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第十四話
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次の週。気まずさ全開で魔術数学を受ける。やはり僕は白い目で迎えられたわけだが、セヴェロがニコリと微笑み小声で僕に言う。
「耐えきれなくなったら僕の手を握るといい。大丈夫、僕がそばにいるから」
セヴェロの手を握ったまま眠ってしまったあの夜。その後僕より早く起きてしまった彼にその姿を見られてしまったのだ。
僕としたことが。それからというものセヴェロは以前より更に親密に僕に話しかけ、こうして事あるごとに手を繋ごうとするようになった。
何でもかんでも手を繋ごうとするのはあの夜しでかしてしまった僕をからかっているからか。
とにかく面倒だ。
「僕は平気だ」
そう冷たく突き放すように言い放って真っ直ぐ前を向く。
そうして無を貫いていたが、コツコツと鳴る革靴と気配に思わず視線を落とす。けれど耳にしたのは聞き慣れない先生の声だった。
「えー、魔術数学を担当していたスウィニー先生ですが、諸事情により退職なされました。今後は基礎魔術を担当する私が代理として授業を受け持ちますので、これからよろしくお願いします」
騒つく周囲。僕はすぐさまセヴェロを見遣る。彼は目をスッと細め、無表情なのに何故か薄ら笑いを浮かべているようだった。
「噂によれば、スウィニー先生は博士論文において大きな誤りがあったから辞めさせられたそうだ」
「誤りって?」
「さぁ?」
「剽窃したんだろ」
「いやいや、学長の奥さんと寝てたって話だぞ」
「じゃあ不倫がバレてってことか?」
学校中で繰り広げられる噂話に僕は寒気がした。事実が何かはわからない。だがはっきりと言えることがある。
セヴェロが彼を追い出したんだ。
「やあセヴェロ調子はどうだ?」
「オリバー。そうだないつもと変わらず絶好調だ。君はどうだい?」
「健康そのものだが心がな。ジェシーが浮気してるって言い張って喧嘩になったんだ。証拠も何もないのに言いがかりは勘弁だぜ」
「君はグレーを攻めるからな。ジェシーのためにもせいぜい黒にはなるなよ」
「分かってるさ。あ~そうだ、今度留学生を招いてパーティーを開くんだが、君も来ないか?」
「いや僕は遠慮しておくよ」
「まぁそう言わずにさ。セヴェロが来ると女の子たちの集まりもいいんだよ。だから頼むよ~」
「ジェシーも大変だな……」
「セヴェロ頼む! なぁ俺にOKって言ってくれよぉ」
「あっセヴェロ~、ねぇサークルに入らないって聞いたけどほんと? ヴァイオリンを嗜む者同士、一緒に楽曲が弾けるって楽しみにしてたのに」
廊下を歩いているだけでセヴェロの周りには次々と人が集まる。誰もが見惚れる美貌で微笑みを浮かべられ、彼の人当たりの良さを実感すれば嫌う人はいない。
だがそれは全て演技だ。
セヴェロにとって彼らは劣等種。円滑な人間関係の方が自身にとって得だから好かれるように演じているだけで、気に食わなければあの魔術数学の先生のように躊躇なく消すつもりなのだ。
「どうしたんだテオドア、顔が青いぞ。体調でも悪いのか?」
心配そうに窺うセヴェロに「なんともない」と顔を背ける。
恐ろしく、気色悪い。
彼はまるで不気味に周りに笑顔を振りまくピエロのようだった。
「ますます怪しいな。熱でもあるんじゃないか──」
僕を覗き込み、額に手でも当てられそうになってパシリとそれを弾く。驚いたように目を開くセヴェロに僕は早足でその場を去った。
「テオドア!」
セヴェロが僕の後を追いかけるが、わざと人混みに紛れて上手く撒くことに成功する。
彼は暖かい。そばにいると体温が移ったように僕の心も暖かさを取り戻し安らぎを得る。
だがそれと同じくらい僕は彼のことが恐ろしかった。
彼の本性は知っていたものの、それを目の当たりにして本能が告げる。
彼といるべきではない。
それからというものの、僕はなるべくセヴェロと距離を取ることにした。
彼の提案でもある貴重書に触れる機会が失われるのはとても残念だが、彼といるのは危険なことのように思えた。
そんな僕に彼も無理に付き纏うことはなく、何も問い詰めることもなく以前宣言した通り一定の距離を保ってくれた。
しかし隣にセヴェロのいない僕に皆は遠慮しなくなった。
皆にとって僕はとうとうあの心優しいセヴェロにも見限られた厄介な存在だと思われているらしい。
あの授業以来僕が普通ではないということは既に広まっており大学内では周知のことであった。
有名人は多くの視線に晒される。
奇異の視線。
そして嘲笑。
カフェテリアでトレイを持ちながら席を探していると、調和の保たれた正方形のにんじんが目に入った。
「君たちはこの素晴らしき数式を何も理解もしていない! このにんじんは2×2×2=8㎤であり、こんなに鮮やかなオレンジ色をしている。そしてもぐもぐ……美味い! こんなに甘く美味しいと言うのに君たちの目は節穴か!」
僕の口調を大きく誇張して仲間を笑わせる。ゲラゲラと腹を抱えて笑っていた仲間の一人が僕に気付き、「おい」と僕の真似を続ける男の肩を叩く。
