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2【1泊2日の慰安旅行】

2-3 旅の始まり(3)

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「つかささん窓側座ってください」
 
「席倒しますか?
 丁度いい所でストップ言ってくださいね」
 
「空調キツくないですか?
 寒かったら俺のコート使ってください」
 
「日差し眩しいですよね、カーテン閉めますね」
 
 
 席に座ってからまだ出発もしていないこの短時間で、楓真さんの甲斐甲斐しさが炸裂していた。
 
 
「もし気分が悪くなったらすぐ言ってくだ――」
「あのっ!楓真さん」
「はい、なんでしょう」
 
 
 うっっっ笑顔が…眩しい……だけど負けるな…
 
 
「とりあえず一旦、大丈夫なので…」
 
 
 どうどうと両手で宥めるようにそう言えばきょとんとされてしまう。そんな顔をされましても……再び、うっと何も言えなくなっていると、その様子をずっと前の座席から顔を出し頬杖ついて見守っていた花野井くんがスマホをヒラヒラさせながら呆れた口調で話に割り込んでくれた。
 
 
「楓真くん…初っ端から飛ばしすぎじゃない?社内のSNSグループ、さっきから楓真くんの実況中継で通知が止まらないんですけど~王子が甲斐甲斐しい!って一挙手一投足ぜーんぶ」
「えっ」
「そうなの?下手な事できないな」
 
 
 花野井くんに見せてもらったそれは、僕が知らない社内の限られた人のみが参加しているグループトークだった。
 ルーム名が【王子をみまもroom】から察するに楓真さんの事をメインに動いている模様。それでもメンバーは100人を超えているから驚きだ。
 
 今もリアルタイムでトークは動き、『王子にここの存在がバレた!』『いや、むしろ公認になったのでは…??』とざわざわしている。
 その様子をじーっと見ていた楓真さんはおもむろに花野井くんのスマホを操作しだす。何をするのだろうと覗き込んだその画面で僕は信じられない物を見てしまったと目を疑った。
 トークの発言欄に『つかささんとの事、温かく見守ってくださいね (楓真)』なんて文章が打たれていたのだ。ちょ、と止める暇もなくそれは送信されてしまった。
 それが受信されたのだろう、車内の至る所から一斉にきゃぁっと声が上がり、楓真さんは満足そうに端末を花野井くんへと返していた。
 
 
「楓真くん…恐ろしい子…」
 
 
 本当に、恐ろしい…さすが外堀を埋める一族…
 また変に注目されてしまうだろう今後のことを思うと気が遠くなり座席に深く沈みこんでしまう。そんな僕を見て、どんまいです先輩…と花野井くんだけが慰めてくれた。
 当の本人はといえば、自然と目が合ったのだろう、斜め前の席の女子社員へニコリと微笑み即ノックダウンさせていた。
 
 
「花野井、そろそろ動く。ちゃんと座れ」
「はぁい、たっきーお菓子食べる?」
「いらん」
 
 
 こちらの話には入らず、ずっと黙っていた瀧川くんに注意された花野井くんが席に収まったのと同時にバスがゆっくり動き出した。
 
 いよいよ1泊2日の旅行が始まる。
 
 1列目に座ったこのバス担当の総務の男性がマイクを持って諸注意とこれからのスケジュールを読み上げる声を聞きながら、僕の意識は自然と触れ合う楓真さんの右腕にドキドキしていた。バスが動く振動でくっついたり、離れたり、を繰り返す中心の腕たち。
 これから数時間ずっとこの距離で過ごすなんて、心臓が持つだろうか…
 
 チラッと隣を盗み見た途端バチッと交わる視線。
 瞬間、ふわりと微笑まれ朝から変わらないわくわくした口調でつかささん、と呼ばれる。
 
 
「楽しみですね」
「……そうですね」
 
 
 ひとりで勝手にドキドキしているこの状況がバレないよう必死に誤魔化しても、きっと楓真さんにはお見通しなのだろう。ならせめて不自然にならないよう肩の力を抜こうと静かに息を吐き出したのだった。
 
 
 
 
 
 *****
 
 
 高速に入ったバスが走ること数十分。一時休憩のサービスエリアへ到着した頃には、俺の右肩には幸せな重みが寄りかかっていた。
 
 
「あれ、先輩寝ちゃった?」
「緊張してたみたいだね、今はぐっすり」
 
 
 すぅすぅ寝息を立てるつかささんが寒くないよう脱いだコートをかけ、その下ではこっそり手を握っていた。
 注目される事が苦手なつかささんの事はちゃんと理解している、だけど近くにいれば触れたくなってしまうし俺のものだとアピールをしたい。だけど嫌われたくはない。そんな葛藤で日々せめぎ合い、ギリギリ許されるところを模索していた。
 
 
「僕たち御手洗行って売店とか見てくるけど楓真くんどうする?」
「つかささんを起こすのも申し訳ないし俺はバスで待ってるよ」
「りょ~かい~何か欲しいものある?」
 
 
 うーん、と考え思いつくのは俺のものよりつかささんの為のもの。
 起きた時、彼が求めそうなものは……
 
 
「じゃあ、温かいミルクティお願いしてもいい?」
「おっけ行ってくるね」
「ごめんね、よろしく」
「行こ、たっきー」
 
 
 2人を見送り、他の人も続々と降りていく中、バスに残ったのは俺とつかささんの2人だけだった。
 遠慮なく寝顔を堪能していると視線がうるさかったのか、んんんとより肩にめり込んでいくつかささん。そんな彼が無性にかわいくて、かわいくてかわいくて、空いた手でぎゅっと抱きしめてしまう。すんっと吸うと爽やかな柑橘の、つかささんの香り。
 
 バスという大勢が集まる箱の中は正直、苦痛でしかない。それでも安心して息ができるのはつかささんのおかげ。
 
 たとえつかささんが俺を感じなくても……
 
 
 もう一度ぎゅっと抱きしめると、きゃっと聞こえた女の声。視線だけそちらに向ければ早々に戻ってきた2組が頬を赤らめながら口を押さえていた。
 もう少しこの時間を邪魔されたくなくて、ずるい頭は早々にこの人たちがどうすれば思い通りに動いてくれるのか導き出していた。
 
 しぃと人差し指を口元へ持っていき人に好かれる笑みを浮かべる。
 そうすればきっと、あのSNSで話が回るのだろう。思惑通り、出発時間ギリギリまで人は戻ってこなかった。
 


 
 
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