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第二話 新しき出発点
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「……ぅあ」
眩しさが収まり、目を開く。ここはどこだろうか。白い布の天井。真っ赤に染まる服から漂う血生臭さ。頭が痛い。身体も怠くて指先さえ動かすのも億劫だ。
すっと横を見ると俺は清潔そうな白いベッドに寝かされていた。ふとベッド横に立つ騎士の姿をした茶髪の男と目が合い、彼は慌てたように声を荒げる。
「殿下っ!! 殿下!? おいすぐに医者を!!」
「……ここは?」
「ナディルア王都近くの野戦病院です。王国との戦で殿下は倒られて……」
王都? だって俺は生贄になったんじゃないのか。人の世に戻れるはずなんてない。それにナディルア王都って俺が十八歳の時、戦争で火を放ち潰した地じゃないか。
「幸いなことに殿下の御身に傷はありません。その血は返り血です。王城侵攻の最中、熱で倒られたのでございます」
『熱で倒れた』。確か十八歳のあの時も戦いの最中倒れた気がする。一体どうなっているんだ。ああ、頭がぐらぐらして何も考えられない。風にあたって頭を冷やそう。
そうして重たい身体をなんとか動かしてベッドから起き上がると、男が慌てたように目の前を塞ぐ。
「イライアス殿下!! 起き上がってはいけません!! まだ安静でいなければ」
「……俺は大丈夫だ。医者はいらん」
「ですが……!!」
大層心配そうに俺を見る。引く気はないようだ。
「……頼む。少し一人にしてくれ」
彼の肩に手をつきそう言えば、彼は少し驚いたように目を見開く。
「……はい、承知いたしました。ですが具合が悪くなったらすぐお呼びください」
テントを出て花一つない土臭い野原に出る。風が冷たく心地いい。雨が降ったのだろう、水溜りが出来ていた。その水溜りに俺の姿がぼやっと映る。
兄と同じ漆黒の髪に血のような真っ赤な瞳。顔は血が同じ兄とは少しも似ていなく、まるで睨んでいるように目は細長く、どちらかといえば強面であった。身体は兄に及ばずとも長身で剣術を鍛えてるだけあって筋肉は多少ついている。しかし貧弱さは変わらない。人前で弱味を見せないよういつも気を張っているからか、俺の顔色はいたって普通で気丈なままだった。
容姿は生贄になった時よりも少し若くなったように感じる。それにないはずの王都。そこは全て焼け野原になっているはずなのに王都の方向を見ても黒い煙すら上がってない。
俺はいくらかスッキリした頭で一つの結論を導き出した。
「過去に戻ったのか……」
だとしたら邪神が俺を過去に戻したのだろう。その理由は分からないが俺に機会をやるとあの時そう言っていた。
機会とは考えずとも分かる。兄の幸せを壊さないことだ。邪神に慈悲の心なんてないとは思うが与えられたもう一度の人生、なんとかやり直したい。
その前に目の前に転がった問題を解決せねば。そう戦争だ。それに過去と言っても前とは違うかもしれない。兄がこの世界で本当に無事かも確認したい。
そうと決まれば俺はさっさとテントの中に入ってベッド脇に掛けてあった剣を携える。待機していた男を呼ぶと男が心配そうに俺の後をついてきた。
「殿下。もうお身体の方は大丈夫なのでしょうか?」
過去に見覚えがあるようなないようなこの男は確か俺の護衛騎士だ。だけど兄以外の他人に興味がなかったので名前が思い出せない。
帝国でよく見るさらさらとした茶髪にエメラルドのような透き通った優しげな翠の瞳。目鼻立ちはすっきりしていて爽やかな雰囲気が漂う。そして俺より高い身長……。
ああ思い出した。エルモアだ。自己紹介された時見下ろされて不快だった記憶が蘇る。
「ああ、俺は平気だ。エルモア、戦況を教えてくれ」
「殿下の力闘により王国の主戦力はほぼ壊滅いたしました。王城は陥落。あとは残兵を掃討するのみです」
