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42: お出かけする二人の少年の話 14
しおりを挟むまたもや現れた魔族の姿に、周囲に動揺が走る。
今回も、騒ぎの中心となっている人間の少年の知り合いの魔族が現れたようだ。
だが、いまこの少年はなんといった?
聞き間違いでなければ、この人間の少年が口にした名前は、魔族であってもおいそれと呼ぶことができない名のはずだ。
最初に現れた、美貌の紅眼の魔族。
そして今度は赤髪の魔族。
魔族が人間を助けるということ自体、信じられない話だが、少年が口にした名前の方が、周囲をもっと驚かせた。
「エル、ヴェクス……様?」
辛うじて呼び捨てにならない程度に敬称をつけた名前を、驚きに戸惑う周囲の誰かが口にした。
エルヴェクス。
その名は、この中央の大地に住む者なら、大人はもちろん子どもでも知っている。
魔王に次いで有名な、宰相の名前だ。
魔王不在の間、魔王に代わって混乱を招くことなく、この中央の大地を統治した名宰相。
しかもその宰相は、魔族にしては珍しい赤毛ということでも有名だった。
「赤毛……?! ま、まさか……」
「さ、宰相閣下!?」
「うそだろ」
中央の宰相と同じ名前、そして同じ赤毛。
この二つを併せ持つ魔族といえば、宰相本人に他ならない。
両手に剣を携えているのも、よけいにその魔族が宰相本人だということを後押ししていた。
中央の宰相エルヴェクスは、剣と魔術、両方に長けていた。
そんな宰相自らが、城下町の、それも一貴族と人間との諍いに割って入るマネをするとは思いもよらない周囲は、口ぐちに騒ぎだす。
見えない兜の下で、兵士たちの顔色が悪くなる。
「ど、どうして宰相閣下がここに……!? いや、なぜ人間が宰相閣下の名を……」
その場にいる魔族たちには、どうしてもそこが理解できない。
魔族は名を重視する。
例え真名ではなく、通り名と呼ばれる名前であっても、魔族は位が上の者の名前を、無暗矢鱈に口に出して呼ぶ事はしない。
特に魔王や、彼に近しい宰相や賢者、将軍などと言った魔王の側近達から始まって、上位の貴族達の名前を、一般庶民は畏れ多くて口に出来ない。
本人の許しがない限り、陰でも呼ばない。
それが魔族の礼儀だ。
もちろん、破落戸のような命知らずの愚か者は別だ。
いくら人間の考えや常識が、魔族のそれに当てはまっていなかったとしても、呼ばれる側の魔族からすればそれは関係ない。
魔族に劣ると蔑んでいる人間に、馴れ馴れしく名前を呼ばれでもすれば、大半は気に喰わないとその人間を排除する。
それが普通だ。
宰相ともなれば、恐ろしくプライドが高いはず。
だが目の前にいる赤毛の宰相は、人間の少年に対して不快感を露わにすることもなく、少年の声に振り向いたのだ。
「お楽しみのところをお邪魔して、申し訳ございません」
レステラーに向かって軽く頭を下げるエルヴェクスに、ツァイトは戸惑う。
彼の足元には、槍や剣の先が、ばらばらになって散らばっていた。
「え? ど、どうして、エルヴェクスさんがここに……」
「それは――……」
「ちょっとー、エルー! オレを置いて一人で先に行くなんて酷くなーい?」
ツァイトの問いかけに答えようとしたエルヴェクスを遮るような声が、周囲に響く。
声に続いてもう一人。
空間移動で魔族が現れた。
「もう! ジジイどもの相手するオレの身にもなってよー!」
この場にそぐわないやけに軽い調子の声だ。
ふわりと魔術師風の服をはためかせて、その場に舞い降りたのは、緑がかった長い黒髪を後ろで三つ編みに束ねた魔族の男だった。
目じりが垂れた笑顔は、ひどく優しそうに見えた。
唐突にすぐ傍に現れた魔族の姿に、ツァイトが驚きの声を上げる。
「え、ヴァイゼさん!?」
「あ、こんにちはー。城下町散策、楽しんでますー?」
人間の少年の口からでた名前に、周囲はただ驚愕するのみだ。
宰相の次は、魔界の賢者。
どちらも少年とは知り合いのようで、驚かずにはいられない。
この人間の少年は一体何ものなのか。
魔王に次いで、高位の側近二名の魔族の名を平然と口にし、彼らと臆することなく会話し、あまつさえ側近の二人からは丁寧に話しかけられている。
普通ならあり得ない状況に、周囲の魔族たちはざわざわと騒ぎ出した。
「ヴァイゼさんまでどうしてここに……?」
戸惑いながら、ツァイトがヴァイゼに問いかける。
ツァイトの言葉は、周囲の想いを代表するものだ。
宰相のエルヴェクスのみならず、なぜ賢者と呼ばれるヴァイゼまでここにやって来たのか。
周りにいる者は、その理由を知りたかった。
「それなんですけどねー、ちょっと聞いてくれますー? レステラー様ったらホント酷いんですよー! あ、そうだ。忘れないうちに渡しておきますねー。はい、どうぞー」
軽い口調で話しながら、ヴァイゼは口が大きく開いた自身の袖に手を入れて、そこから小さな袋を取り出した。
片手で持てるくらいの大きさの袋。
だが、じゃりっと、かすかに金属音が聞こえてきたその袋は、少し重そうだった。
その袋を、ヴァイゼは躊躇いなくツァイトに手渡した。
「あれ、これ……」
レステラーの首にぎゅっと抱き着いていた体勢から、少し身体を離して、ヴァイゼから差し出された袋をツァイトは受け取る。
見覚えのあるその袋に、ツァイトは驚いて目を見開いた。
「え、なんで、これ……ヴァイゼさんが?」
小さな袋は、けれどズシリとした重さがある。
受け取った時に聞こえたのは、まさしく金属音。
ツァイトが城下町に出かける時に、ヴァイゼに渡された小遣いが入った金袋だった。
どうしてそれをヴァイゼが持っていたのか分からなくて、ツァイトは、手の中にある金袋と、それを渡してきたヴァイゼとを何度も交互に見る。
その様子を見て、ツァイトを腕に抱いていたレステラーが小さく苦笑を洩らした。
「アンタさ、空中から落下した時に、それ落としたの気付いてないだろ?」
「え!? ウソッ!」
レステラーの言葉に驚いたツァイトは、急いで肩から斜めにかけてある鞄を開けて中を確認する。
思い返してみれば、城下町に入った辺りで、これで足りるかどうか、ノイギーアに聞くために一度、鞄から出した。
その後、数人のガラの悪い魔族に絡まれ、有り金を要求された。
確か、その時はまだ鞄から出してすぐだったから、この袋を手に持っていたのを思い出す。
ガラの悪い魔族たちにとられそうになるも、辛くもノイギーアの空間移動で逃げだした。
けれどあの時、自分はその袋をどうしただろうか。
鞄には、多分入れていない。
ツァイトには、その辺の記憶がさっぱりなかった。
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