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Hauptteil Akt 10

zweiundneunzig

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 久しぶりに訪れたCarmは、相変わらず居心地のいいカフェだった。

 新は狗狼に予め"相談したいことがある"と連絡しておいた。すると平日の昼間ならいつでもいいと言われた。ならば早い方がいいと出国する前に立ち寄ることにしたのだ。ウルが篤臣と同棲を始めてから、自然と足が遠のいていた。いつも座っていたテーブルに腰掛ける。茉莉がオーダーを取りにやってきた。

「いらっしゃいませー。お久しぶりです、笹川さん。」
「久しぶりだねぇ、枝反さん。あ、紅茶お願いします。」
「はーい。」
「それから深沢くんいるかな?約束してるんだ。」
「聞いてますよー。呼んできますね。」
 茉莉とはCarmに通ううちに親しくなっていた。ウルや篤臣を巻き込んでのあれやこれやも本人から聞いて知っている。明るい茉莉はCarmにすっかり馴染んでいて、気兼ねなく話せる友だちの一人になっていた。

 茉莉が去ってすぐ、狗狼が紅茶を片手に現れると向かいの椅子にどかりと腰掛けた。

「よ。どした、新。」
「深沢くん。忙しい時にごめん。」
「いんや。いつでもいいっつっただろ?」
「ありがとう。」
「ほれ、サービス。」
 小さな豆皿にクッキーが数枚載せられたものが置かれる。口は悪いし手も出るが、こういう細やかな気遣いが意識せず出来るところが本当にすごいと思う。

「なんだ?」
「いや、なんか。ほっとしちゃって。」
「……何があった?」

 ぼんやりと紅茶から立ち上る湯気を見つめながら、ぽつりぽつりと話し出す。吐き出すと自分がどれだけ不安だったのか自覚した。

 藍里と出会った時の話。その後、何度も来店してくれたのに一度しか会えなかったこと。そして街で声を掛けてきた知らない女。投げかけられた不穏な言葉。そして知った藍里の失踪。投稿写真にはあの女らしきものが写り込んでいた。

「僕は、この女が藍里さんを誘拐したんじゃないかと思ってるんだ。」

 そう言って携帯をテーブルに置くと、写真を見せる。

「気のせいかも知れない。でも、どうしても気になって。深沢くんなら、僕が気付かない何かに気付くかも知れないって思ったんだ。それと、深沢のリーダーでもあるから。僕には知らない何か情報とか。あるかもって思って。」

 だんだん尻すぼみになっていく。それくらい、狗狼の様子がおかしかった。威圧が漏れ、喉がぐるぐる鳴っている。

 こんな深沢くん、見たことない。

「おい、新。お前この女に"迎えに行く"ってそう言われたんか。」
「う、うん。怪我しないでねって。そう言ってたと思う。」
「マジか。」
「……何か知ってるの?」
「……ヘンディル。」
「え?」
「ヘンディル、知ってるか?」
「も、もちろん。知ってるよ。でも確か活動は大陸圏に限られてるはずじゃ。」
「それが今、側近の女がこの天蒼に潜伏してるって情報が入ってる。」
「え……。じゃあ、もしかして。」
「ああ。お前に声を掛けてきたのはその側近の女だろうな。」
「そ、んな。」
「手配すっから護衛付けろ。」
「……護衛?」
「ああ。もちろん目立たないようにする。」
「あ、でも僕。今日の夜には仕事でリージョンへ発つんだ。」
「……リージョンか。なら安全だな。」
「そうなの?」
「ああ。下見も準備もせずに狩りをするのは危険だからな。リージョンにいるお前を拉致するのは難しい。不確定要素が多いから、やるならここ天蒼で狙うだろ。」
「そうなんだ。」
「むしろ当分リージョンにいた方がいいかもしれねぇ。」
 腕を組む狗狼に、ぽつりと呟く。

「でも。僕が標的なら。必ずヘンディルは近づいてくるよね?そしたら捕まえられないかな?藍里さんだって助けられるかも。」
「お前、デコイになるつもりか。」
「うん。」
「あのなぁ。危険だぞ、分かってんのか?」
「うん。」
「……はあああ。ったく。」
 狗狼が、瞳を瞑り天井を仰ぐ。すぐに顔を戻すとひたりと視線を当てた。

「デコイ云々は別として。とにかくお前には護衛を付ける。いいな?」
「……分かったよ、ありがとう。」
「リージョンでも天蒼でも付ける。いいな?」
「うん。」
「早速手配すっから。今から一人で動くな。絶対だぞ。」
 何度も念を押す狗狼に苦笑する。

「ありがとう、深沢くん。」
「ダチだろうが。ったく。もう少しこう。フレンドリーにだな。」
 ぶつぶつ言う狗狼が頼もしくて。やっと新は息がつけた。もうひとつ気になっていたことを口にする。

「それで、これって警察に言えば動いてもらえるかな。」
「……難しいだろうな。誘拐なら普通は身代金の要求があるもんだろ。今の状況じゃ家出扱いだ。本人の意思でいなくなったと思われるだろうから、動かねぇだろうよ。」
「そっか……。」

 だとしたら、祖父や由月に話してもどうすることも出来ないだろう。心労を増やすだけだった。探偵や興信所に依頼することは出来ても相手があのヘンディルなら。きっと何も掴めない。

「ツェアシュテールが動いてくれりゃいいんだがな。」
「ツェアシュテール?」
「知らねぇか。ヘンディルみたいな犯罪組織を殲滅する非営利組織だ。」
「そう言う組織があるって聞いたことはあったけど。名前までは……。」
「そうか。……そうだな、貴宮に聞いてみっか。」
「貴宮くんに?」
「そ。あいつ貴宮のリーダーだからな。彪束経由で繋ぎ付けて貰えないか聞くだけ聞いてもいいだろ。」
「リーダーって。貴宮くん、そうなの?」
「な?驚きだろ?公表してねぇから知られてねぇけどな。オレもつい最近聞いた。」
「そうなんだ……。」

 なんとなく、行き詰まってた事態が動きそうで鼓動が速くなる。貴宮くんも協力してくれるなら、本当に藍里さんを見つけられるかも知れない。

「さっそく連絡すっから。お前、ちっとここで待ってろ。いいな?動くんじゃねぇぞ?分かったな?」
「ふ、ふふふ。うん。」

 狗狼の世話焼き気質が遺憾無く発揮されていて笑ってしまった。クシュダートの頃みたいにそれだけで安心する。

「ありがとう、深沢くん。」
「……あとそれから。そろそろその"深沢くん"ての止めろ。尻がむずむずする。」
 ぶつぶつ言いながら立ち上がると厨房へと戻っていく。

 頼りになる背中を見送ると、身体から力が抜けた。カップを手に取ると、少し冷めた紅茶に口を付けた。
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