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第十三話
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久しぶりの秀司との邂逅に話に花を咲かせていつの間にか俺はベロンベロンになってしまっていた。店を出た頃には意識はぼんやりとしていて、足元がおぼつかない。対して秀司は酒に強いのか自分の足でしっかり立っていた。
「透、大丈夫か?」
秀司が倒れないよう俺の体を支える。
「んぁ~? だぁいじょうぶ、だぁいじょうぶ」
「そうか、大丈夫じゃないんだな。透、家どこだ?」
「家~? 家は今日帰らん! 近くで泊まってくぅ」
そう言うと秀司はスマホを片手に何か調べてくれているようだった。
眠い……。
立ってるのも億劫になってきて道端に腰を下ろす。眠気にもうここで眠ってしまってもいいかとさえ思えてきた。
「……透、近くにホテル一件あったぞ──」
俺を見て慌てて道路に倒れる体を支える。
「はぁ、呑みすぎだっての。透、自分で立てそうか?」
「むりぃ」
「仕方ないな」
秀司が俺を「よいしょ」とおんぶする。触れる大きな背中は暖かくてお日様のような匂いがした。心地よさに離さないようにぎゅっと首の前に回した手を掴んでしがみついた。
うなじをスンスンと嗅ぐとポカポカとしたお日様の匂いが強まるようだった。
「透、もしかして俺のこと嗅いでる?」
「……俺、一番この匂い好き」
変態じみた行為だが酔っ払ってる今の俺に常識は通じない。顔を真っ赤に仰天しようが、くすぐったそうに身を捩ろうが、構わず嗅ぎ続ける。
リラックスして瞼が重たくなる。次に目が覚めた時は見覚えのない天井だった。ベッドのふんわりした肌触りにもう一度寝たくなるが、物音に目を向けると秀司が荷物を整えて今出て行こうとしているところだった。
このまま何もしなければ秀司はそのまま部屋を去るだろう。言わなくてはと思った。今言わなきゃずっと言いづらいままだと思った。
「……秀司」
こちらを振り向く。
「起きたのか。水いるか?」
「いや、いい……」
起き上がって秀司と向き合う。
「あのさ……」
「ん?」
「ごめんな。あの時、お前にひどいこと言って」
「あの時?」
「俺が家を出て行ったあの日、海で秀司、俺に言ってくれたじゃないか。そん時俺、お前にひどいこと言った。男が男を好きになんのはおかしいって。突き放すようなことお前に言った」
秀司はじっと俺の言葉に耳を傾ける。
「あれから色々あって俺も色んなことを知った。あん時の俺は戸惑ってて受け入れられなくてとにかく逃げたかったんだと思う。俺、お前がちゃんと想いを伝えてくれたのに俺はそれを無下にして、それどころか秀司を傷つけちまった。……本当にごめん」
秀司の悲壮な顔を思い出す。ずっと悔やんでいた。秀司にあんな顔をさせてしまったことに。想いをなかったことにしてしまったことに。
友達だと思ってた奴から告白された。こういう繊細な問題に昔ながらの付き合いでもやっぱり言い出しづらくて結局酒の力を頼ってしまった。
「もう昔のことだ。今はもう気にしてない。けど透がそう言うなら俺は許すよ。けど……」
「えっ」
柔らかな衝撃が背中に伝わる。秀司の顔が間近に迫って心臓がドクンと跳ね上がった。体の横に両腕で拘束されるようにベッドと挟まれて、押し倒されたと気付いたのはそのすぐ後だった。
「しゅ、秀司!?」
「勝手に過去の話にしないでくれ」
眉間に皺を寄せて秀司が言う。その言葉に俺の謝り方が悪かったのだとすぐ察した。
「ごめん! 勿論過去の話だなんて思ってない。もう昔のことだからって俺は楽になろうだなんて考えてない」
「そういうことじゃない」
「えっ……」
「勝手に俺がお前のこと好きだったんだなんていう風に言うな。透はそう思い込んでいるようだが、六年前からずっと今も俺の気持ちは変わったことなんてない」
