こえないだろうとお互い普段の話し方で会話をしていた。
「何と何で迷ってるの?」
自然と楓真くんに寄り添う形で一緒にメニューを覗き込む。
肩と肩が折り重なるほどの距離。チラッと見上げたすぐ先にある悩む表情は無駄に様になり、傍から見ればまさか昼食のメニューで悩んでいるとは思えないほど真剣なものだった。
―――が、彼は今、真剣に昼食のメニューで悩んでいる。
「A定のマグロカツか、B定のチキン南蛮…どっちも捨て難い…」
「いいよ、僕のあげるからAとB両方注文しよ」
「ホントですか!」
たちまちぱぁっと笑顔になる楓真くんの可愛さに、いまここが職場でなければ確実に彼の頭か頬に手が伸びていた。危ない危ない。
そうこうしているうちに、僕たちの番がきていた。
「いらっしゃい社長、今日は来てくれたんだ」
「お疲れ様です。来ましたよ~いつも美味しいご飯をありがとうございます」
「いえいえこちらこそ、社長と会長親子は我々にとって目の保養ですから!毎日来て欲しいくらいですわ…さて、注文どうされますか?」
「はは、父にも伝えておきますね。注文はA定食とB定食をお願いします。支払いはコレで、前の二人の分もまとめて支払います」
親しげにカフェの店員と会話をする楓真くんは懐から出したカードで4人分の支払いをする。
「わ!?楓真くん!僕達の分まで悪いよぉ~っ」
「すみません社長…」
先に注文を伝え終え待っていた花野井くんと松野さんが楓真くんのクレジットカードを見てオロオロと慌て出す。気にしないでと笑う楓真くんだが、本当に良かったのかと今度は僕の方へ目配せしてくる花野井くん。
「大丈夫だよ、気にせず美味しく食べてね」
「せんぱぁい…ありがとうございますいただきます!楓真くんもありがとぉ~」
うるうる目から、わーいと喜ぶところまで全てがかわいい花野井くんの頭をつい、いい子いい子しながら4人それぞれ注文したものができるまでその場でしばらく待機していた。
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