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5.誘惑

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 その瞬間、僕の唇に何かが触れた。

「っ!?」

 瑞々しく柔らかいその感触に驚いていると、無防備な僕の口のなかにレイシアの舌が侵入してきた。
 優しくなぞるように上下の歯茎を舌先が滑る。
 初めて味わうくすぐったいような、ぞわぞわする感覚。
 そして互いの舌が触れそうになったところで、僕はレイシアの肩を押し距離をとった。

「レイシアっ!? な、なにをしてっ……!?」

 口の端についた、どちらのものともわからない唾液をチロリと舐めると、レイシアは蠱惑的な笑みを浮かべた。

「ねえ、気がついていたかしら? 私、ライドのこと好きだったのよ。ううん、今でも好きだわ」

「えっ……」

 仲間として、ということではないだろう。
 雰囲気からそれくらいはわかるが。

「だってレイシアはアレンと付き合って……」

「そうね。もちろん今はアレンのことも愛してるわ。……私たちがどうして付き合うようになったのか、ライドは知らないわよね。私たちも話さなかったし、ライドも聞いてこなかったから」

 そう、僕は二人の馴れ初めを知らない。
 当時、レイシアに好意を寄せていた僕には、その話題に触れるだけの心の余裕がなかったのだ。
 知ってしまえば、もう二人と同じパーティーにいられなくなると思ったから。

「あの頃、私はライドのことが好きだった。ライドも私のことを意識してたわよね? 
 でもライドは全然振り向いてはくれなかった。
 正確に言うなら、私の好意に気がつかない振りをしていたというべきなのかしら。
 ライドのことだから、自分はレイシアに釣り合わないとか考えていたんでしょうけど」

 僕の抱いていた気持ちが、あろうことか好意の対象であるレイシアに筒抜けになっていたとは。
 なるべく表に出さないように意識していただけに、より一層恥ずかしさが増す。

「初めはそれでもいいと思ってたの。
 いつかライドが成長して、自信をもって私の隣に立ってくれるようになるまで待とうって。
 でも、人を好きになる気持ちってままならないものよね」

 自嘲するようにレイシアが笑う。

「あるときね、お酒を飲みながらアレンに愚痴っちゃったの。
 ライドが私の気持ちに気がついてくれないって。
 待つって決めたのに、心の奥ではライドとの仲が進展しないことにやきもきしてたのよ。
 その不満が酔った勢いで溢れて、思わず涙まで流しちゃって。
 今思うと、良くない酔い方をしてたわね。自分で自分の感情をコントロールできなかった」

 ドクン――。
 きっとこの先紡がれるだろうレイシアとアレンの話を予見し、思わず耳を塞ぎたくなる。
 レイシアへの気持ちは過去のものだと思っていたのに、どうしてこんな……。

「きっとすごく無防備だったんでしょうね。
 普段はへらへらしているアレンが珍しく真剣な表情で私のことを口説いてきたのよ。
 俺ならレイシアを泣かせたりしないって。
 好きな男がいる女を口説くアレンもアレンだけど、酔っていたとはいえそんな男の言葉に心を揺さぶられる私も私よね。そのまま雰囲気に流されて、ベッドを共にして。
 今では恋人なんだから可笑しな話よね」

「でも……、だったらどうしてこんなこと……」

 経緯はどうあれ、今レイシアにはアレンというパートナーがいるのだ。
 それなのに下着姿で僕の部屋に潜り込むだなんて。

「言ったでしょう。今でも私はライドのことが好きなの。
 好きな男が目の前からいなくなろうとしてるんですもの。
 形振りなんて構っていられないわ」

「だからってこんなことしなくても……。
 アレンにバレたら……」

 自分の彼女が他の男の部屋であられもない姿を晒しているのだ。
 温厚なアレンとはいえ、さすがに許容できるラインを越えているだろう。
 そうなったら、僕を引き留めるどころの話ではなくなってしまう。

 だが、僕の警戒はあまりに無駄だった。

「アレンには話して、ちゃんと許可をもらってきたわ。
 さすがに他に手段はないのかって話になったけど、私がこの方法が最善だって押し通したの。
 最終的に折れるあたり、それだけアレンもライドにいて欲しいのよ。
 まあ、ライドの気持ちを察しながら、私に手を出した後ろめたさもあるんでしょうけど」

 アレンがこの状況を承知している。
 それはつまり、もうレイシアを拒むものは僕の理性だけしかない。
 そしてそれすら、初めて見るレイシアのあられもない姿を前に崩れようとしている。

「それで、どうするの? 私を押し退けて、そのまま姿を消す?
 それとも私を抱いて、これまで通り『深淵の牙』の一員として、一緒に冒険する?」

「ぼ、僕は……」
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