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ケース②高階 蓓&二海 さな
心配なバイト
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しくじったなぁと溜め息を押し殺してコーヒーを淹れる。ちらりと見ると、視界の先でオーダーを取る、さなが見えた。
高階蓓は昔から、女に困ったことがない。何もしなくても向こうから、ふらふらと近寄ってくるからだ。特に目を惹く容姿をしている訳でもないのに、いつの間にか横にはいつも女がいて、いつの間にか女の方から股間に跨がっている。そんな感じだった。
セックスが気持ちが良いと思ったのは、最初の数回だけだった。
次第に何だか体のいいダッチワイフ扱いをされているように感じた。もしくは逆痴漢に遭ってるような。それでも自分の意思とは関係なく、刺激があれば生理的に勃ちはする。でもイくことは殆どない。そうなるとただ運動しているようなものだった。やる気の出ない運動。
あの日もそうだった。女性はよく行く飲食店の常連で、お互い利用する時間帯が何度か重なったことがあると言うだけの人だった。なんとなく見覚えがある。そんな知り合いとも呼べないものだと言うのに、女性はどうやったのか蓓の名前と店を調べ、わざわざ会いに訪ねて来た。一度で良いから抱いて欲しい、そう言って。
断っても付き纏いそうだから面倒で、一度だけならと付き合った。言われるまま突っ込んではみたものの、少しも良くない。下品な喘ぎ声はまるで発情期のガマガエルみたいで萎えた。仕方なくイラマチオをさせたが、それすら満足に出来ず吐いていた。そこをバイトのさなに見られてしまった。
気が付いたのは、勝手口が閉まる音だった。あの扉は外に出る時だけ、耳障りな音を立てて軋む。二度と来ないようにと女性を追い返し見に行くと僅かに扉が開いていた。誰かいたのかと辺りを見渡したらバックヤードの近くに鍵が落ちていた。エゾモモンガのキーホルダー。それで、さなだと気が付いた。
どこまで見られていたのか。全部ではないにしろ、イラマチオをさせてる所は見られただろう。さなは真面目な性格で、少し気が強いけれど素直で聞き分けがいい。何より蓓に近寄ってくる女性たちとは違って、心からバイトを楽しんでいた。働くことが目的で蓓が目的ではないのだ。それがひどく心地良かった。しかしあの濡れ場を見られてから、さなの様子が少し変わった。当然だろう、あんなものを見たのだから。ただ予想とは違い蓓に対して嫌悪感を示すとか、忌避感を顕にするとか。そう言うことではなくて、距離を推測っているようなそんな感じだった。
避けられるのならまだ分かる。興味が湧いて、お誘いを受けるのも、まぁ分かる。だが、さなはそのどれとも違うのだ。だからどう対応したらいいのか分からない。とりあえず、今まで通り接してはいるが、違和感だけはどうしてもあった。
「マスター、キリマンジャロ二つ。入りました。」
「はい。」
オーダーを通した後、さながカウンターに入ってくる。バイトは今のところ、さな一人だが店の雰囲気を考えて制服を作っていた。蓓もそうだが、さなにも着てもらっている。昔ながらのクラシカルなメイド服を参考に、生地は黒のリネンで丸襟長袖ブラウス、前開きに並ぶ黒のくるみボタン。白のボディスでウエストのシルエットを作り、ブラウスと同じ生地をたっぷり使いドレープの美しい足首までのスカートを合わせた。仕上げに真っ白いリネンのエプロンを付ける。
さなは今時珍しく髪を染めていない真っ黒の艶々したストレートボブだった。メイクはいつも控えめで、グロスしか付けていない。唇はいつも濃いピンク色で、それが妙に人目を惹いた。
そこはかとなく、色っぽいんだよなぁ。
