徒花の先に

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第二十三話 永遠に

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 日中に戦は動きを見せ、逆に夜になるとしんと静まり返る。援軍が来るまでまだしばらく時間がかかるだろうが、帝国軍の限界も近かった。個々の戦力で見れば王国軍より何倍も優れているが、圧倒的数の差に全方位敵に囲まれてしまえばやはり厳しいものがあった。
 ベッドで横になり、崩壊した天井に広がる星空を眺めながら援軍が到着するまでどう凌ぐか考える。
「まだ起きていたのか」
 気付けば兄がいつの間にか部屋にいた。やっとひと息つけるのだろう。疲れた様子で軍服を脱いでシャツの一番上のボタンを外す。
「体に障るだろう。早く寝なさい」
 そう言われてもその兄の姿に何も心配せず眠ることなど出来なかった。立ち上がり、兄に提案する。
「兄上、俺にも何か役割を与えてください。もう体にはどこにも異常はありません。仲間が命懸けで戦っているというのにこのままここでぬくぬくと閉じこもっているわけにはいきません!」
 兄の鋭い視線が俺の痛恨の怪我へと向く。
「その脚でか?」
「戦場では無理だとしても後方ではまだ役に立ちます。傷病兵の治療の手伝いなら私でも出来ますし、幾つもの戦場を渡り歩いてきた故の知識もあります。指揮官の補佐として充分に力になれるのではないでしょうか?」
 今は兄が軍を指揮するトップだ。ならば補佐として側で支えることで兄の負担を軽くすることが出来ると思った。
 聞いているのか聞いていないのか兄は曖昧な様子で酒をテーブルに置かれたグラスに注ぎながら言う。
「今日はそのお前の言う傷病兵の治療の手伝いをしていたそうだな。安静にしていろとあれ程言ったのに」
 ギクリと唾を飲む。どうやら全てバレてしまっているらしい。
「すみません。兄上の言いつけを破ったこととても反省しています。しかし俺にはやはり仲間が戦っているというのに一人この部屋で籠ってることなんてやはり出来ません」
 兄が「はぁ……」とため息を吐き、頭の痛さを紛らわそうと酒を呑む。
 失望させてしまっただろうか。
「……まぁだがお前はそういう奴だからな。そんなお前だからこそ皆に慕われているのだろうしな」
 兄の浮かべる微笑みは呆れとは違う仕方がないなと受け入れるようなそれだった。
 俺の横を通り過ぎ、ベッドに沈み込むように横になる。そんな彼を見つめて佇む俺に兄が声を掛ける。
「そこにいては体が冷える。ほらおいで」
 優しい兄の声に誘われ、兄の隣に寝ると、そっと上から布団を掛けられる。
 昔を思い出す。小さい頃はこうやっていつも兄と一緒に寝ていたっけ。兄が俺の頬に大きな手を添える。
「お前には自分を大切にして欲しい。けれどそう簡単に人は変わらないのだろうな」
「…………」
「皆のために自身を顧みず行動するのはお前の良いところだ。だがだからこそ俺の言葉を忘れないで欲しい。いつも思い出せとは言わない。忘れないことが肝心なんだ。俺のために、お願いだイライアス」
『自分を大切にする』
 以前言われた時はあまり理解出来なかったが、忘れないようにするのなら俺でも出来そうだった。こくんと頷くと兄の表情がふっと和らぐ。
 ポンポンと俺を寝つかせるように兄が布団の上から軽く叩く。
「俺を手伝うのだろう? なら夜更かしはいけないな」
「俺を補佐にしてくれるのですか!?」
 驚きだった。まさか兄が許してくれるとは思っていなかった。
「ああ、だからもうおやすみ……」
 疲れていたのだろう。兄はそのまま意識を失うように眠ってしまった。
 躍る心を抑え込んで起こさないようそっと兄の肩に布団を掛けてやる。もっと体を寄せあいたかったが、この欲求は抱いてはいけないのだと思い出し辞めておいた。




 暗闇の中、誰かの声が聞こえてくる。
「イライアス、お前が心配だ。お前を傷つける者、お前を苦しませるもの全てから守ってやりたい」
 ……これは兄上の声?
「だが悔しいが、俺には祈ることしか出来ない。けれど大丈夫。お前は独りじゃない」
 愛おしそうに兄の骨張った手が俺の髪を梳かす。
「お前は絶えることのない笑みを浮かべ、穏やかな日々を送り、溢れんばかりの幸福を抱いて生きるんだ」
 それはまるで俺の未来を見てきたような確信した言いぶりだった。兄の顔は見えない。けれどそう語る兄は安らぎを得たようにとても幸せそうだった。
 唇に柔らかな感触が当たる。
「イライアス、永遠とわにお前を愛してる」
 俺と兄が同じ想いを抱いていた。俺は兄のそばにいれればそれだけで嬉しかった。そんな未来考えたこともなかった。
 歓喜に心が震える。まるで夢を見ているようだった。けれどそれ以上に不安だった。このまま暗闇の中にいれば兄を失ってしまう気がした。
 瞳を開くと、驚きに目を見開く兄が目の前にいた。そんな兄の両頬に手を添えて顔を引き寄せる。
 広がる柔らかな感触。
 愛してはいけない。
 けれどもうこの欲求を抑え込もうとする理性など残ってはいなかった。
 熱を求めて唇を啄むと、驚いて体を固まらせていた兄が段々と瞳を柔らかく細める。高まる熱の欲求に薄く開いた口へ応えるように兄の滑らかな舌が入ってくる。
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