「ん? なんだよ──」
振り返るや否や後ろに立っていた僕にぎょっと驚く。
僕の居場所はもうどこにもないようだった。
「耐えきれなくなったら僕の手を握るといい。大丈夫、僕がそばにいるから」
セヴェロの手を握ったまま眠ってしまったあの夜。その後僕より早く起きてしまった彼にその姿を見られてしまったのだ。
僕としたことが。それからというものセヴェロは以前より更に親密に僕に話しかけ、こうして事あるごとに手を繋ごうとするようになった。
何でもかんでも手を繋ごうとするのはあの夜しでかしてしまった僕をからかっているからか。
とにかく面倒だ。
「僕は平気だ」
そう冷たく突き放すように言い放って真っ直ぐ前を向く。
そうして無を貫いていたが、コツコツと鳴る革靴と気配に思わず視線を落とす。けれど耳にしたのは聞き慣れない先生の声だった。
「えー、魔術数学を担当していたスウィニー先生ですが、諸事情により退職なされました。今後は基礎魔術を担当する私が代理として授業を受け持ちますので、これからよろしくお願いします」
騒つく周囲。僕はすぐさまセヴェロを見遣る。彼は目をスッと細め、無表情なのに何故か薄ら笑いを浮かべているようだった。
「噂によれば、スウィニー先生は博士論文において大きな誤りがあったから辞めさせられたそうだ」
「誤りって?」
「さぁ?」
「剽窃したんだろ」
「いやいや、学長の奥さんと寝てたって話だぞ」
「じゃあ不倫がバレてってことか?」
学校中で繰り広げられる噂話に僕は寒気がした。事実が何かはわからない。だがはっきりと言えることがある。
セヴェロが彼を追い出したんだ。
「やあセヴェロ調子はどうだ?」
「オリバー。そうだないつもと変わらず絶好調だ。君はどうだい?」
「健康そのものだが心がな。ジェシーが浮気してるって言い張って喧嘩になったんだ。証拠も何もないのに言いがかりは勘弁だぜ」
「君はグレーを攻めるからな。ジェシーのためにもせいぜい黒にはなるなよ」
「分かってるさ。あ~そうだ、今度留学生を招いてパーティーを開くんだが、君も来ないか?」
「いや僕は遠慮しておくよ」
「まぁそう言わずにさ。セヴェロが来ると女の子たちの集まりもいいんだよ。だから頼むよ~」
「ジェシーも大変だな……」
「セヴェロ頼む! なぁ俺にOKって言ってくれよぉ」
「あっセヴェロ~、ねぇサークルに入らないって聞いたけどほんと? ヴァイオリンを嗜む者同士、一緒に楽曲が弾けるって楽しみにしてたのに」
廊下を歩いているだけでセヴェロの周りには次々と人が集まる。誰もが見惚れる美貌で微笑みを浮かべられ、彼の人当たりの良さを実感すれば嫌う人はいない。
だがそれは全て演技だ。
セヴェロにとって彼らは劣等種。円滑な人間関係の方が自身にとって得だから好かれるように演じているだけで、気に食わなければあの魔術数学の先生のように躊躇なく消すつもりなのだ。
「どうしたんだテオドア、顔が青いぞ。体調でも悪いのか?」
心配そうに窺うセヴェロに「なんともない」と顔を背ける。
恐ろしく、気色悪い。
彼はまるで不気味に周りに笑顔を振りまくピエロのようだった。
「ますます怪しいな。熱でもあるんじゃないか──」
僕を覗き込み、額に手でも当てられそうになってパシリとそれを弾く。驚いたように目を開くセヴェロに僕は早足でその場を去った。
「テオドア!」
セヴェロが僕の後を追いかけるが、わざと人混みに紛れて上手く撒くことに成功する。
彼は暖かい。そばにいると体温が移ったように僕の心も暖かさを取り戻し安らぎを得る。
だがそれと同じくらい僕は彼のことが恐ろしかった。
彼の本性は知っていたものの、それを目の当たりにして本能が告げる。
彼といるべきではない。
それからというものの、僕はなるべくセヴェロと距離を取ることにした。
彼の提案でもある貴重書に触れる機会が失われるのはとても残念だが、彼といるのは危険なことのように思えた。
そんな僕に彼も無理に付き纏うことはなく、何も問い詰めることもなく以前宣言した通り一定の距離を保ってくれた。
しかし隣にセヴェロのいない僕に皆は遠慮しなくなった。
皆にとって僕はとうとうあの心優しいセヴェロにも見限られた厄介な存在だと思われているらしい。
あの授業以来僕が普通ではないということは既に広まっており大学内では周知のことであった。
有名人は多くの視線に晒される。
奇異の視線。
そして嘲笑。
カフェテリアでトレイを持ちながら席を探していると、調和の保たれた正方形のにんじんが目に入った。
「君たちはこの素晴らしき数式を何も理解もしていない! このにんじんは2×2×2=8㎤であり、こんなに鮮やかなオレンジ色をしている。そしてもぐもぐ……美味い! こんなに甘く美味しいと言うのに君たちの目は節穴か!」
僕の口調を大きく誇張して仲間を笑わせる。ゲラゲラと腹を抱えて笑っていた仲間の一人が僕に気付き、「おい」と僕の真似を続ける男の肩を叩く。
「ん? なんだよ──」
振り返るや否や後ろに立っていた僕にぎょっと驚く。
僕の居場所はもうどこにもないようだった。
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