黒の騎士と未来を視る少女

スナオ

文字の大きさ
上 下
2 / 19

第2話 宮殿にて

しおりを挟む
「この小娘を陛下の御前に出せるようなんとかしてくれ」

「はい、閣下!」

 アルファ付きのメイドであるアリスは、クリーム色の三つ編みを揺らしながら、銀髪の少女を宮殿にあるアルファの私室に備え付けられているシャワー室へとつれていった。

「はあ……」

 騎士としての礼装に着替えたアルファはため息をついた。そして昨夜のことを思い出していく。すると少しの頭痛を覚えた。

◆◆◆

『な、なにをする!』

 藪から棒になにをすると言うよりも早く、突然キスをしてきた少女を突き放す。変な力が入ったのだろう、認識疎外のためのキセルがポケットから落ちた。

『ああ、ようやく顔を見せてくれたね。“視ていた”とおりの顔だ。ぼくはすきだぞ。君の顔』

『何を言って……ちっ』

 キセルを慌てて拾い上げたが間に合わなかったらしい。誰かが牢屋に近づく足音が聞こえた。ふわりと少女は抱き着いてきた。

『おい……!』

『さあ、連れて行ってくれ。見たいんだ。再び外の世界を……』

 アルファは舌打ちをすると、少女を抱えて教団から脱出してしまった。そう、してしまったのだ。してしまったからには最良の手を打とうといざというときの隠れ家に向かおうとしたのだが……。

『そっちじゃない。宮殿にむかえ。ぼくは皇帝と会うことになる』

『……陛下だ』

 少女のローゼスに対する呼び方に不敬だと感じながらも、確かにあのローゼスの性格からして、自分と予言者が一夜にして消えたらおもしろがって隠れ家まで来てしまいそうだとアルファは思った。ならば少女の言うとおり、早めに会わせてしまおう。アルファはそう決めた。宮殿なら守りは厚いし、見たところ少女には未来を視る以外の力は無さそうだ。自分が殺される未来を変えるだけの力がなければ未来予知に意味はない、もしものときは自分が切る。そう決意した上での判断だった。
 とはいえボロ雑巾同然のままローゼスの前に引き出すのは気が引ける。彼が皇帝という位の高いものだからというのもあるが、それ以上に自分が納得できないためだった。仕方なくこっそり宮殿に用意されているアルファ用の部屋に連れ帰り、自分付の唯一のメイドにあとを任せた次第だった。ため息が出そうになるのをこらえると、朝の陽ざし差し込む庭を窓から眺める。ローゼスの名前から各地から献上されることになった色とりどりのバラが庭を埋め尽くしていた。

「閣下」

 その呼び方に、アリスかと思い振り返ったそこには、見違えた姿のあの少女がいた。

「このような、わたくしにはもったいないドレス、ありがとうございます、閣下」

 ……この猫かぶりめ。アルファは咄嗟にそう思った。白のフリル付きのドレスに身を包み、髪を整え、薄く化粧もした少女の姿はどこかの姫君を思わせた。とはいえめずらしい銀髪と、忌み嫌われる赤い瞳は、少なくともこの国ではマイナスポイントとして映るだろう。だが、同じくこの国では珍しい髪と目を持つアルファにとっては気にならない点だった。

「いかがでしょう閣下! わたしがんばりましたよ!」

 胸を張るアリスに、「よくやった」と声をかけると、アルファは彼女の頭を軽く撫でた。それだけでアリスはえへえとだらしなく頬を緩めた。メイドのアリス、13歳。アルファが皇帝ローゼスに仕えるようになったとき最初に与えられた従者だった。面倒なので、それ以降どんなに立場が変わっても彼のメイドは1人だけだった。

「……ぼくに褒め言葉はないのかい?」

 銀髪の少女はどこか拗ねたように言った。

「あー、どうせそれも“視て”いるんじゃないか?」

「それは、そうだけど」

「なら陛下に謁見するぞ。会いたいんだろ? アリス、謁見の許可を。くれぐれも内密にな」

「はい! おまかせを!」

「むう」

 少女の機嫌はなかなか直らなかったが、アルファはとりあえず無視を決め込んだ。面倒くさかったからだ。そうこうしている間にアリスが上手く許可を取り付けたらしく、部屋に戻ってきた。

