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1【運命との出会い】
1-11 嵐到来(2)
しおりを挟む「お疲れ様です。大変申し訳ないのですが、業務に関係ないことへの協力はできかねます。急ぐので、失礼しますね」
相手にしないが一番。
背中を向け歩きだすものの、すぐさま取り巻き二人が立ちはだかるようにして行く手を阻み、足止めをくらってしまう。
「待ってください」
椿姫さん自体は僕より背が低い方だが、この二人は背も肩幅も大きく、目前に立たれると迫力がある。
め、めんどくさすぎる…。
普段触れ合うことの無い人種に心からげんなりしてしまう。せめて表情には出さないよう気を張っているものの、あまり我慢はできそうにない。さらに、容赦なく浴びせられる言葉に開いた口が塞がらないを実体験する事になるのだった。
「社長だけじゃなく、息子さんにまで色目使って、橘さんだけズルくないですか?」
「そう言われましても……」
「現に、出会って数時間にも関わらず楓真さんのフェロモンが橘さんからすごい香ります。もう手をつけたんですか?」
「っ、」
こんな当たり屋のように身に覚えのない理不尽な言いがかり……本当にこの人達は同じ会社で働く社会人なのか、と呆れてしまう。
立ち止まり相手にするこの無駄な時間にも刻一刻と給料が発生していることに気付き、どうやって撒こうか、そんな思考で黙っていると、何を勘違いしたのかより勢いづきだす椿姫さん。
「図星で何も言えないんですか?同情をかって相手に取り入るのがお得意ですもんね、黙ってれば助けてもらえるなんて思ってもらっちゃ困ります」
「いや、そんな風には思ってないですし、そんな手を使った事もないです」
「自覚なし!タチ悪いですね~」
「これだからオメガは」
こちらが反論すれば待ってましたとばかりに外野二人のオーディエンスが高まる。
らちのあかないこの状況に困り果て、この人達は何が目的だったっけ、と薄れた記憶を必死に手繰り寄せようとした、そんな時――
「つかささん」
まさに、天の声。
全員の視線が一斉に声の方向へ寄せられた。
「よかった、追いついた」
「楓真さ――」
「楓真さん!」
廊下のど真ん中で前後囲まれる異様な光景にも関わらず、楓真さんの目にはあきらかに僕しか映っていない。
だがしかし、彼らはそんな事で諦めるようなガラスのハートの持ち主では当然なかった。
視界に入らないなら無理やりにでも入り込む。
そんな勢いの椿姫さんは声も身体も全てを僕に被せてきた。
「初日から立て続けての会議お疲れ様でした、そしてはじめまして僕は――」
「知ってます。椿姫専務のお孫さんで秘書をされている方ですよね。そちらのお2人は、田中常務と中田取締役の秘書の方。全て把握しているので、挨拶は不要です」
バッサリ言いきられてしまうとさすがの彼も言葉が出ないのか大きな目を見開きたじろいでいた。
「えっと、僕達楓真さんとお近付きになりたくて」
「俺はそう思わないので結構です。もういいですか?つかささんに色目使って振り向いてもらわないといけないのでこの時間がもったいないです」
この人は、いつから聞いていたのだろうか――僕が言われた事をそんな風に答えてしまうなんて…。
「それと、親しくもない人に名前で呼ばれるのは不快なのでやめてください」
「っ、失礼、しました」
楓珠さんが仰っていた、一見迫力があり近寄り難いという楓真さんを表すにはピンと来ない言葉が今やっと理解することができた。
この人は線引きがハッキリしている。
一度懐に入れた身内に対しては誰よりも優先して紳士的に振る舞うのに対し、それ以外には時間すら使うのが惜しいのかあしらうのに慣れている様子だった。
ニコリともせず淡々と切り捨てる言い方は、取り付く島がどこにもない。
とうとう諦めたのか、行くよ、とバツが悪そうに去っていく彼らをため息を吐いて見送った。
嵐のような人達が消え、結果二人だけがその場にとり残された状況に、乱された気持ちを切り替えようと楓真さんの方へ振り返ろうとした、その瞬間、肩にのしりと感じる少しの重みと後ろから巻きついてくる両の腕。
そして―――
「俺、つかささんに色目使われたいです」
「使いません。そんな事より、助けに入ってくださってありがとうございました」
冗談なのか本気なのかじとーっとした目で僕を見てくる楓真さんにクスクス笑いながら、右肩の上にある頭とお腹に回った腕、それぞれをポンポンと撫で感謝を伝える。すると至近距離にある綺麗な目がぱちくりと瞬きを繰り返した。
「つかささんって、本当に甘やかすの得意ですよね」
「そう…ですか?こんなにスキンシップしてくるのは楓真さんが初めてなので……自重した方がいいですかね」
「全然!!もっと甘やかしてください」
グリグリと首筋に頬を擦り寄せて来るのがあまりにも擽ったく、逃れようにもマーキング中ですと言って離してもらえない。仕方なくそのまましばらくされるがままじゃれついてくるのを許していると、
「そこのワンコと飼い主~そろそろ会議の時間だよ」
なかなか戻ってこない僕達を迎えに来た楓珠さんの声で我に返り、全く資料整理ができなかったことを反省した。
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