お前を殺して私は生きる

桜花

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双子に巻き込まれる誰か

1に姉で2に姉で3、4も姉で5も姉な俺の婚約者

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俺の婚約者は美しい。
歩いているだけで人々の関心を集め、ダンスをしようものなら感嘆の声が溢れる。
そんな美しい婚約者が美しいのは見た目だけである。

「なに見てるのよ、紅茶かけるわよ」
婚約者同士のお茶会。どうしてこんなにギスギスと茶を飲まなければいけないのか。
足を組み勢いよく紅茶を飲む婚約者にため息をこぼせばすごい勢いで睨まれる。
婚約者の機嫌が悪い理由には心当たりがありすぎるんだが毎度この調子だとこっちだってため息くらいゆるして欲しいところだ。
俺から視線を逸らす婚約者の視線が向く先は婚約者の姉の部屋。
口の悪さも態度の悪さも目を瞑れるくらいの美しさを持つこの女。姉へのシスコンぶりだけはどれだけ美しくても目を瞑れない。

その昔この女に俺のことを好きかと尋ねたことがある。答えはYESだった。
きょとんと珍しい表情でこっちを見上げたと思えば「好きよ」なんてなんでもないことのように返された。
俺からしたら意外すぎて女の額に手を当て熱がないかを確かめた。鳩尾に1発入れられたが。
まぁそんな感じでなんだ好かれてはいたのかと思い「1番好きなのは」なんてやめときゃいい質問をした。
「お姉さま」
簡潔な答えだった。
「世界で一番好きなのはお姉さま、世界で一番大切なのもお姉さま。いちがお姉さまでにもお姉さまさん、しもお姉さまでごもお姉さま。明日世界が滅ぶのならばお姉さまの側を死ぬその瞬間まで片時も離れないお姉さまが烏は白いと言えば烏は白いの」
そんなとこまで聞いてはいなかった。
淡々と告げられたその言葉に頭をリアルに抱えた俺を変な奴だと言うのはやめろ。変なのは俺じゃなくてこの婚約者である女だ。

さて、そんな婚約者が見つめる先は姉の部屋であるがじっと見つめて何をしているかと言えば監視だ。
婚約者が姉を見つめるのはお姉さま大好きなくそシスコンだから(ということも大幅な理由としてあると思うが)という訳ではない。
この姉。人命に危機を及ぼすほどのドジの天才であった。