「そうか……。俺が倒れたこと陛下らには伝えるなよ。兵たちにもだ。勝利したも同然なんだ。士気が下がってはいけない」
「しかし……いえ承知しました」
外に出て白い魚群を抜けるようにテントとテントの間を突き進むとエルモアが首を傾げる。
「殿下どちらへ?」
「残兵を片付ける」
「そんな。後は私どもに任せて殿下は休まれては?」
「仲間が戦ってるのにここでぼうっとしてるわけにはいかない。それに人は多い方がいいだろ」
引き止められるだろうか。だとしても無理矢理にでも行くけどな。
「分かりました。では私もお供致しましょう」
俺の意志が固いと分かったのか諦めたようにエルモアが俺に着いて行く。お前は疲れているだろうから着いてこなくてもいいと言おうと思ったがそんなつもり更々ないといった様子。ほっとくか。
その後無事に王国の兵を一人残らず片付け、帝国は過去と同じく損害僅かに勝利を収めた。違うところと言えば戦果に華々しさが欲しいからと王都に火を放つなんて愚行を繰り返さなかったことくらいだろう。
ガタガタと馬車の揺れる振動に目が覚める。どうやらいつの間にか寝ていたようだ。外を覗けばどうやら宮廷に着いたらしい。熱は引いたがまだズキズキ痛む頭に苛まれながら馬車から降りる。その先には俺を待ってる人がいた。
「アラン兄上……」
あの時よりも少し若い顔立ち。無事で良かったと頬を緩せようとすると、あの誰もが見惚れる美貌を持つ彼が眉間に皺を寄せて俺を睨みつける。思わず身体が固まってしまう。
「お前は何をやっている? お前は夜会に帝国の代表として赴き友好国との更なる絆を深めるよう陛下に命を下されたのではなかったのか?」
「……」
「なのにぶつかってワインが服に溢れたくらいで皇族侮辱罪だと言って斬りかかるなど……。屈強なのはいいが頭がないとこうも煩わしいとは」
俺が無能だとばかりに見下ろす冷たい目線に思わず顔を逸らす。兄の言う通りだ。俺は兄に認めてもらいたくて彼の言葉に耳を貸さずに残酷なことをたくさんしてきた。なんて馬鹿なんだ。そんなことしたって兄は毎度落胆するだけだしその自分勝手さで一番大切な人の幸せを壊すことになるのに。
兄がはぁと深くため息を吐き呆れたように俺に言う。
「陛下が待っておいでだ。すぐに向かえ」
「……はい」
「あっアラン兄様~~ひっ……」
突然ふわふわとお伽噺から出てきたように小さな可愛らしい子どもが兄に抱きつく。ノエルだ。ちゃんと動いている。生きている。良かったと安堵するもノエルは俺に気付き怯えたように背に隠れてしまった。
「ノエル!! 今日はここに来てはいけないと言っただろう」
「……ごめんなさい兄様。庭に綺麗な白薔薇が咲いたから兄様に早く見て欲しくて」
そう白薔薇を握る手からはポタポタと血が流れていた。
「ノエル、怪我してるじゃないか。前も言っただろう? 薔薇を直で触ってはいけないと」
「……ごめんなさい。つい綺麗で」
そう怒りつつ兄は優しい手つきでノエルの手を白いハンカチで括る。
「早くちゃんとした手当てをしよう。ほらおいで」
「……うん」
差し出した手をノエルの小さな手がぎゅっと握る。
決して手に入らないだろう愛に満ちた光景をじっと見つめる。俺の手は寂しく空を掴むが、不思議と黒い気持ちは湧かない。逆にこれでいいのだと思った。
「イライアスさっさと行け」
突っ立てる俺に気付いてまるで仇を見るように鋭い目を向けられる。兄はノエルを俺から隠すように踵を返すと遠くへ行ってしまった。そこにずっといれば追いかけてしまいそうで急ぎ早に父の元へ向かう。
大きな扉が開くと兄とよく似た整った顔立ちの壮年の男が玉座に座り、忙しそうに臣下たちの諮問を捌いていた。
「陛下、ただ今帰還致しました」
臣下に取り囲まれた父の前に跪けば彼も気付いたようにこちらに視線を向ける。瞬間まるで裁判でも開かれるようにしんと空気が静まる。臣下の視線が痛い。
「来たか」
冷たく呟くそれは俺を労う気は更々ないようだった。臣下がさっと捌けるように消えていき、父と俺と護衛する騎士たちだけが残る。
