【完結】R-15 私はお兄様を愛している《Next-Gen》〜信じられるのは貴方だけ〜

Struggle for supremacy on the continent Latter part

Ενενήντα έξι《ストックウェル王国》

　バルク殿から手紙を携えて訪ねてきたその女性は、「これから宜しくお願い致します、旦那様。」と言った。貴族女性に見えるが、そこはかとなく色気があり何となく嫌な予感がする。「旦那様。」とは一体どう言うことだろう。

　とりあえず、ソファを薦めると花のように微笑んで腰掛けた。侍従がお茶を淹れ、退室すると優雅な仕草でカップを手に取る。視線で促され、渡された手紙を開き読み進めて吹いた。

「つ、つま。」
「はい、旦那様。」
「きみが。」
「仮初ではありますが、宜しくお願い致します。」
「……。」

　原因不明の悪寒はこれかと天を仰ぐ。確かに私が適任だろうが。代理統治権を持つものや代行者の中で、独身は私くらいのものだ。

「名は。」
「エレイン・ナイセルと名乗るよう指示されております。」

　プレシーズのヒューミントと呼ばれる諜報員に会うのは初めてのことだった。人の美醜をあれこれ言う気はないので、そこには触れず早速打ち合わせをすることにした。

「分かった。周囲には、落ち着いてきたから妻を呼び寄せたと伝えておく。」
「はい。」

　しかし女性と付き合ったことはあっても、今まであまり長続きしたことがない。どんな風に接すれば良いものか。手紙を置いて、カップを手に取り口を付けた。

「旦那様は私にご執心で。」
「ふぐっ。」
「何度も何度も婚姻を強請り、三年前やっと夫婦となりました。」
「……。」
「そう言う設定ですので、何処へ行くにも私をお連れ下さい。」
「分かった。」

　もう既に疲労困憊だが、彼女はエグバードを釣る大事な餌だ。そして私は愛妻を寝取られたことにも気付かない間抜けな夫と言う設定らしい。油断させる為だと言われれば否はない。改めて紅茶を、ゆっくりと飲んだ。

「ナイセル卿、ディ様とお呼びしても？」
「……どうぞ。」
「では私のことは、エレンと。」
「気を付ける。」

　微笑み返した彼女を見て、カップをソーサーに戻す。金色の髪と水色の瞳。きめ細やかな肌。シンプルなドレスだが質がいいものを身に纏い、ラインは身体を強調するかの如くぴたりとしている。人妻の色香と言うものを、態と意識させるような装いだった。

　テーブルにあるサンドリエに手紙を入れると火を点ける。少しずつ燃えていくのを見つめながら、口にした。

「君を妻として送ると言う以外には、エグバードに対する生き餌だとしか書かれていなかった。他に何か伝えておくべきことはあるかな？」
「はい。」

　短く答えた後、アーガン伯爵からの指示だと蠱惑的な唇から戦略が告げられる。頷いて了承を伝えた。

「以上です。」
「分かったよ。」
「ディ様は。」

　早速愛称で呼ばれ、視線を向けた。

「私のことを、そう言う目で見ませんのね。」
「……。」
「新鮮ですが、人前では熱っぽく見つめて下さいませ。」
「鋭意努力する。」

　確かにご執心な妻と言う設定なら、仲睦まじくしているところを周囲に見せつける必要がある。少なくとも、私が彼女に惚れ込んでいるように見えなければならない。

　ハードルが高い。今までそんな風に女性と接したことなどないと言うのに。

　しかしこれは重要な役回りなのだ、やるやらないではなく、やるしかない。

「宜しく頼む、エレン。」
「こちらこそ、ディ様。」