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6.右手が隠していたもの

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「それで、ナニを隠すのはわかるけどよ。何で胸まで隠してるんだ? 女じゃあるまいし」

「それは……、こっちも恥ずかしいから」

「恥ずかしいって、ナニならともかくそれは繊細すぎねぇか?」

「うっ……」

 確かに訓練後など、半裸になって汗を拭っている者たちを見かけることはよくある。
 胸を見られて恥ずかしいという男も探せばいるだろうが、あまり一般的な感覚ではないのだろう。

「なあ、ちょっと見せてみろよ」

 後ろから抱きつくように、カプノスの手が胸を覆う私の右腕を掴んだ。

「いや、ちょっと離せっ!」

「いいだろ、別に減るもんじゃないし。別に筋肉がなくたって笑ったりしねぇからさ」

(筋肉じゃなくて、もっと別のものがあるんだよっ!)

 カプノスはいつものスキンシップの延長線上でじゃれているだけなのかもしれないが、私は必死だ。
 いくらなんでも胸を見られて女だとバレないはずがない。

 腕を剥がされまいと足掻くが、やはり純粋な腕力ではカプノスに劣っている。
 拮抗はすぐに崩れ、私の胸はカプノスの前に晒された。

(見られた……)

 羞恥と後悔とで頭の中がくらくらする。
 これは悪い夢だと思っても、下を向けばそこには確かな膨らみとその頂きに咲く桃色の蕾がはっきりと見えた。

 終わりだ。
 学校での生活もクラージュ家の跡継ぎとしても。
 男として築き上げてきた場所に、女の私の居場所はない。

 濡れた髪から水滴が落ちる。

「なんだ、しっかり肉ついてるじゃねぇか」

「……?」

 何を言っているんだ?

「でも確かに変な肉のつき方してるな。だから恥ずかしがってたのか」

 まさかこの胸の膨らみを、筋肉だと思っているのか?
 そんなことありえるのだろうか。

 確かに私の胸は特別大きいわけではない。
 しかし、かといって無いわけではないのだ。
 しっかりとお椀型の膨らみがある。
 いくらなんでもこの胸を筋肉と誤解するなんて無理がありすぎる。

 そこで私はひとつの仮説を思いついた。
 ここは名門ピオニエ騎士学校だ。
 ここに足を踏み入れるものは私がそうであったように、幼い頃から鍛練に生活の全てをかけてきたはずだ。
 例えば私のように母親がいない家庭環境で育った者ならば、女の裸体どころか、女とろくに接点を持つことのないまま今まで過ごしてきた可能性があるのかもしれない。
 現実にそんなことありえるのかと思うが、カプノスの反応から察するにそうとしか思えない。

 女の胸を見たことがないから、私の胸を見ても女だと気がつかないのだ。

 女だとバレなくてほっとしたような。
 胸を見せても女だとバレなかったことに憤りを感じるような。
 モヤモヤとしたものが胸の内を渦巻いた。

「……もういいだろ。手を離してくれないか」

「ああ、わりぃ」

 自由になった右腕でさっとむねを隠すと、私はそのままカプノスの脇を抜けて脱衣場へと駆けていった。
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