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二度目の結婚式
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ある晴れた日のこと。
タキシードに身を包んだ私は一つの墓標の前にいた。
長きに渡り風雨にさらされたそれには、かすれた文字で「アンナ」の名が刻み込まれていた。
アンナが24年という、あまりにも短い人生に幕を下ろしてからもう72年がたつ。
漫然としたモノクロの日々を過ごしていた私にとって、同い年のアンナの存在は色彩そのものだった。
隣にいる彼女が怒り、泣き、笑う。
それだけのことで私の人生は色鮮やかに染め上げられた。
アンナにとって私はどのような存在だったのだろうか。
私は彼女のように感情豊かな人間ではない。
そんな私が彼女のような存在の隣にいてもいいのだろうか。
もっと相応しい人間がいるのではないだろうか。
そんなくだらないことを、しかし真剣に悩んでいた在りし日の私は、その想いを彼女に打ち明けた。
静かに私の話を聞いた彼女は、結局なにも言うことはなかった。
ただその日、私は初めて声もなく涙を流す彼女の姿を見ることとなった。
それからだろう、私がかわろうと思ったのは。
私が彼女に相応しいかどうかはわからない。
だが、あんな顔を彼女にさせる人間が、彼女に相応しいわけがないことだけは理解できた。
学のない私が彼女のためにできたことは、がむしゃらに働くことだけだった。
彼女のためを思えば、下げたくない頭を下げることさえ苦にならなかった。
どれだけくたびれようとも、笑顔で迎えてくれるアンナがいてくれたから頑張れた。
決して豊かではないが、それでも温かな幸せの日々がこのまま続いていくのだろうと、漠然と想像していた。
だが、現実は無情だった。
私が24歳になったその日は、2人の新たな門出を迎える日になるはずだった。
喜びと緊張に包まれた私たちを乗せ、式場へと向かっていた車は、しかしながらそこへたどり着くことはなかった。
それは突然だった。
交差点を通り抜けようとした瞬間、横合いから飛び出してきた車が衝突したのだ。
覚えているのはそこまでで、気がつくと私は病院のベッドの上に横たわっていた。
そしてそこで、二度とアンナの笑顔を見ることができないと知った。
私の人生は再びモノクロなものになった。
彼女のいない人生に価値などない。
そう思っても、未練たらしく、わずかに己の中に残った色彩にすがりついてここまで生きてきたのは、ひとえにある目的を果たすためだった。
あの日叶えられなかった目的を。
私はポケットから一つの指輪を取り出した。
「アンナ、長い間一人にさせてしまってすまなかったね」
今にしてみれば、さして高価でもないその指輪を震える手でそっと墓標の前に置く。
「こんなことをいうと、また君を泣かせてしまうかもしれない。
それでも聞いてくれるかい」
私はタキシードが汚れることもいとわず、その場で膝をつく。
「私はこの歳になっても、未だに君の隣に立つに相応しい人間になれたのかわからない。
いろいろ頑張ってみたが、ついぞその答えにたどり着くことはできなかった。
だが、なにもない私にも人に誇れることがようやくみつかったよ」
誰もいないとわかっていても、私は言葉を紡ぐ。
「どうやら私は体が人一倍丈夫だったらしい。
こうして96歳まで生きながらえることができた。
もちろん、私一人では無理だっただろう。
君が私の心に残した色彩があったからこそ、私はこの日を迎えることができたよ」
もう既に墓標は見えていなかった。
体に力は入らないし、声を出すのが精一杯だった。
しかし、それでも不思議と苦痛は感じなかった。
「……私は幸せ者だよ。
4年に一度歳を刻み、再び24歳となった今、こうして君と二度目の結婚式を迎えることができたのだから。
あの日伝えることができなかった言葉をようやく伝えることができる」
私は崩れるようにして、しかし二度と手を離さぬよう墓標を抱き締める。