混乱して意味を上手く掴み取れない。秀司の気持ちは六年前から変わっていない。えっそれってつまり……。
「俺は今も透が好きだ」
顔から首筋までみるみるうちに赤くなる。頭が沸騰してどうにかなりそうだった。
「透はどうなんだ?」
「っうぇ? ど、どうって?」
「透は俺のことどう思ってるんだ?」
「俺は……」
秀司は俺の大切な幼馴染だ。それ以上なんて考えたことはなかった。
「わ、分からない」
秀司が俺の頬に手を添える。
「嫌か?」
首を横に振る。冷え性の俺とは違って温度の高い骨張った指先。相手は幼馴染だというのに不快感は全く湧かなかった。いやむしろ……。
「……もっとこうしていたい。秀司をもっと感じたい」
欲と高まる胸の鼓動にやっと気付いた。
そうか、俺は秀司のことが好きなんだ。
秀司がゆっくりと顔を近づける。キスされるんだと思った。唇に触れる直前、ヤマトのことが頭に過った。
俺はヤマトの道具であって恋人でもなんでもない。けど関係を持った自分が秀司に触れていいのだろうか。……そんなのいいはずがない。
咄嗟に手で俺と秀司の間を防ぐ。秀司が明らかに沈んでいく様子が見てとれた。
「……すまん」
「秀司、違う! これはっ……」
離れていく秀司に俺はなんとか弁解しようと試みる。けれど理由なんて思い浮かばなかった。だってなんて言えばいいんだ。恋人じゃない、でも関係を持ってる人がいるから無理だって言えば俺がそんな奴だったのかと思われて軽蔑されるだけじゃないのか。
「急にこんなことして悪かったな。俺はタクシー使って帰るから。透、あまり酒は呑みすぎるなよ」
そうして悩んでる間に秀司はそう言い残して去って行ってしまった。
追いかけようと思った。ドアノブに手を掛け捻るが、結局俺は開けはしなかった。
ヤマトと別れてでも秀司と一緒にいたい。それは本気だった。けれど別れたって一緒にいればまた俺は秀司を憎んでしまう。そんなのは嫌だった。
一緒にいたいのにいれない。
このどうしようもなさに俺は扉の前に蹲ることしか出来なかった。
「透、大丈夫か?」
秀司が倒れないよう俺の体を支える。
「んぁ~? だぁいじょうぶ、だぁいじょうぶ」
「そうか、大丈夫じゃないんだな。透、家どこだ?」
「家~? 家は今日帰らん! 近くで泊まってくぅ」
そう言うと秀司はスマホを片手に何か調べてくれているようだった。
眠い……。
立ってるのも億劫になってきて道端に腰を下ろす。眠気にもうここで眠ってしまってもいいかとさえ思えてきた。
「……透、近くにホテル一件あったぞ──」
俺を見て慌てて道路に倒れる体を支える。
「はぁ、呑みすぎだっての。透、自分で立てそうか?」
「むりぃ」
「仕方ないな」
秀司が俺を「よいしょ」とおんぶする。触れる大きな背中は暖かくてお日様のような匂いがした。心地よさに離さないようにぎゅっと首の前に回した手を掴んでしがみついた。
うなじをスンスンと嗅ぐとポカポカとしたお日様の匂いが強まるようだった。
「透、もしかして俺のこと嗅いでる?」
「……俺、一番この匂い好き」
変態じみた行為だが酔っ払ってる今の俺に常識は通じない。顔を真っ赤に仰天しようが、くすぐったそうに身を捩ろうが、構わず嗅ぎ続ける。
リラックスして瞼が重たくなる。次に目が覚めた時は見覚えのない天井だった。ベッドのふんわりした肌触りにもう一度寝たくなるが、物音に目を向けると秀司が荷物を整えて今出て行こうとしているところだった。
このまま何もしなければ秀司はそのまま部屋を去るだろう。言わなくてはと思った。今言わなきゃずっと言いづらいままだと思った。
「……秀司」
こちらを振り向く。
「起きたのか。水いるか?」
「いや、いい……」
起き上がって秀司と向き合う。
「あのさ……」
「ん?」
「ごめんな。あの時、お前にひどいこと言って」