コーヒーを淹れながら考える。面接に来た時、何となく好印象を持った。何がとは言えない。あくまで勘だった。そしてそれは当たっていたらしく、彼女がバイトに来るようになってからふと、不愉快な気持ちにさせられたことがないなと気が付いた。そう思える異性は今までいなかったから稀有な存在だと言える。だから今まで通り、上手くやっていきたい。
ほんと、面倒だからって相手にするの止めよう。少なくとも店は駄目だな。
「申し訳ございません。」
考えて込んでいると、ふいに、さなの声がした。何だか声が硬い。何かあったのかと手を止めて顔を上げると、テーブル席の客の前で深々と頭を下げていた。さながトラブルを起こしたことは今まで一度もない。気になってすぐに向かった。
「如何されましたか?」
「あー、いや。その、まぁ。」
声を掛けると男性客が口籠る。テーブルや着ている服を見ても、別にコーヒーや水を溢して汚したわけでもなさそうだった。何があったのかと、さなを見る。真っ青な顔で俯き、皺になるほどエプロンを握りしめていた。
「僕が変わるから、下がっていいよ。」
「……はい。」
「いや、その子で構わないよ。」
慌てたように男性客が口を挟む。さなの肩がびくりと揺れた。
怯えてるな。
何かされたのかもしれない。注意深く見ると、胸元のくるみボタンが一つ無くなっていた。上から四つ目。そんなところ、留めてなかったなら流石に僕だって気付く。
ちらっと見ると、黒いくるみボタンが男性客の座るソファの座面に落ちていた。取れかかっていたにせよ、給仕をするのはテーブルの上だ。偶然落ちたとしても、テーブルの上か、床の上にあるはず。奥のソファ席に座る男性客の近くまで飛ぶはずがない。
じっとくるみボタンを凝視すると、男性客が慌てて立ち上がった。
「会計を。」
言い終わる前に、手首を掴み捻り上げる。ギャァ!っと五月蝿い声が上がった。そのまま後ろへ回り込み、よろけた男を床に叩きつける。立ち上がれないよう、肩甲骨の間に膝を入れた。
常連客が何事かと振り向く。
「警察に通報して。」
「どうしたんだい?高階くん。」
「こいつ、うちのバイトに乱暴したんですよ。」
「してない!言いがかりだ!」
「だったらその時は慰謝料払います。すみません、手が塞がってるので代わりに通報して下さい。」
「分かったよ!」
慌ただしく警察が到着し事情を話して、くるみボタンと、さなちゃんが着ていた制服を提出する。男は給仕する、さなちゃんの胸を触ったらしい。さなちゃんが驚いて手を払った拍子に、くるみボタンが外れて飛んだと言うことだった。偶然当たっただけで、わざとじゃないのに手を叩かれ怪我をしたと男は言い、大人しく謝れば騒ぎ立てないと脅したのだった。
さなちゃんの証言通り、胸の部分にべったりと男の掌紋が付着していることが確認されると、男はそのまま不同意猥褻罪で逮捕された。
落ち着くまで、さなちゃんには休みを出すことにした。
制服が悪かったんだろうか……。
一人悶々と閉店後の店で考える。ボディスなんて付けなきゃ良かったのかなぁ。でもなぁ、それって痴漢に遭うのは短いスカート履いてるからだって言うのと同義って言うか。
釈然としないながらも、きっと傷付いたろうなと彼女が心配だった。とは言え、あんな所を見せた僕が痴漢被害の心配をするのもおかしな気がする。
♡『マスター、今お店ですか?』
カウンターに置きっぱなしのスマホが震えて通知が表示される。今まさに考えてた相手からで驚いた。
♤『うん、そうだね。』
♡『私のせいで、ごめんなさい。』
♤『なんで?さなちゃんのせいじゃないよ。気にしなくていい。』
♡『でも、申し訳なくて。』
♤『そんなことより、気分はどう?なんか僕に出来ることある?』
既読はすぐ付いたのに、返信が来ない。どうしたんだろ。