「イライアス、お前には失望した。夜会に出るだけで良い簡単な任ですら全てを台無しにするとは。しかも王族であれば女子供関わらず全員手に掛けたとか。なんとも惨いことをする。ここまでする必要があったか?」
重苦しい父の物言いに何も言えない。
父にとって俺は悪魔のように見えるのだろう。実際俺もそうだと思う。以前の俺は兄に認められたくて倫理観は全くなかった。酷いと自分でも思う。だけどそもそも俺にはそういったものが薄いのだ。俺が覚めた時には既に王族に手を掛けた後だったが今の俺もそうせざるを得ないならするだろう。王族の子孫が牙を剥くなら戸惑いなく芽を摘むし、仲間が危機に陥るならなるべく多くを救うため犠牲として少数の仲間を見捨てることもする。
だから父が俺を悪魔のように見るのも仕方がないのだ。
「こちらの被害は少ないものの、この戦で周辺国は警戒を強めた。友好国への侵略で同盟国との信頼も揺らいだ。平和のために私が築きあげてきたもの全てが無駄になってしまったのだぞ。イライアス分かっているのか? 我が国以外の全てが敵になるやもしれんのだ」
「陛下、覚悟はしております。どのような罰も受け入れる所存です」
父の言い分は最もだ。実際父の言うように俺の身勝手さでアラン兄上とノエルは襲われ、それでノエルは死んでしまったのだ。
その潔さに父は俺を訝しげに見つめていた。以前の俺なら何故苦言を言われなきゃいけないのかと不服を唱えていただろう。
「私もそうしたいところだが、そういうわけにはいかないのだ。ナディルア王国は領土こそ小さきものの、そこは鉱山に恵まれていてな。お前のおかげで国が潤うと喜ぶ者も多い」
誰もが目を向ける中、父は物々しく告げる。
「よって此度のイライアス皇子に対する罰はなしとする。罰はなくとも此度の件深く反省しろ」
「……はい」
「全く……。お前はこの国の厄介ものだ」
父が愚痴をこぼすように呟く。何度も言われてきた言葉だ。今更心は痛まなかった。
俺は聞かなかったふりをして一人スタスタと去っていく。その様子を騎士たちが物珍しげに見つめていた。
眩しさが収まり、目を開く。ここはどこだろうか。白い布の天井。真っ赤に染まる服から漂う血生臭さ。頭が痛い。身体も怠くて指先さえ動かすのも億劫だ。
すっと横を見ると俺は清潔そうな白いベッドに寝かされていた。ふとベッド横に立つ騎士の姿をした茶髪の男と目が合い、彼は慌てたように声を荒げる。
「殿下っ!! 殿下!? おいすぐに医者を!!」
「……ここは?」
「ナディルア王都近くの野戦病院です。王国との戦で殿下は倒られて……」
王都? だって俺は生贄になったんじゃないのか。人の世に戻れるはずなんてない。それにナディルア王都って俺が十八歳の時、戦争で火を放ち潰した地じゃないか。
「幸いなことに殿下の御身に傷はありません。その血は返り血です。王城侵攻の最中、熱で倒られたのでございます」
『熱で倒れた』。確か十八歳のあの時も戦いの最中倒れた気がする。一体どうなっているんだ。ああ、頭がぐらぐらして何も考えられない。風にあたって頭を冷やそう。
そうして重たい身体をなんとか動かしてベッドから起き上がると、男が慌てたように目の前を塞ぐ。
「イライアス殿下!! 起き上がってはいけません!! まだ安静でいなければ」
「……俺は大丈夫だ。医者はいらん」
「ですが……!!」
大層心配そうに俺を見る。引く気はないようだ。
「……頼む。少し一人にしてくれ」
彼の肩に手をつきそう言えば、彼は少し驚いたように目を見開く。
「……はい、承知いたしました。ですが具合が悪くなったらすぐお呼びください」
テントを出て花一つない土臭い野原に出る。風が冷たく心地いい。雨が降ったのだろう、水溜りが出来ていた。その水溜りに俺の姿がぼやっと映る。
兄と同じ漆黒の髪に血のような真っ赤な瞳。顔は血が同じ兄とは少しも似ていなく、まるで睨んでいるように目は細長く、どちらかといえば強面であった。身体は兄に及ばずとも長身で剣術を鍛えてるだけあって筋肉は多少ついている。しかし貧弱さは変わらない。人前で弱味を見せないよういつも気を張っているからか、俺の顔色はいたって普通で気丈なままだった。