婚約者の視線を辿りながら俺も姉の部屋を見上げていればふわりと姉の部屋のカーテンが揺れた。
それだけだった。
なのに、急に婚約者は椅子を倒す勢いで立ち上がったかと思うと一目散に姉の部屋の窓の下へと走っていった。
窓から何か見えたかと頭を横に傾げれば数瞬置いて部屋の窓から姉の身体が飛び出してきた。
間に合わないことはわかっていながらも咄嗟に立ち上がり駆け出せば姉の身体は婚約者の腕の中に落ちていった。
何故お前はそこにいる。
どうしたらカーテンが揺れただけで姉が窓から飛び出してくるとわかるというのか。意味がわからない。いっそ頭がおかしいだろ。
「お姉さまご無事ですか!!」
落ちてきた姉を腕の中に納めながら婚約者はぺたぺたと身体を触り特に怪我のないことを確かめている。
俺は歩きながらそんな2人に近づいた。
「…びっくりしたわ、でも怪我はないわよ」
本当にびっくりしたのだろう姉はきょときょとと瞬きしたかと思えば手をグーパーとさせた。
「いったい何があったら部屋からダイブなんてことになるんだ」
2人を見下ろしながらため息まじりに尋ねれば婚約者から睨まれる。
今の俺の何がいけなかった。
「何もしてないのだけど…カーペットに足を取られて気づいたら窓の外に身体があったわ」
なんでもないことのように告げるこの女は今自分が死にかけたことを理解しているのか。
というより、またカーペットか。この家はカーペットを敷くことをやめたほうがいいんじゃないか。
「今朝から侍女も私もお部屋のカーペットを夏のものに変えましたと言っていたではありませんか。気をつけてくださいませ」
眉を下げうるうると涙を溜めた瞳を姉へとむける婚約者はまるで天使か女神のような儚さに美しさを誇っている。
「ごめんなさい。気をつけていたつもりだったのだけど…」
こてりと頭を傾け不思議ね~なんて呟く姉に俺は天を仰ぎたくなった。姉が気をつけるよりやはりカーペット全面撤廃のほうが確実だと思う。
そんな姉は走ってやってきた侍女に連れられ家の中へと戻っていった。
姉がいなくなった庭ではじとりとした視線が俺を襲う。
もちろん視線の主は婚約者だ。いや、彼女の言いたいことはわかっているつもりだ。要するに「お前さえいなけりゃお姉さまに付き添えたのに」ってことだろうが行ってもよかったんだぞ別に。流石に窓から降ってきた姉を心配して付き添うことに文句を言うほど狭量じゃない。
「…心配なんだろ。行っていいぞ」
こっちから話題を振ってやれば楽かと俺の優しさが告げる為告げればカップを持ち上げ中身をひと口口に含む。
婚約者は動かない。
いや、わざわざ振ってやったんだから返事をしろ。なんか返せ。別に喜び勇んでここを離れたっていいんだぞ。お前がシスコンなことくらい嫌というほど理解している。
視線をカップからあげ正面に座る婚約者を見れば彼女は何かを耐えるかの表情をしていた。
いったいどうしたっていうんだ。
「お姉さまのことは心配だけど怪我がないことは真っ先に確認したわ」
そんなことをぼそりと呟く婚約者。いや、見てたから知ってるぞそんなことは。
いったいなんだっていうんだ。
「貴方、何時ぶりにここに来たか理解していて」
顔に似合わない低い声を出す彼女に睨まれ俺は考える。さて、前にここに来たのは何時だったか。
1番最近の来たのは…
1週間前には、来てない。
ひと月前には、来てない。
ふた月、み月、よ月、いつ月…
なるほど
「半年ぶりくらいか?」
遡るのも疲れてきてなんかとりあえずそんなもんかと思い口にすればすごい勢いで机を叩かれた。
バンッ
机に置かれていたカップは跳ねて中の紅茶は溢れている。
「10カ月です。正確には10カ月と23日。随分と楽しい学園生活なのですね」
そんなに来ていなかったかと思案するが全く覚えがない。確かに来ていなかったのだろう。
実際に学園は楽しいのでそれも否定はできない。騎士学校に通う俺と普通の貴族の学園に通う彼女では予定も合わないしな。
「まぁ学園は楽しいが、ここに来ないのにそれはあんまり関係ないな」
俺はただ本音を溢しただけだったんだが。それは彼女の逆鱗に触れたらしい。
「学園のことが関係ない…なのに、ここには来ないのね。別に私嫌々婚約者でいて貰わなくても結構だから。破棄したいのなら破棄したらいいわ」
突如告げられる婚約の解消にちょっと待てと流石の俺も慌てる。したいならしたらいいってなんだ。したいと思ったことなんて一度もないぞ。
「別に貴方に好かれたいだなんて思ったことないもの。どうせ、私のこと口の悪いわがままで傲慢な女だと思ってたんでしょ」
口が悪いのは確かに思ってる。もっと綺麗な言葉を使え。見た目とのギャップが酷いぞ。でも、わがままとか傲慢だと思ったことはないんだが。誰に言われたのか言ってみろ。そいつをこの世から消してやる。
「別に、私だって、私だって貴方のことなんて好きじゃ…」
俺は立ち上がり慌てて彼女の口を塞いだ。
驚いたような瞳で婚約者は俺を見つめる。
見るな、やめてくれ。俺は今とんでもなく情けない顔をしていることだろう。
「それは、言わないでくれ」
お前の隣に立つためにその言葉だけを支えにしてきたんだ。
口を押さえていた手を外し彼女の顔を見ればその瞳からは涙が溢れていた。
「なんだ、どうした。いや、俺が悪いんだろうことはなんとなく理解したけど」
とりあえず会いに来なかったことを責められていれるのは理解したがそれがなんで婚約の解消やらになってしまうのか。
俺は指で彼女の涙を拭う。
「会いに来なくて悪かった。姉との時間を邪魔するのはどうかと思ったんだ。婚約は俺からは絶対に解消しない。もし、俺に不満があるならまず俺に言ってくれ、直せるなら直す。本当にお前が我慢できないならそっちから解消してくれて構わない。あと、お前にわがままだ傲慢だと言った奴がいるなら言え。そいつは殺す」
彼女の瞳を見つめながら言えば婚約者の口もとがかすかに緩んだ。
「仕方ないから許してあげる」
名前はおしえないわ、なんて最後に付け足した婚約者は満面の笑みで俺を見上げた。


それから俺は3日に一度のペースで婚約者の家へと来ている。ちなみに来はじめた当初は婚約者から「今度は来すぎでしょ。間はないの間は」と言われたが無視してきっちり3日に一度この家を訪れる。
そうして俺のしらない間に俺の婚約者と姉の婚約者の仲を姉が疑うなんてことになっていたことを知った。俺の存在すっかり無視だな。ちゃんとお前の妹には婚約者がいるぞ。
そしてこのペースで家に通うようになってから知ったことがある。
座る俺の前に姉が座っている。ちなみに姉の婚約者と俺の婚約者は2人で作戦会議(姉のドジへの)をしている。
カチャリ
カップがソーサーに戻される音に正面に座る女を見ればにっこりと彼女は笑った。
「どれだけ高級なお茶も貴方を前にしたら味を感じられないわね」
正々堂々ストレートでぶん殴ってくる妹とは対照的な姉の言葉は的確に急所をやれるように段々と研ぎ澄まされていく。
今の姉の言葉を要約すると「お前の顔を見ると気分が悪くてお茶の味が著しく不味くなる」ということだ。
頻繁にこの家に通うようになって知ったこと。

妹だけでなくこの姉も重度のシスコンだということ。

「いつ此処には来なくなるのかしら」(いつ婚約を解消するの)
「また3日後には来るさ」(解消なんてしないぞ)

俺と姉の火花は婚約者の知らないところで散っている。
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