♡『今から、お店に行っても良いですか?』
♤『構わないよ、どうぞ。』
もしかして、辞めたいって言われるのだろうか。それは嫌だなぁ、と溜め息を吐いた。
高階蓓は昔から、女に困ったことがない。何もしなくても向こうから、ふらふらと近寄ってくるからだ。特に目を惹く容姿をしている訳でもないのに、いつの間にか横にはいつも女がいて、いつの間にか女の方から股間に跨がっている。そんな感じだった。
セックスが気持ちが良いと思ったのは、最初の数回だけだった。
次第に何だか体のいいダッチワイフ扱いをされているように感じた。もしくは逆痴漢に遭ってるような。それでも自分の意思とは関係なく、刺激があれば生理的に勃ちはする。でもイくことは殆どない。そうなるとただ運動しているようなものだった。やる気の出ない運動。
あの日もそうだった。女性はよく行く飲食店の常連で、お互い利用する時間帯が何度か重なったことがあると言うだけの人だった。なんとなく見覚えがある。そんな知り合いとも呼べないものだと言うのに、女性はどうやったのか蓓の名前と店を調べ、わざわざ会いに訪ねて来た。一度で良いから抱いて欲しい、そう言って。
断っても付き纏いそうだから面倒で、一度だけならと付き合った。言われるまま突っ込んではみたものの、少しも良くない。下品な喘ぎ声はまるで発情期のガマガエルみたいで萎えた。仕方なくイラマチオをさせたが、それすら満足に出来ず吐いていた。そこをバイトのさなに見られてしまった。
気が付いたのは、勝手口が閉まる音だった。あの扉は外に出る時だけ、耳障りな音を立てて軋む。二度と来ないようにと女性を追い返し見に行くと僅かに扉が開いていた。誰かいたのかと辺りを見渡したらバックヤードの近くに鍵が落ちていた。エゾモモンガのキーホルダー。それで、さなだと気が付いた。
どこまで見られていたのか。全部ではないにしろ、イラマチオをさせてる所は見られただろう。さなは真面目な性格で、少し気が強いけれど素直で聞き分けがいい。何より蓓に近寄ってくる女性たちとは違って、心からバイトを楽しんでいた。働くことが目的で蓓が目的ではないのだ。それがひどく心地良かった。しかしあの濡れ場を見られてから、さなの様子が少し変わった。当然だろう、あんなものを見たのだから。ただ予想とは違い蓓に対して嫌悪感を示すとか、忌避感を顕にするとか。そう言うことではなくて、距離を推測っているようなそんな感じだった。
避けられるのならまだ分かる。興味が湧いて、お誘いを受けるのも、まぁ分かる。だが、さなはそのどれとも違うのだ。だからどう対応したらいいのか分からない。とりあえず、今まで通り接してはいるが、違和感だけはどうしてもあった。
「マスター、キリマンジャロ二つ。入りました。」
「はい。」
オーダーを通した後、さながカウンターに入ってくる。バイトは今のところ、さな一人だが店の雰囲気を考えて制服を作っていた。蓓もそうだが、さなにも着てもらっている。昔ながらのクラシカルなメイド服を参考に、生地は黒のリネンで丸襟長袖ブラウス、前開きに並ぶ黒のくるみボタン。白のボディスでウエストのシルエットを作り、ブラウスと同じ生地をたっぷり使いドレープの美しい足首までのスカートを合わせた。仕上げに真っ白いリネンのエプロンを付ける。
さなは今時珍しく髪を染めていない真っ黒の艶々したストレートボブだった。メイクはいつも控えめで、グロスしか付けていない。唇はいつも濃いピンク色で、それが妙に人目を惹いた。
そこはかとなく、色っぽいんだよなぁ。
コーヒーを淹れながら考える。面接に来た時、何となく好印象を持った。何がとは言えない。あくまで勘だった。そしてそれは当たっていたらしく、彼女がバイトに来るようになってからふと、不愉快な気持ちにさせられたことがないなと気が付いた。そう思える異性は今までいなかったから稀有な存在だと言える。だから今まで通り、上手くやっていきたい。
