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第16話 1つの物語の終幕
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アルファの笑顔にマリアはほっと胸をなでおろした。
(アルファはすごい。未来を変える力を持っている)
かつて未来は変えられないと断言していたマリアだったが、そんなことを考えていた。アルファは“リエゾン”を解除したらしく、失っていた魔力が少しだけマリアの身体に戻ってきていた。そして未来が“視えた”。
サムズアップしていた手を下ろすアルファ。そのアルファに光の剣が背中から刺さって……。
「アルファ!」
未来ではなく“今”見えた現実に、マリアは叫ぶことしかできなかった。アルファを見つめる彼女の目の前で、彼は光の剣に魔力の源がある丹田のあたりを貫かれた。魔力が封じられては、精霊の加護を受けることもままならず、彼もまたミカエル同様、川に落下した。気が動転したマリアもまた川に飛び込もうとするが、ローゼスが彼女を羽交い絞めにして止めた。
「はなせ! アルファ! アルファーー!」
そのとき大型船が大きく揺れた。箱舟への避難は一刻の猶予もなく執行されねばならない状況だ。ローゼスは残っている側近にマリアを託す。
「この娘を箱舟へ。余たちも避難するぞ……」
「っ……。なんだと……⁉ ふざけるな! アルファを見殺しにする気か! はなせ! ぼくだけでもアルファを探し、に……」
暴れるマリアを宮廷魔術師たちは催眠魔法で眠らせ、箱舟へ連行していく。ローゼスもガンと側近たちを引き連れて箱舟に移った。箱舟の入口が閉まる中、ローゼスは川を振り返った。
「アルファ……我が友よ。信じているぞ」
その言葉を最後に箱舟は閉ざされた。臣下を友などと呼んではいけませんという、アルファの御小言がローゼスの耳に届くことはなかった。
◆◆◆
それから半年、箱舟での避難生活を終えた民たちは、国の復興のため必死に働いていた。大嵐でだめになった家屋を立て直し、畑を耕しと仕事はいくらでもあった。ローゼスの宮殿は比較的ダメージも少なく、民たちは宮殿を中心に復興を進めていた。
そんな中マリアはジブリール家の女当主――本人曰く当主代行――として、また皇帝の“眼”として忙しく活動していた。今日もローゼスに謁見すると、自身が“視た”未来について、彼に話していた。
「以上です。陛下」
「ご苦労。それだけわかれば対策も立てられるな」
ローゼスは跪いて頭を垂れるマリアに、苦し気に声をかけた。
「余を、恨んでいるか」
「はい」
マリアは間髪入れずに答えた。
「アルファが死ぬのは“視えて”いました。だから、一緒に死にたかった」
「ならばなぜ今も余に仕えている?」
「彼なら、そうするでしょうから」
マリアはそれだけ言うと、謁見の間から立ち去った。
◆◆◆
「奥様、すこし休まれた方が……」
「いや、いい」
心配そうにするアリスをしり目に、マリアはひたすらに書類に向き合っていた。アルファと出逢って健康を取り戻した彼女だったが、今ではまたやつれ始めており、アリスの心配ももっともだった。だがなにを言っても聞かないことはもうわかっていたので、アリスは「失礼いたします」と言って執務室から退出した。
◆◆◆
それからしばらくして、マリアは机に突っ伏していた。さすがに疲れが出たらしい。そんな彼女の意志に関係なく、彼女の眼は未来を“視”せる。思いがけない未来を。
その瞬間彼女は椅子を倒しながら立ち上がり、走り出した。急に執務室から出て来たマリアに、アリスが驚く。そんなアリスに命じる。
「馬車だ! ラクダでもいい!」
「は、はい?」
「もういい!」
とにかく行かなければと、マリアは屋敷を飛び出した。
◆◆◆
「ここは……」
アルファが目を覚ましたのは、はじまりの場所たる砂漠のオアシスだった。大嵐が嘘だったように、オアシスは平和そのものだ。
「僕は、死んだのか……?」
〈いえ、あなたは生きているわ〉
「ガブリエル……」
彼の背中に声をかけたのは、ガブリエルだった。振り返った彼に彼女は白いカーネーションを一輪渡してきた。