「あの時?」
「俺が家を出て行ったあの日、海で秀司、俺に言ってくれたじゃないか。そん時俺、お前にひどいこと言った。男が男を好きになんのはおかしいって。突き放すようなことお前に言った」
秀司はじっと俺の言葉に耳を傾ける。
「あれから色々あって俺も色んなことを知った。あん時の俺は戸惑ってて受け入れられなくてとにかく逃げたかったんだと思う。俺、お前がちゃんと想いを伝えてくれたのに俺はそれを無下にして、それどころか秀司を傷つけちまった。……本当にごめん」
秀司の悲壮な顔を思い出す。ずっと悔やんでいた。秀司にあんな顔をさせてしまったことに。想いをなかったことにしてしまったことに。
友達だと思ってた奴から告白された。こういう繊細な問題に昔ながらの付き合いでもやっぱり言い出しづらくて結局酒の力を頼ってしまった。
「もう昔のことだ。今はもう気にしてない。けど透がそう言うなら俺は許すよ。けど……」
「えっ」
柔らかな衝撃が背中に伝わる。秀司の顔が間近に迫って心臓がドクンと跳ね上がった。体の横に両腕で拘束されるようにベッドと挟まれて、押し倒されたと気付いたのはそのすぐ後だった。
「しゅ、秀司!?」
「勝手に過去の話にしないでくれ」
眉間に皺を寄せて秀司が言う。その言葉に俺の謝り方が悪かったのだとすぐ察した。
「ごめん! 勿論過去の話だなんて思ってない。もう昔のことだからって俺は楽になろうだなんて考えてない」
「そういうことじゃない」
「えっ……」
「勝手に俺がお前のこと好きだったんだなんていう風に言うな。透はそう思い込んでいるようだが、六年前からずっと今も俺の気持ちは変わったことなんてない」
混乱して意味を上手く掴み取れない。秀司の気持ちは六年前から変わっていない。えっそれってつまり……。
「俺は今も透が好きだ」
顔から首筋までみるみるうちに赤くなる。頭が沸騰してどうにかなりそうだった。
「透はどうなんだ?」
「っうぇ? ど、どうって?」
「透は俺のことどう思ってるんだ?」
「俺は……」
秀司は俺の大切な幼馴染だ。それ以上なんて考えたことはなかった。
「わ、分からない」
秀司が俺の頬に手を添える。
「嫌か?」
首を横に振る。冷え性の俺とは違って温度の高い骨張った指先。相手は幼馴染だというのに不快感は全く湧かなかった。いやむしろ……。
「……もっとこうしていたい。秀司をもっと感じたい」
欲と高まる胸の鼓動にやっと気付いた。
そうか、俺は秀司のことが好きなんだ。
秀司がゆっくりと顔を近づける。キスされるんだと思った。唇に触れる直前、ヤマトのことが頭に過った。
俺はヤマトの道具であって恋人でもなんでもない。けど関係を持った自分が秀司に触れていいのだろうか。……そんなのいいはずがない。
咄嗟に手で俺と秀司の間を防ぐ。秀司が明らかに沈んでいく様子が見てとれた。
「……すまん」
「秀司、違う! これはっ……」
離れていく秀司に俺はなんとか弁解しようと試みる。けれど理由なんて思い浮かばなかった。だってなんて言えばいいんだ。恋人じゃない、でも関係を持ってる人がいるから無理だって言えば俺がそんな奴だったのかと思われて軽蔑されるだけじゃないのか。
「急にこんなことして悪かったな。俺はタクシー使って帰るから。透、あまり酒は呑みすぎるなよ」
そうして悩んでる間に秀司はそう言い残して去って行ってしまった。
追いかけようと思った。ドアノブに手を掛け捻るが、結局俺は開けはしなかった。
ヤマトと別れてでも秀司と一緒にいたい。それは本気だった。けれど別れたって一緒にいればまた俺は秀司を憎んでしまう。そんなのは嫌だった。
一緒にいたいのにいれない。
このどうしようもなさに俺は扉の前に蹲ることしか出来なかった。
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