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79: 少年と魔王とお見舞いの話 26
しおりを挟む「に、にいちゃん……」
「てめぇ、おれが何いいたいのか分かってるよなぁ? ノイギーア」
背の低いノイギーアに合わせて少し屈んだカッツェが、弟の名を呼ぶ。
名前を呼んだその声が若干、いや、かなりの怒りを含んでいるような気がするのは、きっと気のせいではないだろう。
礼儀と、規則と、上下関係に厳しい軍人の、目上の者に対する態度をかなぐり捨てた、ノイギーアが一番よく知っている、粗野で、乱暴で、横暴な兄の言葉に、ノイギーアは冷や汗を浮かべる。
本当になんでこうなるのか。
こんな事なら疲れたなんて言ってないで、さっさと空間移動で家に逃げ帰ればよかった。
いや、家に逃げ帰ったところで、他に逃げ場がないのは同じ。
路上か、家の中か。
場所は違えど、どちらにしろ戦闘経験豊富なこの兄につかまっていたことだろう。
兄の怒りの程度を知って、ノイギーアは泣きそうになる。
「ノイギーア、てめぇ、おれに何か恨みでもあんのか? ああ?」
「い、いや、ない! ないって! 全然、まったく! 恨みなんてないっ!」
確かに昨日酒に酔って帰ってきた兄に恨み言を吐いた覚えはあるが、それとこれは別だ。
「っていうか、兄ちゃん、今回のは、さすがに不可抗力だって! 言っとくけど、おれ、悪くないから!」
まだ何と責められたわけでもないのに、ノイギーアは咄嗟に言い訳をする。
何故なら、思い返してみても、自分は少しも悪くないとノイギーアは思ったからだ。
「はぁ? てめぇ、マジで言ってんのか」
「不可抗力だって! おれは無実ーー!」
確かに今日たまたま休みだったカッツェは、ノイギーアに巻き込まれた形にはなった。
だがノイギーアとて、ツァイトが今日見舞いに来るなんてことは予測不可能だ。
しかもツァイトが、よりにもよって魔王を連れてくるなんて、いったい誰が考え付くだろうか。
その上、魔王の奢りで昼食に誘われるなんて、予想をはるかに超えている。
ふつうなら一生かかってもあり得ないことだ。
それにだ。
貴族でも側近でもなんでもない、下っ端料理人な一庶民が魔王相手に断れるはずもない。
カッツェだって、結局は断れなかったんだから同罪だ。
今回の件は不可抗力のなにものでもなくて、自分は一つも悪いことはしていないとノイギーアは声高に主張した。
だがノイギーアの訴えはカッツェには届かない。
「うっせぇよ。言いたいことはそれだけか? ああ?」
「に、兄ちゃん、く、くるしい……」
弟相手にその睨みはやめろと言いたいが、肩から首に回されたカッツェの太い腕に首を絞められて、それどころではない。
特殊部隊所属のカッツェが本気になれば、ノイギーアの細首くらい一瞬で折ってしまえる。
そうなっていないという事は、怒り心頭ながらも兄弟だからか、手加減してもらっているという事なのだろうが、怖いものは怖い。
首に回っている兄の腕を外そうともがいてみるが、当然のことながらびくともしなかった。
「とりあえず、話の続きは帰ってからだ。逃げられると思うなよ」
「ぅえっ!?」
だてに長い間兄弟をやっていない。
こういう時の兄がどれほど凶悪なのか、ノイギーアは身に染みて分かっていた。
こ、これ、絶対ころされるやつ~~!!
涙目になりながらカッツェを見上げれば、問答無用とその目が語っていた。
ひぃぃっと恐怖で蒼褪めるノイギーアを尻目に、カッツェはノイギーアの頭を抱えたまま空間移動を使ってその場から姿を消した。
ノイギーアとカッツェの二人と別れた後、ツァイトとレステラーはのんびりと歩きながら城下町を散策していた。
相変わらず城下町の大通りは、人が多い。
以前は子ども扱いするなと嫌がっていたのに、今でははぐれないようにとツァイトの方からレステラーの手に指を絡めて握っていた。
「ねー、お土産って何がいいかなー」
歩きながらきょろきょろと周りの店を見ながら、気になる品がないか探す。
来るときはノイギーアの見舞い用の品を置いてある店にしか寄らなかったから、ツァイトは興味津々だ。
「土産?」
「うん。ほら、いつもラモーネさんとかにお世話になってるでしょ? だから何かお土産買っていこうかなーと思って」
以前ノイギーアと城下に来た時も、ツァイトは何かみんなに土産を買って帰るつもりだったが、いろいろあって結局は何も買えずじまいだった。
今度こそは何か買って帰ろうと意気込んでいる。
だがそんなツァイトとは反対に、レステラーは興味なさげだ。
「何でもいいんじゃねえ?」
「お前さ、もう少し真面目に考えくれてもいいだろ」
適当な返事をするレステラーにツァイトはムッとする。
何でもいい、が一番困るのだ。
少しくらい協力してくれてもいいのにとツァイトが不満の色を露わにすれば、レステラーはあまり悩む風でもなく淡々と言ってのけた。
「真面目にって言われてもさ、アンタと違ってあいつらこそ此処によく来るだろ。ずっと住んでるんだし、土産っていうほど目新しいものないんじゃねーの?」
「例えそうだったとしてもさ、何かない? 何か」
「……アンタ以外の奴に物を買い与えた事のない俺に聞くってのが、まず間違ってるぞ」
「え!?」
予想外の発言に吃驚して、ツァイトは隣を歩くレステラーを見た。
「みんなに何か贈り物とかしないの!?」
「するわけねーだろ。この俺が」
驚きを含んだツァイトの声に、レステラーは苦笑を返す。
生まれてこの方、魔王であるレステラーが特定の誰かに贈り物をした事など、ツァイトを除いてはない。
戦争などの功労者に褒美として手近にあったものを適当に与えるか、戦争などで略奪してきたものを与えるかのどちらかくらいで、わざわざその人のためを思って品物を買い求め、それを与えるなんて行為はしたことがなかったし、する必要もなかった。
褒賞以外は、常に貢物など贈られる側が魔王だったのだ。
「じゃあ、誕生日とかは? 誕生日のお祝いとかだと贈り物するだろ?」
「そもそも、アンタら人間みたいに、俺たちは一年ごとに祝わないからなぁ」
魔族は人よりも遥かに平均寿命が長いので、人間のように毎年祝っていると死ぬまで一体何百回祝わなければならないのか。
考えるだけでも面倒である。
だから仮に誕生祝いをやったとしても、子どもの時は十年、二十年ごと、その後は成人した時、それからはキリがいい年齢の時など、結構大雑把なのだ。
「えっ、そうなの!?」
そんな事とは全く知らなかったツァイトは、魔族と人間の感覚の違いに軽く衝撃を受けた。
「驚くほどのことか?」
「だってすっごく意外だったし」
てっきり魔族も人間と同じように毎年誕生日を祝うと思っていたツァイトだった。
これが種族の、いや、文化の違いかと軽く頭を悩ます。
「ああ、そう言えば、誕生日で思い出したけど……」
「……なに?」
「あっちの暦だと、そろそろアンタの誕生日だよな。何か欲しいモノないのか? あったら何でも買ってやるぜ」
「えっ!?」
また違った意味で驚かされたツァイトは、目を大きく見開いてレステラーを見上げた。
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