〈白いカーネーションの花言葉は、“あなたの愛は生きている”……。あなたの愛と献身は、まだ世界のために必要よ。さあ、今はあなたを愛する者の下へおかえりなさい〉
ガブリエルが指し示した方を振り向くと、遠くにマリアが走ってきているのが見えた。だからアルファも走り出した。
〈まったく……上級精霊に転生させたいっていう精霊王を抑えて“奇蹟”を執行するのは一苦労だったんだから、感謝してよね。……マリアちゃん〉
川に落ちたあのとき、アルファは死にかけていた。だが精霊たちは川に流されるアルファの肉体を守っていた。本当ならガブリエルとしてはすぐに駆け付け、傷を治癒してやりたかった。しかし一度死なせて上級精霊に転生させたいという精霊王の説得に時間を取られ、アルファの肉体は海にまで行ってしまった。それでも精霊の加護で生きながらえていた彼を天界に連れ帰り、今の今まで付きっきりで治癒に当たっていたのがガブリエルだった。
〈はあ、ミカエルも行方不明だし、しばらくは平和でしょ。やーすも〉
そうつぶやいたガブリエルは光の中に消えていった……。
◆◆◆
マリアは砂に足を取られながら、必死に前へ前へと進んだ。自分の“視た”未来を確かめるために。視界にオアシスがうつる。もう少し、というところでマリアは転んだ。砂に顔をうずめた彼女の頭に声が降り注いできた。
「大丈夫か? マリア」
その声はずっと聴きたかったもので、マリアは差し伸べられた手を無視して抱き着いた。そして、生まれて初めて涙を流した。
「アルファ、逢いたかった……逢いたかったよ……!」
アルファは泣きじゃくるマリアの肩を掴んで身体を引き離すと、そっと口づけた。“リエゾン”ではない、愛しているからこそのキスだった。しばらく唇を重ねてからアルファはそっと顔を離す。そして、告げた。自分の帰るべき場所に向かって。
「ただいま、マリア」
「……うん、おかえり。アルファ」
二人は微笑みあい、また口づけた。そして手を繋いで、帰っていった。ルシフェルに造られた黒の騎士と未来を“視る”少女には、困難がこれからも襲い掛かるだろう。それでも、二人なら、きっと乗り越えてくれる。二人の背中はそう信じさせてくれた……。
たとえミカエルに刺される未来がまだ終わっていない未来だとしても。
第1部 完
(アルファはすごい。未来を変える力を持っている)
かつて未来は変えられないと断言していたマリアだったが、そんなことを考えていた。アルファは“リエゾン”を解除したらしく、失っていた魔力が少しだけマリアの身体に戻ってきていた。そして未来が“視えた”。
サムズアップしていた手を下ろすアルファ。そのアルファに光の剣が背中から刺さって……。
「アルファ!」
未来ではなく“今”見えた現実に、マリアは叫ぶことしかできなかった。アルファを見つめる彼女の目の前で、彼は光の剣に魔力の源がある丹田のあたりを貫かれた。魔力が封じられては、精霊の加護を受けることもままならず、彼もまたミカエル同様、川に落下した。気が動転したマリアもまた川に飛び込もうとするが、ローゼスが彼女を羽交い絞めにして止めた。
「はなせ! アルファ! アルファーー!」
そのとき大型船が大きく揺れた。箱舟への避難は一刻の猶予もなく執行されねばならない状況だ。ローゼスは残っている側近にマリアを託す。
「この娘を箱舟へ。余たちも避難するぞ……」
「っ……。なんだと……⁉ ふざけるな! アルファを見殺しにする気か! はなせ! ぼくだけでもアルファを探し、に……」
暴れるマリアを宮廷魔術師たちは催眠魔法で眠らせ、箱舟へ連行していく。ローゼスもガンと側近たちを引き連れて箱舟に移った。箱舟の入口が閉まる中、ローゼスは川を振り返った。
「アルファ……我が友よ。信じているぞ」
その言葉を最後に箱舟は閉ざされた。臣下を友などと呼んではいけませんという、アルファの御小言がローゼスの耳に届くことはなかった。
◆◆◆
それから半年、箱舟での避難生活を終えた民たちは、国の復興のため必死に働いていた。大嵐でだめになった家屋を立て直し、畑を耕しと仕事はいくらでもあった。ローゼスの宮殿は比較的ダメージも少なく、民たちは宮殿を中心に復興を進めていた。
そんな中マリアはジブリール家の女当主――本人曰く当主代行――として、また皇帝の“眼”として忙しく活動していた。今日もローゼスに謁見すると、自身が“視た”未来について、彼に話していた。
「以上です。陛下」
「ご苦労。それだけわかれば対策も立てられるな」
ローゼスは跪いて頭を垂れるマリアに、苦し気に声をかけた。
「余を、恨んでいるか」
「はい」
マリアは間髪入れずに答えた。
「アルファが死ぬのは“視えて”いました。だから、一緒に死にたかった」
「ならばなぜ今も余に仕えている?」
「彼なら、そうするでしょうから」
マリアはそれだけ言うと、謁見の間から立ち去った。
◆◆◆
「奥様、すこし休まれた方が……」
「いや、いい」
心配そうにするアリスをしり目に、マリアはひたすらに書類に向き合っていた。アルファと出逢って健康を取り戻した彼女だったが、今ではまたやつれ始めており、アリスの心配ももっともだった。だがなにを言っても聞かないことはもうわかっていたので、アリスは「失礼いたします」と言って執務室から退出した。
◆◆◆
それからしばらくして、マリアは机に突っ伏していた。さすがに疲れが出たらしい。そんな彼女の意志に関係なく、彼女の眼は未来を“視”せる。思いがけない未来を。
その瞬間彼女は椅子を倒しながら立ち上がり、走り出した。急に執務室から出て来たマリアに、アリスが驚く。そんなアリスに命じる。
「馬車だ! ラクダでもいい!」
「は、はい?」
「もういい!」
とにかく行かなければと、マリアは屋敷を飛び出した。
◆◆◆
「ここは……」
アルファが目を覚ましたのは、はじまりの場所たる砂漠のオアシスだった。大嵐が嘘だったように、オアシスは平和そのものだ。
「僕は、死んだのか……?」
〈いえ、あなたは生きているわ〉
「ガブリエル……」
彼の背中に声をかけたのは、ガブリエルだった。振り返った彼に彼女は白いカーネーションを一輪渡してきた。
〈白いカーネーションの花言葉は、“あなたの愛は生きている”……。あなたの愛と献身は、まだ世界のために必要よ。さあ、今はあなたを愛する者の下へおかえりなさい〉
ガブリエルが指し示した方を振り向くと、遠くにマリアが走ってきているのが見えた。だからアルファも走り出した。
〈まったく……上級精霊に転生させたいっていう精霊王を抑えて“奇蹟”を執行するのは一苦労だったんだから、感謝してよね。……マリアちゃん〉
川に落ちたあのとき、アルファは死にかけていた。だが精霊たちは川に流されるアルファの肉体を守っていた。本当ならガブリエルとしてはすぐに駆け付け、傷を治癒してやりたかった。しかし一度死なせて上級精霊に転生させたいという精霊王の説得に時間を取られ、アルファの肉体は海にまで行ってしまった。それでも精霊の加護で生きながらえていた彼を天界に連れ帰り、今の今まで付きっきりで治癒に当たっていたのがガブリエルだった。
〈はあ、ミカエルも行方不明だし、しばらくは平和でしょ。やーすも〉
そうつぶやいたガブリエルは光の中に消えていった……。
◆◆◆
マリアは砂に足を取られながら、必死に前へ前へと進んだ。自分の“視た”未来を確かめるために。視界にオアシスがうつる。もう少し、というところでマリアは転んだ。砂に顔をうずめた彼女の頭に声が降り注いできた。
「大丈夫か? マリア」
その声はずっと聴きたかったもので、マリアは差し伸べられた手を無視して抱き着いた。そして、生まれて初めて涙を流した。
「アルファ、逢いたかった……逢いたかったよ……!」
アルファは泣きじゃくるマリアの肩を掴んで身体を引き離すと、そっと口づけた。“リエゾン”ではない、愛しているからこそのキスだった。しばらく唇を重ねてからアルファはそっと顔を離す。そして、告げた。自分の帰るべき場所に向かって。
「ただいま、マリア」
「……うん、おかえり。アルファ」
二人は微笑みあい、また口づけた。そして手を繋いで、帰っていった。ルシフェルに造られた黒の騎士と未来を“視る”少女には、困難がこれからも襲い掛かるだろう。それでも、二人なら、きっと乗り越えてくれる。二人の背中はそう信じさせてくれた……。
たとえミカエルに刺される未来がまだ終わっていない未来だとしても。
第1部 完
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