徒花の先に

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第二十二話 天使のよう

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「王国軍が、サヘラン王国軍が帝国に攻め入ようとしておりもう既に偵察部隊が──!」
「その件についてはもう既に耳に入れている」
 淡々と兄が言う。
「伝書鳩から報せを受け取った。帝国は急遽軍事演習を中止し、軍を二分し今こちらに援軍を向かわせているとのことだ」
「そんな……では同盟国は帝国を見捨てたということですか!?」
「そういうことになるな」
 元々好き勝手して領土を広げていた帝国を好意的に見ていた国は少なかった。しかしその身勝手さの報いをこうしてここで受けることになるとは。
「……全部俺のせいだ」
 帝国の平和のために俺が軍事演習を提案した。しかし遅かったのだ。帝国の身勝手は俺の身勝手。犯した過去の過ちは俺が正すまで待ってはくれなかった。
 兄がベッドまで戻り俺の肩に手を置く。
「イライアス、そんな思い上がったことは考えない方がいい」
「えっ……」
「この帝国の現状が全てお前の責任など、そんな馬鹿げたことを考えるな。帝国を治めるのは父上だ。そしてその補佐を務めるのはこの俺だ。ならばこうなってしまった原因は俺たちにも充分ある」
 それは慰めではなかった。あくまでも諭すつもりで兄は言っていた。
 心が少し軽くなる。
「責任について考えるならもう少し後にしろ。今は体の回復が最優先だ」


♢♢♢


 兄はそう言ってくれたが、戦の最中俺が部屋で一人籠ってるなんてことできるはずがなかった。
 下に降りて、傷を負った兵士の手当てを手伝う。
「腕を出してくれ」
 脱脂綿をピンセットで摘み、傷口を消毒していく。
「っ……」
 痛みに兵士の顔が歪む。
「痛いだろうが、もう少し耐えてくれ」
「は、はい……」
 慎重に消毒を済ませていく。きっと俺がいるからだろう。ここにいる負傷兵全員が緊張に顔を強張らせている。そうなるのも無理はない。
 なるべく早く手当てを済ませてすぐここを出るからもう少しの間我慢して欲しい。
 少し離れたところ、横たわるベッドからこちらを窺いながら負傷した騎士同士が会話する。
「あのイライアス殿下が自ら傷の手当てをしてくださるとは」
「考えられない光景だな。なんだか逆に恐ろしくて仕方ねぇよ」
「けれどあの御姿、まるで天使みたいじゃないか。崩れた天井から差す光の下、献身的に兵士の傷を癒す。まるで後光を背負う天使が心荒れる兵士に安らぎをもたらしているようじゃないか。はぁ……宗教画のように美しい」
「お前元から熱狂的なイライアス殿下のファンだったけどまた随分とヤバくなったな」
「お前は美しいと思わないのか! 神々しさ溢れる天使のようなあの御姿を!」
「そんなに騒ぐなっての。……まぁ確かに思わなくはないけどよ」
「イライアス殿下の手当てを受けれるのなら私はもう死んだっていい!」
「いや死んじゃ駄目だろ!」
 そんな少し危なげな会話は怪我人の手当てに打ち込む俺の耳には当然入ることもなく、ちらほらと見えるまるで崇拝するような視線にも気付かない。
「イライアス殿下」
 肩に布を通して腕を支える一人の騎士が俺に話しかける。
「どうした? 傷が痛むのか?」
「いえ。その……我ら騎士団のことです」
「騎士団? お前たちがどうかしたのか?」
「その、まずは殿下に謝らなければなりません」
 記憶を遡ってみる。しかし何のことか検討がつかなかった。
「恐らく殿下もご存知かと思いますが、ある者たちは殿下を軽んじ、騎士団の結束を揺るがす発言をしておりました。騎士として忠誠を誓う殿下にそのような行為、決して許されるべきことではありません。しかしその者らも国のために一人戦場で戦う殿下の姿に自身の恥ずべき行為を反省しております。故にその者らに代わって私が殿下にこの非礼をお詫び申し上げます」
 跪き頭を垂れる。俺への忠誠を揺るぎないものへとし、騎士団の結束を再び固めるために処断を恐れる者らに代わって率先してこうして謝罪をするなど普通できることではない。相手の心持ちに驚くと同時にそこまで騎士団を不安定にさせてしまったのだと自責の念が湧く。
「お前が謝ることではない。そもそも俺が演習で無残な結果を晒したばっかりにそうなってしまったのだ。むしろ謝るのは俺の方だろう。すまない、俺は上に立つ者としてふさわしくはなかった」
「いえ、そんなことはありません! あくまで殿下を軽んじる者がいたのは一部の話です。私たちが殿下を慕う理由はどんなに危険な戦場だろうと我々を導くために先陣を切るその気高き精神です。騎士のほとんどはずっと殿下を尊敬しお慕いしております」
 その真剣な眼差しに言っていることが全て偽りのない事実だと知る。
「殿下に謝罪を申し上げたかったのと共に私はこのことを殿下に伝えたかったのです。何があっても殿下は我々の誇る素晴らしき指揮官です」
 それほどまで俺を慕っていたとは思ってもいなかった。ずっと不安だった。あの演習の一件以来、俺のもとにはもう誰もついてきてはくれないかと思っていた。しかしそれは違った。安堵し、そして純粋に嬉しかった。
「ありがとう……」
 何の飾り気もない今の感情そのままの言葉だった。自然と微笑みが浮かぶ。
 瞬間、周囲にいた全員の瞳が大きく見開き、そこに俺を映していた。
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