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06: 誘拐される少年の話 5
しおりを挟む少年の顔を挟むように両肘をついて、その紅い瞳でじっと少年を見下ろす。
小さな少年の身体は魔王の腕や身体ですっぽりと囲いこまれ、その無防備な身体をベッドの上に投げ出している。
魔王を見上げる少年の顔には、怯えの色は見えない。
「ツァイト」
「な、に……?」
今にも唇が触れ合いそうな至近距離で名前を呼ばれ、少年はドキドキと心臓を高鳴らせた。
今日はなんだか勝手が違う。
いつもならあっという間に快楽の海に投げ出され、おぼれそうになるくらい翻弄されるのに。
こめかみ付近の髪を撫でる彼の手が酷く優しい。
「ど、どうしたの……?」
「俺が、怖くないか?」
「え……?」
怖い? 魔王の事が?
何を言われたのか一瞬理解できなくて、少年はきょとんとした顔でぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「え、別にレスターのことは怖くないけど……?」
魔王が優しいことは、少年がよく知っている。
彼は少年にだけは酷く寛大で寛容だ。
人間界にいるころ、寝る前に隠れてケーキを食べたときにはすごく口うるさかったけど、少年に対して怒ったところを見たことは一度もない。
子ども扱いされてなにかと怒っているのは少年の方で、魔王はいつも笑って甘やかしてくれていた。
そんな魔王のことを、少年は怖いと思えない。
「ならいい」
「レスター?」
優しい手つきで頭を撫でられ、額、瞼、目尻と何度も口づけが降る。
そこでやっと魔王はさっきのことを気にしているのだと少年は悟った。
魔王が助けに来てくれた時、少年は破落戸たちに肩や足を押さえつけられ、一人は少年に覆いかぶさっていた。
イヤだと口で拒否をし、身を捩って全身で抗おうとしたが、びくとも動かず、とても怖かった。
今はある意味あの時と同じ状況だ。
でも――……。
魔王は彼らとは違う。
破落戸に触れられ、身体に乗り上げられた時は、嫌悪感と恐怖しか感じなかったのに、魔王に触れられるのは安心するし気持ちいい。
下にいる少年を潰さないように気を付けながら体重をかけてくる魔王の気遣いに、なんだか嬉しくなった。
触れ合った肌からぬくもりが伝わってきて、ほっこりする。
「レスター」
顔中に口づけの雨を降らす魔王の頬を両手で挟んで止めさせる。
そのかわり、少年から魔王の唇にちゅっと軽い音を立てて口づけてすぐに離した。
滅多にない少年の行動に、魔王が紅い目を少しだけ大きく開いた。
不意打ちで驚かせることに成功したのが嬉しくて、少年は満足げな笑みを浮かべた。
「レスター、オレはレスターが大好きだよ」
「アンタ……」
「大好き」
照れくさくて、普段はあまり少年からは言葉にできないけれど。
少年も男だ。いう時はちゃんと言える。
「いつも心配ばかりかけてごめんね」
「ツァイト……」
「助けに来てくれてありがとう。でもオレ、痛いのイヤだよ?」
何の脈絡もなく、少年はそう言った。
一瞬何のことか考えた魔王だったが、すぐに思い当たり苦笑した。
少年の目の前で、少年を殺したければ殺せと破落戸に言ったことを指しているのだろう。
いつもは少年を眠らせたり、少年が意識を失っていたりして、魔王の、魔族らしいところを少年は見ていない。
彼が見ていないところでしか本性を見せないようにしていたから、悪いことをした。
「分かってるって。アンタをみすみす死なせたりしないよ。けど、アンタが殺されても生き返らせてやれるからさ、万が一の時は安心して死んどいて」
「え、レスター、蘇生も出来るの?」
「時を戻せば生き返る。まあ、そうなる前にちゃんと助けるけど」
「あ、当たり前だ! わざとやったら怒るからな!」
「分かってるってば」
怒るなよと魔王は少年に顔を近づけ、唇をかすめとった。
さっきは自分から口づけてきたくせに、されるとすぐに照れたように頬を赤くする少年はとても可愛らしかった。
「オ、オレも……今度から気をつける。今日で攫われるの、何回目だよって感じだし……」
「そうしてくれると俺も安心できるけど、期待はしてない」
「何だよ、それ」
拗ねた風にいう少年に魔王は苦笑した。
「だって、アンタ……すぐ変なのに気に入られるっぽいし?」
少年の知り合いだった老魔術師といい、クスリ作りが趣味の女魔王といい、今日の破落戸魔族達といい。
変な興味を少年は惹くらしい。
「うるさいな! そんなのオレのせいじゃないもん。そもそも、その変なのの筆頭はお前だろ!」
「だろうな。否定はしない」
どこにでもいそうな平凡な容姿の、小生意気な少年の一体どこを気に入ったのか。
魔王自身にもよく分からない。
魔術の失敗で不老不死になった少年に興味をひかれて会いに行って、気づいたらもう抜け出せないくらい嵌っていたのだから、仕方がない。
惹かれたのは容姿だけではなく、その性格だけでもなく、きっとなにもかも全部。
どれか一つではなく、全部まとめて好きになってしまっていたのだから重症だ。
「そんな俺を、アンタも好きなんだから、いいんじゃねえ?」
「うるさい……ッ!」
「好きだぜ、ツァイト」
今度こそ少年は顔を赤くして絶句した。
もう幾度となく好きだと伝えているのに、少年は毎回初めてのような反応を返す。
その様が面白くて魔王は事あるごとに口にした。
「身体……」
「ん?」
「オレのからだ、おっきくしないの……?」
まっすぐ見つめてくる紅い瞳から逃れるように視線をそらして、少年はか細い声で告げた。
それでも十分に魔王の耳には届く。
素直じゃない少年の精一杯の言葉に魔王は笑みを浮かべて、少年の顎をとって自分の方へと向けさせると、ゆっくりと唇を重ね合わせた。
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