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2.完全無欠少女、誕生!
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「オギャー、オギャー」
張りつめていた室内に産声が響き渡った。
その声を聞いて我慢できなくなったのであろう、1人の男が抑えるメイドたちを引きずったまま部屋へ入ってきた。
「ソフィ無事か!?
子供は!?」
普段は厳格で落ち着いている夫からは想像もできない慌てように、痛みも忘れて思わず笑みがこぼれてしまう。
「あなた、元気な女の子ですよ」
産婆に抱かせてもらった我が子をいとおしそうに抱き締めながらソフィアは答えた。
「おおっ!
なんて可愛いんだ!
この子が私とソフィの……」
感極まったのか、瞳にうっすら涙を浮かべながら最愛の妻と娘に近寄ると、大きな腕で優しく包み込んだ。
主人の威厳の欠片もない振る舞いに苦笑しつつも、その場にいる誰もが1つの命の誕生を心から祝福していた。
この日、人族領に名を連ねる貴族の1つであるマイリング子爵家に新たな命が産まれた。
これは貴族も貧民も善人も悪人も動物も魔物も、ありとあらゆる存在を振り回して生きていく、1人の少女の物語。
◇
ミエリィの才能の片鱗は幼い頃から家人を驚かせていた。
「お嬢様!
危険です、近寄ってはなりません!」
慌てて駆け寄るメイドの制止も聞かず、ミエリィはトテトテと短い脚を動かしながらうずくまる猫の元へと近づいていく。
「ねこさん、おけがしてるの?
だいじょうぶ?」
庭へと迷いこんだその猫はどうやら脚に傷を負っているようだった。
ケンカをして傷を負い、屋敷の庭まで逃げ込んだところで動けなくなったといったところだろうか。
猫はミエリィが近づいても逃げることはなかったが、それは怪我で動けないからであって、けっしてミエリィを警戒していないというわけではなかった。
撫でようとでもしたのだろう、猫へと伸ばされたミエリィの小さな手に、あろうことか猫は噛みついたのである。
「お嬢様っ!!」
顔面蒼白になったメイドの声が広い庭へと響き渡る。
「おなかがすいてるの?
ちょっとまってて」
そう言うとミエリィは何事もなかったかのように猫の口から自身の手を引き抜くと、トテトテとメイドに近寄り裾を引っ張った。
「あのね、あのねこさんおなかがすいているみたいなの。
なにかたべられるものある?」
コテンと首を傾げるその姿はまるで天使のようで、その愛らしさに思わずにやけそうになるが、先ほどの出来事を思いだし、慌ててミエリィの小さな手を確認した。
「そんなことよりもお嬢様、お怪我はありませんでしたか!?」
白くてプニプニの小さな手に傷がついていないか、念入りに確認する。
ミエリィ様が怪我をしてしまったら、旦那様や奥様はとても心配をするに違いない。
何よりこの愛らしいミエリィ様が傷つくことを私自身が許せない。
何度も何度も見逃しがないように確認するが、どれだけ探しても怪我をしている様子はなかった。
甘噛みだったのだろうか。
とてもそんな風には見えなかったが、実際に怪我をしていないということはそうなのだろう。
「ねえ、ねこさんのごはんある?」
「あっ、はいただいま」
メイドは庭の掃除をしながら遠巻きにこちらの様子を窺っていた見習いメイドを呼びつけると、厨房へ行き何か猫が食べられるものを持ってくるよう指示した。
メイド自身が探しにいくという選択肢はない。
ミエリィの身の回りのお世話こそが彼女の職務だからだ。
未遂だったとはいえ、ミエリィに怪我をさせてしまうところだった。
二度とこのようなことが無いよう気合いを入れ直さなくては。
よし、と手を握りしめるが、ふとその手に違和感を覚える。
プニプニのお手々がない!
慌てて振り返ると、猫へと手を伸ばすミエリィの姿が。
「ねこさん、だいじょうぶよ。
ほら、いいこいいこ」
幼いミエリィには仕方のないことなのかもしれないが、猫の頭を撫でると思いきや、あろうことか脚にある傷口を撫で始めたのである。
ああっ、そんなことをしてはまた噛みつかれてしまう。
メイドは急いでミエリィへと足を踏み出したが、突然目の前で起こったことに仰天し歩みを止めてしまった。
ミエリィが撫でていた患部が突然光を放ったかと思うと、みるみるうちに傷口が治っていくではないか。
「お、お嬢様、回復魔法が使えるのですか……?」
回復魔法は特段珍しいものではない。
程度の差はあるが、使える人は使えるくらいのものだ。
だが、それは才能のある人が練習した末にできるようになるのであって、いきなり使えるようなものではない。
ミエリィが魔法を習っていないことは、ミエリィ専属メイドとして把握している。
つまり、ミエリィは誰から教わることもなく、天性の勘だけで回復魔法を使ったということだ。
「素晴らしいです、お嬢様!
流石はミエリィお嬢様ですわ。
ああ、猫とお戯れになるその姿も、なんと愛らしいのでしょう!!」
怪我を治してくれたことがわかるのか、すっかりミエリィに懐いた猫とその毛並みを撫でるミエリィ。
そしてその様子を見守りながら、黄色い歓声を上げるメイド。
今日もマイリング子爵家は平和であった。
ちなみにその日のデザートがミエリィの好物であるアップルパイであったことは言うまでもない。
張りつめていた室内に産声が響き渡った。
その声を聞いて我慢できなくなったのであろう、1人の男が抑えるメイドたちを引きずったまま部屋へ入ってきた。
「ソフィ無事か!?