ほんと、面倒だからって相手にするの止めよう。少なくとも店は駄目だな。
「申し訳ございません。」
考えて込んでいると、ふいに、さなの声がした。何だか声が硬い。何かあったのかと手を止めて顔を上げると、テーブル席の客の前で深々と頭を下げていた。さながトラブルを起こしたことは今まで一度もない。気になってすぐに向かった。
「如何されましたか?」
「あー、いや。その、まぁ。」
声を掛けると男性客が口籠る。テーブルや着ている服を見ても、別にコーヒーや水を溢して汚したわけでもなさそうだった。何があったのかと、さなを見る。真っ青な顔で俯き、皺になるほどエプロンを握りしめていた。
「僕が変わるから、下がっていいよ。」
「……はい。」
「いや、その子で構わないよ。」
慌てたように男性客が口を挟む。さなの肩がびくりと揺れた。
怯えてるな。
何かされたのかもしれない。注意深く見ると、胸元のくるみボタンが一つ無くなっていた。上から四つ目。そんなところ、留めてなかったなら流石に僕だって気付く。
ちらっと見ると、黒いくるみボタンが男性客の座るソファの座面に落ちていた。取れかかっていたにせよ、給仕をするのはテーブルの上だ。偶然落ちたとしても、テーブルの上か、床の上にあるはず。奥のソファ席に座る男性客の近くまで飛ぶはずがない。
じっとくるみボタンを凝視すると、男性客が慌てて立ち上がった。
「会計を。」
言い終わる前に、手首を掴み捻り上げる。ギャァ!っと五月蝿い声が上がった。そのまま後ろへ回り込み、よろけた男を床に叩きつける。立ち上がれないよう、肩甲骨の間に膝を入れた。
常連客が何事かと振り向く。
「警察に通報して。」
「どうしたんだい?高階くん。」
「こいつ、うちのバイトに乱暴したんですよ。」
「してない!言いがかりだ!」
「だったらその時は慰謝料払います。すみません、手が塞がってるので代わりに通報して下さい。」
「分かったよ!」
慌ただしく警察が到着し事情を話して、くるみボタンと、さなちゃんが着ていた制服を提出する。男は給仕する、さなちゃんの胸を触ったらしい。さなちゃんが驚いて手を払った拍子に、くるみボタンが外れて飛んだと言うことだった。偶然当たっただけで、わざとじゃないのに手を叩かれ怪我をしたと男は言い、大人しく謝れば騒ぎ立てないと脅したのだった。
さなちゃんの証言通り、胸の部分にべったりと男の掌紋が付着していることが確認されると、男はそのまま不同意猥褻罪で逮捕された。
落ち着くまで、さなちゃんには休みを出すことにした。
制服が悪かったんだろうか……。
一人悶々と閉店後の店で考える。ボディスなんて付けなきゃ良かったのかなぁ。でもなぁ、それって痴漢に遭うのは短いスカート履いてるからだって言うのと同義って言うか。
釈然としないながらも、きっと傷付いたろうなと彼女が心配だった。とは言え、あんな所を見せた僕が痴漢被害の心配をするのもおかしな気がする。
♡『マスター、今お店ですか?』
カウンターに置きっぱなしのスマホが震えて通知が表示される。今まさに考えてた相手からで驚いた。
♤『うん、そうだね。』
♡『私のせいで、ごめんなさい。』
♤『なんで?さなちゃんのせいじゃないよ。気にしなくていい。』
♡『でも、申し訳なくて。』
♤『そんなことより、気分はどう?なんか僕に出来ることある?』
既読はすぐ付いたのに、返信が来ない。どうしたんだろ。
♡『今から、お店に行っても良いですか?』
♤『構わないよ、どうぞ。』
もしかして、辞めたいって言われるのだろうか。それは嫌だなぁ、と溜め息を吐いた。
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