5 / 13
5.提案
しおりを挟む
「まあまあ、落ち着いてください。ここで私を殺して困るのは旦那様のほうですよ」
「抜かせ。貴様のような下賎の者など殺しても困りはせん!」
「いいえ、そんなことはありません。まず私のこの家における立ち位置は、王家から遣わされた客人です。それを殺すなど王家に剣を向けるようなものですよ」
「そんなもの、貴様の悪事を白日の下に晒せば問題あるまい」
「私の悪事とはいったいなんでしょう」
何を言っているのだ、この男は。
「貴様が自ら言ったではないか。アミーラを辱しめていると」
「そんなことは申しておりません。私はただ、奥方様の身体のことなら隅々まで把握していると申したのです」
「それが辱しめていると言っているのだ!」
普段怒鳴ることなどない私だが、アルトを前にしていつもの自分を保っていられる気がしない。
しかし、当のアルトはといえば、怒鳴られているというのに涼しい顔だ。
その余裕そうな表情に、より怒りが募る。
「それは旦那様の捉え方の問題では。私は宮廷医です。
第三王女であらせられるアミーラ様に万が一のことがないよう身体のことを把握するのは当然のこと。
それが陛下より命じられた私の職務なのですから」
「だとしてもだ。貴様は明らかに意図して侮辱をしている。
そんな奴にこれ以上大切な妻を任せておけるものか!」
「大切だとお思いになるのなら、なおのこと私の力が必要なはず。
失礼ながら、この世界で私以上にアミーラ様のお身体のことを把握している医師はおりません。
もし私を追い出したとして、アミーラ様が危険な状況に陥ったときいったいどうするおつもりなのですか。
出産とはめでたいことであると同時に、死と隣り合わせの行為でもあるのです。
私ならアミーラ様の命を救えるというのに、その選択肢を放棄して他の者に任せるのですか。
それで本当にアミーラ様のことを考えていると言えるのでしょうか」
アルトの言葉に、怒りで満たされていた思考がわずかに冷静さを取り戻した。
嘘はないのだろう。
宮廷医であるということは、この国でも上位の腕を持った医師だということである。
そんな人間がさらにアミーラの身体のことを知り尽くしているのだ。
アミーラを任せるのに、アルト以上の適任者はどこにもいないだろう。
理屈では理解できる。
だが、それを認めたくないのは私のエゴなのだろうか。
「そう難しく考える必要はありません。旦那様とて一人の男です。
医師とはいえ、若い男を妻に近づけたくないと思うのは当然のことです。
それでしたらこういうのはいかがでしょう。アミーラ様に判断を委ねるのです」
「妻に判断を委ねる、だと?」
「そうです。旦那様は私がアミーラ様に不敬を働くことを警戒なさっているのですよね。
そういうことでしたら、アミーラ様にお尋ねください。
アルトは出産を任せるのに相応しいか、と。
もしアミーラ様が相応しくない、出ていけとおっしゃるようでしたら、私は大人しく出ていきましょう。
アミーラ様の体調管理を任された者として、心の健康を害してしまっては元も子もないですから」
アミーラの考えを聞くというのは悪くない選択肢だろう。
これはアミーラ自身の問題であり、彼女が一番の被害者なのだから。
もし我慢して診察を受けているようなら、そのときはアルトに出て行ってもらえばいい。
「そしてこれからは私が診察の際にどのようなことを行ったのか、逐一旦那様に報告させていただきます。
そして私の発言に誤りがないかアミーラ様にお尋ねください。
そうすれば、私がアミーラ様に医療行為から逸脱したことは行っていないと確認できるでしょう」
何をしたのか私に報告するのであれば、私とアミーラ、二方向からアルトを監視することができる。
確かにそうすれば、私の懸念しているようなことは起こりえないように思える。
しかし、糾弾していたはずが、どうしてアルトの提案にのるかどうか考えているのだろう。
これではまるでアルトの手のひらの上で踊らされているような……。
「いかがですか?」
「……返答は明日する」
「わかりました」
席を立つと一礼して書斎を出ていこうとするアルトだったが、ふと立ち止まると口を開いた。
「ああ、そうそう。アミーラ様はこれからが大切な時期です。
出産するまでは、身体を重ねませんようご承知下さいませ」
うっすらと笑みを浮かべたままそれだけ言い残すと、アルトは書斎を出ていった。
「抜かせ。貴様のような下賎の者など殺しても困りはせん!」
「いいえ、そんなことはありません。まず私のこの家における立ち位置は、王家から遣わされた客人です。それを殺すなど王家に剣を向けるようなものですよ」
「そんなもの、貴様の悪事を白日の下に晒せば問題あるまい」
「私の悪事とはいったいなんでしょう」
何を言っているのだ、この男は。
「貴様が自ら言ったではないか。アミーラを辱しめていると」
「そんなことは申しておりません。私はただ、奥方様の身体のことなら隅々まで把握していると申したのです」
「それが辱しめていると言っているのだ!」
普段怒鳴ることなどない私だが、アルトを前にしていつもの自分を保っていられる気がしない。
しかし、当のアルトはといえば、怒鳴られているというのに涼しい顔だ。
その余裕そうな表情に、より怒りが募る。
「それは旦那様の捉え方の問題では。私は宮廷医です。