「OKです! 閣下!」

「ほら、陛下がお召しだ」

「……うん」

 大丈夫かなあと思いながら、アリスは自身の主と少女を見送るのだった。

◆◆◆

「おもてをあげよ」

 謁見の間、アルファ以外の警護を外したローゼスは玉座で楽しそうにしていた。すぐにも立ち上がりそうになる彼を、軽くにらんでアルファは止めていた。そんな中、少女は優雅な所作で下げていた頭を上げた。

「ふむ。不吉な赤い目。それがお主が表に出てこなかった理由か? えーと……」

「わたくしに名はありません。ご随意にお呼びください、陛下」

「そうか。ふむ。何がよいかのう?」

 ローゼスはアルファの方に目をやる。好きにすればいいでしょとアイコンタクトで返したものの、ローゼスは黙殺した。

「アルファ、お前が決めろ」

 お前が連れて来たのだからな――ローゼスはそう言いたげだった。皇帝の命令にため息を吐くわけにはいかない。我慢しているアルファを横目で見る少女の瞳はどこか笑っているようだった。

「……マリア、でよいのでは?」

「うむ? マリア、マリア、か」

 ローゼスの反応にアルファは首を傾げそうになった。マリアなどこの帝国ではありふれた名前だろうに、なぜそんな反応するのだろうか? そう尋ねたかったが、ローゼスはそれ早く少女に話を振った。

「まあよい。マリアよ。余の未来は視えておるのか?」

「はい、陛下」

 初めて名付けられた名前を呼ばれ、丁寧に頭を下げた後、マリアはローゼスの目を見て言った。

「陛下、いえ、この帝国は……まもなく死にます」

「おいこら不敬だぞ」、そうアルファが説教を始めるより先に、ローゼスは笑った。

「フハハハハハ、おもしろい。余の前でもその予言を変えないとは良い度胸だ。1000年に一度の洪水だったか。それが帝国に襲い掛かるのだろう?」

「はい」

「アルファ、そう顔をこわばらせるな。この程度、箱舟教団の連中がいつも言っていることではないか。それで、教団の開発している箱舟は間に合うのか?」

「いえ。箱舟を作るのは……彼です」

 アルファを指さした少女は、まっすぐな瞳でそう告げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください。

アーエル
ファンタジー
旧題:私は『聖女ではない』ですか。そうですか。帰ることも出来ませんか。じゃあ『勝手にする』ので放っといて下さい。 【 聖女?そんなもん知るか。報復?復讐?しますよ。当たり前でしょう?当然の権利です! 】 地震を知らせるアラームがなると同時に知らない世界の床に座り込んでいた。 同じ状況の少女と共に。 そして現れた『オレ様』な青年が、この国の第二王子!? 怯える少女と睨みつける私。 オレ様王子は少女を『聖女』として選び、私の存在を拒否して城から追い出した。 だったら『勝手にする』から放っておいて! 同時公開 ☆カクヨム さん ✻アルファポリスさんにて書籍化されました🎉 タイトルは【 私は聖女ではないですか。じゃあ勝手にするので放っといてください 】です。 そして番外編もはじめました。 相変わらず不定期です。 皆さんのおかげです。 本当にありがとうございます🙇💕 これからもよろしくお願いします。

【R18】異世界魔剣士のハーレム冒険譚~病弱青年は転生し、極上の冒険と性活を目指す~

泰雅
ファンタジー
病弱ひ弱な青年「青峰レオ」は、その悲惨な人生を女神に同情され、異世界に転生することに。 女神曰く、異世界で人生をしっかり楽しめということらしいが、何か裏がある予感も。 そんなことはお構いなしに才覚溢れる冒険者となり、女の子とお近づきになりまくる状況に。 冒険もエロも楽しみたい人向け、大人の異世界転生冒険活劇始まります。 ・【♡(お相手の名前)】はとりあえずエロイことしています。悪しからず。 ・【☆】は挿絵があります。AI生成なので細部などの再現は甘いですが、キャラクターのイメージをお楽しみください。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体・思想・名称などとは一切関係ありません。 ※この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません ※この物語のえちちなシーンがある登場人物は全員18歳以上の設定です。

処理中です...