「アンナ……、愛してるよ」
冷たい彼女にそっと唇を落とした。
タキシードに身を包んだ私は一つの墓標の前にいた。
長きに渡り風雨にさらされたそれには、かすれた文字で「アンナ」の名が刻み込まれていた。
アンナが24年という、あまりにも短い人生に幕を下ろしてからもう72年がたつ。
漫然としたモノクロの日々を過ごしていた私にとって、同い年のアンナの存在は色彩そのものだった。
隣にいる彼女が怒り、泣き、笑う。
それだけのことで私の人生は色鮮やかに染め上げられた。
アンナにとって私はどのような存在だったのだろうか。
私は彼女のように感情豊かな人間ではない。
そんな私が彼女のような存在の隣にいてもいいのだろうか。
もっと相応しい人間がいるのではないだろうか。
そんなくだらないことを、しかし真剣に悩んでいた在りし日の私は、その想いを彼女に打ち明けた。
静かに私の話を聞いた彼女は、結局なにも言うことはなかった。
ただその日、私は初めて声もなく涙を流す彼女の姿を見ることとなった。
それからだろう、私がかわろうと思ったのは。
私が彼女に相応しいかどうかはわからない。
だが、あんな顔を彼女にさせる人間が、彼女に相応しいわけがないことだけは理解できた。
学のない私が彼女のためにできたことは、がむしゃらに働くことだけだった。
彼女のためを思えば、下げたくない頭を下げることさえ苦にならなかった。
どれだけくたびれようとも、笑顔で迎えてくれるアンナがいてくれたから頑張れた。
決して豊かではないが、それでも温かな幸せの日々がこのまま続いていくのだろうと、漠然と想像していた。
だが、現実は無情だった。
私が24歳になったその日は、2人の新たな門出を迎える日になるはずだった。
喜びと緊張に包まれた私たちを乗せ、式場へと向かっていた車は、しかしながらそこへたどり着くことはなかった。
それは突然だった。
交差点を通り抜けようとした瞬間、横合いから飛び出してきた車が衝突したのだ。
覚えているのはそこまでで、気がつくと私は病院のベッドの上に横たわっていた。
そしてそこで、二度とアンナの笑顔を見ることができないと知った。
私の人生は再びモノクロなものになった。
彼女のいない人生に価値などない。
そう思っても、未練たらしく、わずかに己の中に残った色彩にすがりついてここまで生きてきたのは、ひとえにある目的を果たすためだった。
あの日叶えられなかった目的を。
私はポケットから一つの指輪を取り出した。
「アンナ、長い間一人にさせてしまってすまなかったね」
今にしてみれば、さして高価でもないその指輪を震える手でそっと墓標の前に置く。
「こんなことをいうと、また君を泣かせてしまうかもしれない。
それでも聞いてくれるかい」
私はタキシードが汚れることもいとわず、その場で膝をつく。
「私はこの歳になっても、未だに君の隣に立つに相応しい人間になれたのかわからない。
いろいろ頑張ってみたが、ついぞその答えにたどり着くことはできなかった。
だが、なにもない私にも人に誇れることがようやくみつかったよ」
誰もいないとわかっていても、私は言葉を紡ぐ。
「どうやら私は体が人一倍丈夫だったらしい。
こうして96歳まで生きながらえることができた。
もちろん、私一人では無理だっただろう。
君が私の心に残した色彩があったからこそ、私はこの日を迎えることができたよ」
もう既に墓標は見えていなかった。
体に力は入らないし、声を出すのが精一杯だった。
しかし、それでも不思議と苦痛は感じなかった。
「……私は幸せ者だよ。
4年に一度歳を刻み、再び24歳となった今、こうして君と二度目の結婚式を迎えることができたのだから。
あの日伝えることができなかった言葉をようやく伝えることができる」
私は崩れるようにして、しかし二度と手を離さぬよう墓標を抱き締める。
「アンナ……、愛してるよ」
冷たい彼女にそっと唇を落とした。
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