第三王女であらせられるアミーラ様に万が一のことがないよう身体のことを把握するのは当然のこと。
それが陛下より命じられた私の職務なのですから」
「だとしてもだ。貴様は明らかに意図して侮辱をしている。
そんな奴にこれ以上大切な妻を任せておけるものか!」
「大切だとお思いになるのなら、なおのこと私の力が必要なはず。
失礼ながら、この世界で私以上にアミーラ様のお身体のことを把握している医師はおりません。
もし私を追い出したとして、アミーラ様が危険な状況に陥ったときいったいどうするおつもりなのですか。
出産とはめでたいことであると同時に、死と隣り合わせの行為でもあるのです。
私ならアミーラ様の命を救えるというのに、その選択肢を放棄して他の者に任せるのですか。
それで本当にアミーラ様のことを考えていると言えるのでしょうか」
アルトの言葉に、怒りで満たされていた思考がわずかに冷静さを取り戻した。
嘘はないのだろう。
宮廷医であるということは、この国でも上位の腕を持った医師だということである。
そんな人間がさらにアミーラの身体のことを知り尽くしているのだ。
アミーラを任せるのに、アルト以上の適任者はどこにもいないだろう。
理屈では理解できる。
だが、それを認めたくないのは私のエゴなのだろうか。
「そう難しく考える必要はありません。旦那様とて一人の男です。
医師とはいえ、若い男を妻に近づけたくないと思うのは当然のことです。
それでしたらこういうのはいかがでしょう。アミーラ様に判断を委ねるのです」
「妻に判断を委ねる、だと?」
「そうです。旦那様は私がアミーラ様に不敬を働くことを警戒なさっているのですよね。
そういうことでしたら、アミーラ様にお尋ねください。
アルトは出産を任せるのに相応しいか、と。
もしアミーラ様が相応しくない、出ていけとおっしゃるようでしたら、私は大人しく出ていきましょう。
アミーラ様の体調管理を任された者として、心の健康を害してしまっては元も子もないですから」
アミーラの考えを聞くというのは悪くない選択肢だろう。
これはアミーラ自身の問題であり、彼女が一番の被害者なのだから。
もし我慢して診察を受けているようなら、そのときはアルトに出て行ってもらえばいい。
「そしてこれからは私が診察の際にどのようなことを行ったのか、逐一旦那様に報告させていただきます。
そして私の発言に誤りがないかアミーラ様にお尋ねください。
そうすれば、私がアミーラ様に医療行為から逸脱したことは行っていないと確認できるでしょう」
何をしたのか私に報告するのであれば、私とアミーラ、二方向からアルトを監視することができる。
確かにそうすれば、私の懸念しているようなことは起こりえないように思える。
しかし、糾弾していたはずが、どうしてアルトの提案にのるかどうか考えているのだろう。
これではまるでアルトの手のひらの上で踊らされているような……。
「いかがですか?」
「……返答は明日する」
「わかりました」
席を立つと一礼して書斎を出ていこうとするアルトだったが、ふと立ち止まると口を開いた。
「ああ、そうそう。アミーラ様はこれからが大切な時期です。
出産するまでは、身体を重ねませんようご承知下さいませ」
うっすらと笑みを浮かべたままそれだけ言い残すと、アルトは書斎を出ていった。
0
お気に入りに追加
51
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
サッカー部のイケメンと、ゲーマーオタクと、ギャルのウチ。
寿 退社
恋愛
サッカー部のイケメンとゲーマーオタクに同日に告白された金髪巨乳白ギャルが、結局ゲーマーオタクに堕とされて、チンポハメハメされちゃうお話。
若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~
雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」
夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。
そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。
全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載
燻らせた想いは口付けで蕩かして~睦言は蜜毒のように甘く~
二階堂まや
恋愛
北西の国オルデランタの王妃アリーズは、国王ローデンヴェイクに愛されたいがために、本心を隠して日々を過ごしていた。 しかしある晩、情事の最中「猫かぶりはいい加減にしろ」と彼に言われてしまう。
夫に嫌われたくないが、自分に自信が持てないため涙するアリーズ。だがローデンヴェイクもまた、言いたいことを上手く伝えられないもどかしさを密かに抱えていた。
気持ちを伝え合った二人は、本音しか口にしない、隠し立てをしないという約束を交わし、身体を重ねるが……?
「こんな本性どこに隠してたんだか」
「構って欲しい人だったなんて、思いませんでしたわ」
さてさて、互いの本性を知った夫婦の行く末やいかに。
+ムーンライトノベルズにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる