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第一章・最弱の魔法使い

第二話

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「あの、本当にごめんなさい」

 リリィは顔を真っ赤に染めてアルフレッドに謝る。

「気にしないでほしいっす、なんか辛い事があったんすよね? そう言う時って誰にでもあると思うんすよ、だから気にしないでほしいっす」

 そう笑いかけられると、リリィの赤い顔が更に赤くなった。

 ーー恥ずかしい、顔が見れないよぉ。

 真っ赤に染まる顔を両手で隠すリリィを見ると、少年は微笑を浮かべて申し訳なさそうに謝る。


「すいません、実は俺いま少しだけ急いでて、お話を聞いて上げたいんすけど……」

 と、名残惜しそうに顔をしかめるアルフレッド。
 そんな様子を見たリリィは激しく首を横に振って逆に謝った。

「その、こちらこそ引き止めてしまってごめんなさい」
「いや、そんなにかしこまらないで欲しいっす、困った時はお互い様っすよ」

 アルフレッドはそう言って、それじゃあ、と踵を返すとリリィはアルフレッドの裾を反射的に掴んでしまう。

「あっ」

 リリィは消え入りそうなほど小さな声を上げると、言葉を詰まらせて無言になってしまう。
 そんな彼女をアルフレッドは静かに見守る。

 少しだけ勇気を振り絞り、リリィは自分の名を少年に告げる。

「………アルフレッドさん、私はリリィ、リリィ・マクスウェルと言います」

 そんなリリィの精一杯の自己紹介にアルフレッドは微笑みながら答えた。

「俺の事はアルフって呼んで下さいっす」

 それ以上の会話はせず、リリィはアルフレッドと別れた。
 アルフレッドの背中を見送りながら、リリィは小さく呟く。

「また、会えるかな?」

 先ほどまで泣いていた筈のリリィはいつの間にか少しだけ笑っていた。
 そんな暖かな気持ちを抱えながら、少女は静かに帰路につくのだった。





 リリィは決して努力を怠っている訳ではなかった。
 むしろ、努力だけなら人一倍しているという自負さえ彼女は持っていた。

 それでもリリィ・マクスウェルは最弱という異名を欲しいままにしている、その原因は間違いなく才能の有無だった。


 人の才能を正しく測定出来る方法の確立、世に言う職業制度のお陰で世界は安定していた。

 どんな人間にも何かしらの才能がある、と、とある科学者はそう言った。
 実際にその言葉通りどんな人にも大なり小なりの才能が存在する、しかし、それがどんな才能なのか、何において発揮されるのか、というのは何かをやってみて始めてわかる物だ。

 そして科学者は考えた、ならば才能を正しく理解する物を作ればいい、と。

 容易ではないその考えを科学者は最も簡単に発明してしまう。それが職業制度の始まりだった。




「才能かぁ、なんでワタシには魔法使いの才能が無いんだろう?」

 史実を書かれた書物を読んでいたリリィは机に突っ伏しそんな事を呟く。

「別に高望みはしないけど、それでも最低ランクのGって……はぁ」


 才能にはG~Sのランクがあり、Gが最低ランクでSが最高ランクである。
 Cより上のランクが大成の見込みありとされ、D以下はオススメはしないが職業の適性はある、とされていた。

 世の職業制度を簡単に説明するなら、剣の才能がある者なら剣士の適性が、魔法の才能があるなら魔法使いの適性がある、という事だ。
 才能には職業クラスという適性が付くのだ、それを指針に自分の職業を決める、というのが世の習わしになっている。


「才能が無いとやっぱりEX職業には慣れないのかな?」

 リリィはハッとし、弱気な発言をしてしまった自分の頬を強く抓った。
 数秒間痛みに耐えるとボソリと独り言を呟く。

「弱気になるなんてらしくないよね」

 ーーきっとまだ昨日の事を引きずってるんだ。

 嫌な事あった、話は単純だがそれに集約する。
 リリィが泣きながら校内を駆けていたのにはそれなりの理由があった。


『大した才能が無いなら娼婦にでもなれば?』


 それがリリィに投げられた言葉だった。

「そんなに適性がない職業に就くのが気に入らないのかな?」

 ボンヤリとそんな事を考えるが当然答えは出ない。
 また一つため息を吐き、リリィは頭を振って思考を切り替える。

「誰かに何を言われても今更だよ、辛いから止めるならワタシは最初から魔法使いに成ってない」

 リリィの魔法使いとして職業適性が低い理由は体内の魔力の保有量が少ないこと、体外との魔力の親和性の低さにあった。

 これがどういう事かと言うと、単純に魔法を扱うに辺り使用する魔力が足りなくなるのだ、つまり必要魔力の多い魔法を使えない、という事だ。
 魔法使いとして致命的な欠陥、だからこその学園最弱の魔法使いという異名だった。


 しかし、リリィはフと思い出す。

「でも昨日は嫌な事ばっかりじゃ無かったな」

 思い返すと今にも火を吹きそうなほど顔が熱くなったが、それでも自分が魔道を歩むと決めてから始めて受けた優しさに、胸の内側がウズつくようなこそばゆい感覚も羞恥と一緒に思い出す。

 リリィは目を閉じ、小さく呟く。

「もう一度、会いたいな」


 不思議な人だった、見下す訳でもなく、憐れむ訳でもない、純粋な優しさをリリィはアルフレッドから感じていた。

 敵意も害意もない優しさに当てられただけなのに、リリィはそれだけで頑張れるような気がした。

「ん、よし! 頑張ろう!」

 そう言って、リリィは横に積み上げられた魔道書に手を伸ばす。


「あっ、いたっす」

 魔道書を読み始めようとしたリリィの耳に聞き覚えのある声が響いた。

 不意の訪問にリリィが視線を上げると、そこにはつい先ほど会いたいと願った少年が立っていた。

「やっと見つけたっすよ、リリィさん」
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