容姿は生贄になった時よりも少し若くなったように感じる。それにないはずの王都。そこは全て焼け野原になっているはずなのに王都の方向を見ても黒い煙すら上がってない。
俺はいくらかスッキリした頭で一つの結論を導き出した。
「過去に戻ったのか……」
だとしたら邪神が俺を過去に戻したのだろう。その理由は分からないが俺に機会をやるとあの時そう言っていた。
機会とは考えずとも分かる。兄の幸せを壊さないことだ。邪神に慈悲の心なんてないとは思うが与えられたもう一度の人生、なんとかやり直したい。
その前に目の前に転がった問題を解決せねば。そう戦争だ。それに過去と言っても前とは違うかもしれない。兄がこの世界で本当に無事かも確認したい。
そうと決まれば俺はさっさとテントの中に入ってベッド脇に掛けてあった剣を携える。待機していた男を呼ぶと男が心配そうに俺の後をついてきた。
「殿下。もうお身体の方は大丈夫なのでしょうか?」
過去に見覚えがあるようなないようなこの男は確か俺の護衛騎士だ。だけど兄以外の他人に興味がなかったので名前が思い出せない。
帝国でよく見るさらさらとした茶髪にエメラルドのような透き通った優しげな翠の瞳。目鼻立ちはすっきりしていて爽やかな雰囲気が漂う。そして俺より高い身長……。
ああ思い出した。エルモアだ。自己紹介された時見下ろされて不快だった記憶が蘇る。
「ああ、俺は平気だ。エルモア、戦況を教えてくれ」
「殿下の力闘により王国の主戦力はほぼ壊滅いたしました。王城は陥落。あとは残兵を掃討するのみです」
「そうか……。俺が倒れたこと陛下らには伝えるなよ。兵たちにもだ。勝利したも同然なんだ。士気が下がってはいけない」
「しかし……いえ承知しました」
外に出て白い魚群を抜けるようにテントとテントの間を突き進むとエルモアが首を傾げる。
「殿下どちらへ?」
「残兵を片付ける」
「そんな。後は私どもに任せて殿下は休まれては?」
「仲間が戦ってるのにここでぼうっとしてるわけにはいかない。それに人は多い方がいいだろ」
引き止められるだろうか。だとしても無理矢理にでも行くけどな。
「分かりました。では私もお供致しましょう」
俺の意志が固いと分かったのか諦めたようにエルモアが俺に着いて行く。お前は疲れているだろうから着いてこなくてもいいと言おうと思ったがそんなつもり更々ないといった様子。ほっとくか。
その後無事に王国の兵を一人残らず片付け、帝国は過去と同じく損害僅かに勝利を収めた。違うところと言えば戦果に華々しさが欲しいからと王都に火を放つなんて愚行を繰り返さなかったことくらいだろう。
ガタガタと馬車の揺れる振動に目が覚める。どうやらいつの間にか寝ていたようだ。外を覗けばどうやら宮廷に着いたらしい。熱は引いたがまだズキズキ痛む頭に苛まれながら馬車から降りる。その先には俺を待ってる人がいた。
「アラン兄上……」
あの時よりも少し若い顔立ち。無事で良かったと頬を緩せようとすると、あの誰もが見惚れる美貌を持つ彼が眉間に皺を寄せて俺を睨みつける。思わず身体が固まってしまう。
「お前は何をやっている? お前は夜会に帝国の代表として赴き友好国との更なる絆を深めるよう陛下に命を下されたのではなかったのか?」
「……」
「なのにぶつかってワインが服に溢れたくらいで皇族侮辱罪だと言って斬りかかるなど……。屈強なのはいいが頭がないとこうも煩わしいとは」
俺が無能だとばかりに見下ろす冷たい目線に思わず顔を逸らす。兄の言う通りだ。俺は兄に認めてもらいたくて彼の言葉に耳を貸さずに残酷なことをたくさんしてきた。なんて馬鹿なんだ。そんなことしたって兄は毎度落胆するだけだしその自分勝手さで一番大切な人の幸せを壊すことになるのに。
兄がはぁと深くため息を吐き呆れたように俺に言う。
「陛下が待っておいでだ。すぐに向かえ」
