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第7章 君に逢いたい

第3話 襲撃

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 それ以来僕が病に倒れることはなくなり、病院に行くのはもっぱらあずさに会うためだった。ある日遅くまであずさと話していたとき、事件は起きた。不意に病院の電気が消えた。ざわざわという騒ぎの中、ドタドタという足音が聞こえてきた。
 後にわかったことだが、四方院家に恨みを持つ組織が病院にいる患者を人質にしようと起こした事件だった。やがて院内放送で占領宣言があった。
 僕は明人先生にいつも言われていたように、あずさを守るためにどうすればいいかを考えていた。するとあずさは咳をし始めた。その容態はみるみる悪くなり、ぜえぜえと息をしながらベッドに倒れ込んだ。僕はこういう発作を見るのは初めてではなかった。だから主治医の先生を呼べばそれで済むことも理解していた。だからナースコールをしようとして、やめた。明らかに様子がおかしいのにナースコールをしても無駄だろう。ならば……。
 僕は永久の桜の花びらが入ったお守りをあずさの手に握らせたあと、訓練用の鉄芯の入った竹刀を竹刀袋から取り出し、それを片手に静かに病室を出た。病室の外は静まり返っていたが、見回りだろうか。拳銃を持った男が巡回していた。僕は男が後ろを向いている間に、その後頭部に思いっきり竹刀を叩きこんだ。これでしばらくは動かないだろうと思いながら、急いで階段を駆け上がった。巡回中の男をつぶしたのはすぐにバレるだろう。だから急いで主治医の先生を探さなければならない。あずさが入院しているのは3階。この時間主治医の先生は6階の自室にいるはずだ。長い入院生活で培った知識をフル活用しながら足音を消し、6階まで駆け上る。非常扉を開けると見回りなのかマシンガンを持った男が2人いた。

「こ、子ども!?」

「こいつどこから……」

 そんなことで動揺している時点でそいつらは戦場では生き延びられない。明人先生の訓練を受けた僕には理解できた。だからこちらは何も考えずにただ男の指がトリガーにかけられていないことだけを見つめながら、瞬時に飛び掛かり、その頭を竹刀でぶん殴った。背中で人間が倒れる音を聞きながら、主治医の先生の部屋へと急いだ。誰にも見つかることなく部屋にたどり着くとノックもせずに部屋を開ける。そこには頭を撃ち抜かれ血を流しながら倒れている主治医の先生と、隅で震えている看護師が1人いた。死体を生で見るのは初めての経験だったが、今はそれどころではなかった。僕は死体を眺めながら、顔見知りの看護師に尋ねた。

「あずさお姉ちゃんの治療ができる先生は他には? 看護師さんはできる?」

「え? あ?」

「早く!」

「わ、わからない……」

 僕は舌打ちをしながら部屋を出た。人を怒鳴るのも、舌打ちをするのも初めての経験だ。とにかくこの病院にいてもまともな治療ができないのは間違いない。ならあずさを連れてここを脱出し、救急車で他の病院に向かうしかない。急いで開けっ放しのドアから外に出ようとするが、そこには3人組の男がいた。「本当にこんなガキが?」なんて言っているようだったが、かまわず全員竹刀で殴り倒した。
 急がないと、それだけ考えながら廊下を走り、階段を下った。こいつらの狙いはわからない。いつ病室の人間に、あずさに手を出すかわからない。それにあずさの発作も早く処置しなければ、それだけを考えながら走った。だからその途中で何人か邪魔な人間を竹刀で殴った気がしたがよくわからなかった。

「あずさ!」

 焦っていた僕は思わずそう叫びながら病室に入った。普段はあずさからの言いつけで姉と呼んでいたが今はそれどころではなかった。部屋に誰か入った形跡はないが、彼女は発作で苦しそうなままだ。急ごう。自分より背の高いあずさをどうにか背負い、歩き出す。さすがに走ることはできなかった。でも気持ちだけは急ぐ。今は3階だ。なんとか1階までいかなければ、エレベーターは止められるかもしれない。だから階段だ。そんなことを考えていると、不意に外が騒がしくなった。もしかしたら敵の増援かもしれない。裏口からがいいかな、そう考えているとそいつは現れた。

◆◆◆

 僕が下ろうとした階段から、コツコツと革靴の音がする。僕は背負っていたあずさを右手で抱きしめながら、左手で竹刀を握る。そして階段を上り切った男の目で見られたとき、僕は全身から冷や汗が流れた。身長は180センチを超える大柄で、筋骨隆々とした恵まれた体格の持ち主だった。顔の皺から最盛期は過ぎていると思われたが、その目に射抜かれただけで僕の呼吸は荒くなった。明人先生には、いつも相手と自分の力量の差を見抜く目を養えと言われてきた。だから今もそうしている。そして僕は気づいてしまった。この男には勝てない、と。恐らく相手の実力は先生と同じか、それ以上。今までの男たちのように油断のかけらも感じられない。

 どうする? どうすれば、彼女を守り抜ける?

 僕はより強く彼女を抱く腕に力を入れると、呼吸を整え、男をにらむ。すると男が少しだけ口元をゆがめた。

「良い目をするな坊主。それにその血のついた竹刀、俺たちが到着する前に何人かつぶしたようだな。その上無傷か。面白い。実に面白いな」

 そのとき、男が左耳につけていた無線に連絡が入る。

『相談役。全階クリア。ただ不思議なことにすでに倒れていた者が……」

「ああ、わかっている。今倒しただろう坊主と会ったよ。少し話したいから報告は待て」

 普通の人間なら、相手が無線で会話している一瞬の隙をついて逃走や攻撃を試みただろう。しかし僕にはできなかった。まったく隙が見えなかったからだ。

「さて、まずその嬢ちゃんずいぶんと体調悪そうだが……」

 相談役と呼ばれた男があずさの様子を見ようと僕たちに近づき、白い手袋に包まれた右手を伸ばす。僕は咄嗟に竹刀でその右手を払おうとしたが、竹刀は簡単に掴まれてしまった。

「……彼女に触るな」

 僕は再び息を乱しながら必死に竹刀に力を込めるがビクともしなかった。

「おちつけ。俺は四方院家、この病院の経営者側の人間だ。お前たちに危害を加える気は……今のところない」

 あまり信用のおけない言い回しだったから、僕はさらに顔をしかめた。

「とにかく医療班を呼ぶからおとなしくしていろ」

 男は僕の竹刀を握りながらまた無線で何事かを話すと、すぐに白衣を着た人間が数人駆けつけてきた。その中の1人、看護師に見覚えがあった。

「あら、誰かと思えば桜夜ちゃんに、あずさちゃん」

「和美姉ちゃん、あずさが発作を起こして、それで……」

「わかった。先生……」

 和美姉ちゃんが先生と呼ばれている人にどういう状況かを説明し、担架が用意されるのを見ていると、僕の目は霞み、あずさを抱いたまま竹刀を手放し、そのまま意識を失った。いくら病弱でなくなったとはいえ身体はまだ成長途中、まともに実践経験もないまま緊張状態で暴れたのだ。知り合いを見て安心した瞬間こうなるのも致し方なかった。

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