子供は!?」
普段は厳格で落ち着いている夫からは想像もできない慌てように、痛みも忘れて思わず笑みがこぼれてしまう。
「あなた、元気な女の子ですよ」
産婆に抱かせてもらった我が子をいとおしそうに抱き締めながらソフィアは答えた。
「おおっ!
なんて可愛いんだ!
この子が私とソフィの……」
感極まったのか、瞳にうっすら涙を浮かべながら最愛の妻と娘に近寄ると、大きな腕で優しく包み込んだ。
主人の威厳の欠片もない振る舞いに苦笑しつつも、その場にいる誰もが1つの命の誕生を心から祝福していた。
この日、人族領に名を連ねる貴族の1つであるマイリング子爵家に新たな命が産まれた。
これは貴族も貧民も善人も悪人も動物も魔物も、ありとあらゆる存在を振り回して生きていく、1人の少女の物語。
◇
ミエリィの才能の片鱗は幼い頃から家人を驚かせていた。
「お嬢様!
危険です、近寄ってはなりません!」
慌てて駆け寄るメイドの制止も聞かず、ミエリィはトテトテと短い脚を動かしながらうずくまる猫の元へと近づいていく。
「ねこさん、おけがしてるの?
だいじょうぶ?」
庭へと迷いこんだその猫はどうやら脚に傷を負っているようだった。
ケンカをして傷を負い、屋敷の庭まで逃げ込んだところで動けなくなったといったところだろうか。
猫はミエリィが近づいても逃げることはなかったが、それは怪我で動けないからであって、けっしてミエリィを警戒していないというわけではなかった。
撫でようとでもしたのだろう、猫へと伸ばされたミエリィの小さな手に、あろうことか猫は噛みついたのである。
「お嬢様っ!!」
顔面蒼白になったメイドの声が広い庭へと響き渡る。
「おなかがすいてるの?
ちょっとまってて」
そう言うとミエリィは何事もなかったかのように猫の口から自身の手を引き抜くと、トテトテとメイドに近寄り裾を引っ張った。
「あのね、あのねこさんおなかがすいているみたいなの。
なにかたべられるものある?」
コテンと首を傾げるその姿はまるで天使のようで、その愛らしさに思わずにやけそうになるが、先ほどの出来事を思いだし、慌ててミエリィの小さな手を確認した。
「そんなことよりもお嬢様、お怪我はありませんでしたか!?」
白くてプニプニの小さな手に傷がついていないか、念入りに確認する。
ミエリィ様が怪我をしてしまったら、旦那様や奥様はとても心配をするに違いない。
何よりこの愛らしいミエリィ様が傷つくことを私自身が許せない。
何度も何度も見逃しがないように確認するが、どれだけ探しても怪我をしている様子はなかった。
甘噛みだったのだろうか。
とてもそんな風には見えなかったが、実際に怪我をしていないということはそうなのだろう。
「ねえ、ねこさんのごはんある?」
「あっ、はいただいま」
メイドは庭の掃除をしながら遠巻きにこちらの様子を窺っていた見習いメイドを呼びつけると、厨房へ行き何か猫が食べられるものを持ってくるよう指示した。
メイド自身が探しにいくという選択肢はない。
ミエリィの身の回りのお世話こそが彼女の職務だからだ。
未遂だったとはいえ、ミエリィに怪我をさせてしまうところだった。
二度とこのようなことが無いよう気合いを入れ直さなくては。
よし、と手を握りしめるが、ふとその手に違和感を覚える。
プニプニのお手々がない!
慌てて振り返ると、猫へと手を伸ばすミエリィの姿が。
「ねこさん、だいじょうぶよ。
ほら、いいこいいこ」
幼いミエリィには仕方のないことなのかもしれないが、猫の頭を撫でると思いきや、あろうことか脚にある傷口を撫で始めたのである。
ああっ、そんなことをしてはまた噛みつかれてしまう。
メイドは急いでミエリィへと足を踏み出したが、突然目の前で起こったことに仰天し歩みを止めてしまった。
ミエリィが撫でていた患部が突然光を放ったかと思うと、みるみるうちに傷口が治っていくではないか。
「お、お嬢様、回復魔法が使えるのですか……?」
回復魔法は特段珍しいものではない。
程度の差はあるが、使える人は使えるくらいのものだ。
だが、それは才能のある人が練習した末にできるようになるのであって、いきなり使えるようなものではない。
ミエリィが魔法を習っていないことは、ミエリィ専属メイドとして把握している。
つまり、ミエリィは誰から教わることもなく、天性の勘だけで回復魔法を使ったということだ。
「素晴らしいです、お嬢様!
流石はミエリィお嬢様ですわ。
ああ、猫とお戯れになるその姿も、なんと愛らしいのでしょう!!」
怪我を治してくれたことがわかるのか、すっかりミエリィに懐いた猫とその毛並みを撫でるミエリィ。
そしてその様子を見守りながら、黄色い歓声を上げるメイド。
今日もマイリング子爵家は平和であった。
ちなみにその日のデザートがミエリィの好物であるアップルパイであったことは言うまでもない。
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