「……はい」
「あっアラン兄様~~ひっ……」
突然ふわふわとお伽噺から出てきたように小さな可愛らしい子どもが兄に抱きつく。ノエルだ。ちゃんと動いている。生きている。良かったと安堵するもノエルは俺に気付き怯えたように背に隠れてしまった。
「ノエル!! 今日はここに来てはいけないと言っただろう」
「……ごめんなさい兄様。庭に綺麗な白薔薇が咲いたから兄様に早く見て欲しくて」
そう白薔薇を握る手からはポタポタと血が流れていた。
「ノエル、怪我してるじゃないか。前も言っただろう? 薔薇を直で触ってはいけないと」
「……ごめんなさい。つい綺麗で」
そう怒りつつ兄は優しい手つきでノエルの手を白いハンカチで括る。
「早くちゃんとした手当てをしよう。ほらおいで」
「……うん」
差し出した手をノエルの小さな手がぎゅっと握る。
決して手に入らないだろう愛に満ちた光景をじっと見つめる。俺の手は寂しく空を掴むが、不思議と黒い気持ちは湧かない。逆にこれでいいのだと思った。
「イライアスさっさと行け」
突っ立てる俺に気付いてまるで仇を見るように鋭い目を向けられる。兄はノエルを俺から隠すように踵を返すと遠くへ行ってしまった。そこにずっといれば追いかけてしまいそうで急ぎ早に父の元へ向かう。
大きな扉が開くと兄とよく似た整った顔立ちの壮年の男が玉座に座り、忙しそうに臣下たちの諮問を捌いていた。
「陛下、ただ今帰還致しました」
臣下に取り囲まれた父の前に跪けば彼も気付いたようにこちらに視線を向ける。瞬間まるで裁判でも開かれるようにしんと空気が静まる。臣下の視線が痛い。
「来たか」
冷たく呟くそれは俺を労う気は更々ないようだった。臣下がさっと捌けるように消えていき、父と俺と護衛する騎士たちだけが残る。
「イライアス、お前には失望した。夜会に出るだけで良い簡単な任ですら全てを台無しにするとは。しかも王族であれば女子供関わらず全員手に掛けたとか。なんとも惨いことをする。ここまでする必要があったか?」
重苦しい父の物言いに何も言えない。
父にとって俺は悪魔のように見えるのだろう。実際俺もそうだと思う。以前の俺は兄に認められたくて倫理観は全くなかった。酷いと自分でも思う。だけどそもそも俺にはそういったものが薄いのだ。俺が覚めた時には既に王族に手を掛けた後だったが今の俺もそうせざるを得ないならするだろう。王族の子孫が牙を剥くなら戸惑いなく芽を摘むし、仲間が危機に陥るならなるべく多くを救うため犠牲として少数の仲間を見捨てることもする。
だから父が俺を悪魔のように見るのも仕方がないのだ。
「こちらの被害は少ないものの、この戦で周辺国は警戒を強めた。友好国への侵略で同盟国との信頼も揺らいだ。平和のために私が築きあげてきたもの全てが無駄になってしまったのだぞ。イライアス分かっているのか? 我が国以外の全てが敵になるやもしれんのだ」
「陛下、覚悟はしております。どのような罰も受け入れる所存です」
父の言い分は最もだ。実際父の言うように俺の身勝手さでアラン兄上とノエルは襲われ、それでノエルは死んでしまったのだ。
その潔さに父は俺を訝しげに見つめていた。以前の俺なら何故苦言を言われなきゃいけないのかと不服を唱えていただろう。
「私もそうしたいところだが、そういうわけにはいかないのだ。ナディルア王国は領土こそ小さきものの、そこは鉱山に恵まれていてな。お前のおかげで国が潤うと喜ぶ者も多い」
誰もが目を向ける中、父は物々しく告げる。
「よって此度のイライアス皇子に対する罰はなしとする。罰はなくとも此度の件深く反省しろ」
「……はい」
「全く……。お前はこの国の厄介ものだ」
父が愚痴をこぼすように呟く。何度も言われてきた言葉だ。今更心は痛まなかった。
俺は聞かなかったふりをして一人スタスタと去っていく。その様子を騎士たちが物珍しげに見つめていた。
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