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1【運命との出会い】
1-4 出会い(4)
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パタン、と後ろ手に扉を閉め、代表取締役社長の卓上ネームが置かれた豪勢なデスクへ向かう父の背中を見届けながら自分は近くのソファへと腰掛ける。
「父さん」
「ここでは社長って呼ぼうか、楓真くん」
「自分は名前で呼ぶくせに…はいはい。社長、質問いいですか?」
「いいよ」
昨夜、十数年ぶりに再会したばかりの父の顔を改めてじっと見つめる。
さっきの光景が頭から離れない。
やっと見つけた自分の運命が、自分に全く見向きもしない、あの光景が…。
「社長とつかささんの関係は?」
「ん~…社長と秘書、かな」
「あれが?」
ハッと鼻で笑ってしまう。
長いこと離れて暮らしていたとはいえ、この人は正真正銘自分の父だ。《特別》と《それ以外》の人間の区別くらいわからないはずがなかった。
譲らない気持ちで無言の攻防戦に応戦すれば、先に白旗を上げたのは父の方だった。
「やっぱりわかっちゃうか」
「そりゃあね」
よいしょっと座っていた椅子から立ち上がる父は俺が座るソファの目の前に置かれた対のソファまでやって来ると腰を下ろし、対面する。ゆっくり足を組む動作をさまになるなぁなんて思いながら、いまこの時間からこの人が敵になるのか、どうなのか、その宣告を静かに待つ。
そして、やっと開いた父の口から聞かされる言葉を、俺の脳はすぐさま正常に判断することができなかった。
「つかさくんはさ、わからないんだ」
「……何を?」
「フェロモン。感じないの、幼少期の事故が原因で」
フェロモンを、感じない――
その発想が全くなかった。
あんなにもあの人からは今までの人生で感じたことのない、どの匂いよりも格別にいい匂いがするというのに、あの人は俺に何も感じない。
そんなことがこの世にあるのか……信じられない気持ちで父に続きを促す。
「……それで?」
「車の事故でご両親を一気に亡くし、同乗していたつかさくんは後部座席で幸い一命を取り留めたものの、代わりに病院で目覚めた時には既にそういう状態になってしまっていたそうだ。
しばらくは養護施設で養ってもらっていたそうだけど、フェロモンを感じないとはいえあの子は、Ωだから……そこでも不幸なことがあったみたいでね、今にも自分の命を投げ出そうとその身一つで養護施設を飛び出してきたところにたまたま遭遇したのが、私たちの出会い」
「っ、」
自分の知らないところで自分の運命の人がそんな目にあっていたなんて……下手したら一生出会うことが出来なくなっていた未来もあったかもしれない。
そんな言葉にならないショックが全身を襲う。
ショックで、悲しみで、怒りで。到底見せられる表情では無いことを重々承知だからこそ、顔を覆った手を離せなかった。
「私にはほら、亡くなった奥さん…真由さんがいるから、あの子のフェロモンは感じない。だからお互い居心地が良かったんだと思うよ、つかさくんを保護することを決めた私がそのままつかさくんを引き取って、出会ってから十年以上、一緒に暮らしていた。数年前につかさくんが一人暮らしを初めて出ていってしまったけれど、今でも私の秘書としてそばに置いてる。目を離したら消えてしまいそうだからね」
つかさくんとの関係は以上です。と話を締めくくる父をチラッと見てから、大きく息を吐く。
自分の手が、細かく震えていた。
「……ありがと、父さん」
「何が?」
「運命を、俺の元から奪わないでくれて……」
αとΩは、その性同士であれば誰とでも番にはなれる。だけどもやはり、この世のどこかに存在する運命の番は特別だ。
これまでの人生、αという性に惹かれ言い寄ってくる人間は男女問わず数え切れないほど存在したが、どれだけ求められようが、運命以外に一切見向きもしなかった。
必ず絶対、俺の運命を見つけ出す。そう思ってずっと生きてきた。それは、間近で父と母みたいな運命の番を見てきたら、余計その気持ちが大きかった。
「本当に、つかさくんが楓真くんの運命で間違いないの?」
「間違いない。絶対に。あの人が俺の運命」
確信を持ってそう言える。
あのエレベーターホールに一歩足を踏み入れた瞬間から、今まで感じたことの無いほど高鳴る胸の鼓動。彼が俺の呼び掛けに振り返って目が会った瞬間、雷に撃たれたかのような衝撃が身体中を走った。
つかささんという人物像をまったく詳しく知らない上に、話したのもたった数言だけ。それなのに、心惹かれる気持ちが止まらず、今では、つかささん、と名前を呼ぶだけで幸せな気持ちになれる。
これを運命と呼ばずして、何が運命だ。
「だから、これからは俺がつかささんを守る。今までの事は感謝してるけど、これからは俺の役目だから」
たとえ父さんでも、俺のΩに手を出すのは許さない。
「楓真くんも立派なαだねぇ、見ないうちに、本当に立派に育って……真由さんにも見せてあげたい」
「母さんにも挨拶してくる」
「うん、そうしてあげて。きっと喜ぶ」
今は亡き番を思って優しく微笑む父を、一歩離れた位置から眺める気持ちになってしまう。
――この人は、強い。
運命の番を亡くすなんて、想像しただけで生きていけない。
「つかさくんは繊細な子だから、十分気を使ってあげてね」
「わかってる」
「かわいいからってすぐ手を出しちゃダメだよ?ちゃんと合意の元で進めなさい」
「わかってるって!」
父の小言を振り払うように立ち上がり、このまま部屋を出ていこうとする。久しぶりに会った親と恋バナみたいな事をするのが恥ずかしすぎていたたまれない。
「秘書室に連絡入れておくから、ゆっくり社内を案内してもらいなさい」
そんな言葉を背中に受け、社長室を後にした。
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