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第四章 ウージスパイン魔術大学校

3/魔術研究棟 -13 炎竜計画

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「──……は?」
 思わず間抜けな声が漏れる。
 イオタを操っているのが、ツィゴニアだと?
「どう──いう、こと、でしか?」
「すこし考えればわかると思うがね。思ったより頭の回転が鈍いようだ」
 手が震える。
「何故、誘拐はあれほどスムーズに成された? 何故、デイコスは全優科に潜入できた? そもそも、魔術研究科が現職の元老院議員を誘拐する必要はあるまい。彼らは私たちから予算を受け取っているのだ。顔色を窺って然るべきだろう」
 歯の根が合わない。
「まったく、余計なことをしてくれた。イオタと共に誘拐され、イオタを失って私のみが生還する。そうして、人々から同情を受け、私を支持する声は更に高まる。本来は、一石二鳥の計画だったのだよ」
 たしかに、改めて考えれば違和感だらけだ。
 だが、その違和感を無視させていたのは、ツィゴニアへの信頼だった。
 彼は、良き父親であるように見えた。
 イオタのために参観会を訪れ、誠実に接し、武術大会で優勝したときも心の底から喜んでいるように思えた。
 だが──
 そのすべては、虚飾にまみれていた。
 すべて、嘘だったのだ。
「──あ……」
 涙がこぼれる。
 心が折れる。
 イオタは、もう、知っているのだろう。
 自分が父親に利用されていたことを。
 愛されてなど、いなかったことを。
「かたな……」
 プルが、俺の背中を優しく撫でてくれる。
「どうして──どうして、そんなことが平気でできるんだ。どうして……」
「仕方がないだろう。私も、イオタを拾ったときは、真っ当に育てようと思った。愛情を持って接したつもりだとも。だが、身体検査によって、イオタが竜の血を継いでいることがわかった。わかってしまった。そして、思いついてしまったのだから仕方がない」
「何を、だ」
 ヘレジナが叫ぶ。
「──何を思いついたッ!」
 イオタの皮を被ったツィゴニアが、片頬を歪ませた。
「〈炎竜計画〉」
「炎竜、計画……?」
「人工的に造り出した災厄竜を操り、国益を掌中に収める計画だ。パラキストリの地竜と同じだよ。地竜と異なるのは、すべて私の意のままということだ。計画的な災害は利益となる。炎竜を国外へと派遣すれば、そのまま最強の兵器となる。他の北方十三国から、炎竜対策支援金をせしめることもできるだろう」
「そんな──そんな、くだらないことで……」
「くだらない? 私はウージスパインを愛しているだけだよ。私ほどこの国を愛している者もいない。本来は、イオタを私の後継者として育て上げ、自らの意志で炎竜を操ってほしかった。だが、どうにも頼りないのでね。竜を使役することに慣れさせようと与えたシィすら満足に操ることができない。会うたびに竜の血から精製した薬物を飲ませ、活性化を図っていたのだが……」
 思い出す。
 プラムジュース。
 赤い、赤い、あのジュース。
 イオタの竜の血が活性化したのは、ツィゴニアに会ったあとだった。
 すべてが一本の線で繋がっていく。
 不快だった。

 イオタは、
 何のために、
 頑張ってきたのだろう。

「──……ああ、う、ああああ……」
 嗚咽が漏れる。
 涙で前が見えなくなる。
 プルが、俺を抱き締めてくれるのがわかった。
 しばらくのあいだ、広間に、俺の嗚咽だけが響き続けていた。

「──ほう」
 無言で様子を窺っていたツィゴニアが、唐突に口を開いた。
「予定より早く調整が終わったようだ」
 視線を上方へ向け、満足げに微笑む。
「では、最後の仕上げだ。イオタと炎竜を繋げるため、あちらのリンクを切るとしよう。私としても、心が痛むのだが……」

 何かが、落ちてくる。

 高い高い広間の天井から、落ちてくる。

 とさり。

 床に叩き付けられ、
 動かなくなったそれは、

 ──首を掻き切られたシィの死体だった。

「嗚呼──」

 世の中に、こんなひどい話があるだろうか。
 少年は、父親に愛されてはいなかった。
 人格を否定され、半身を殺され、その人生すら奪われようとしている。

「──…………」
 涙を拭い、立ち上がる。
「させない。させてなるものか」
 イオタを──ツィゴニアを睨みつける。
「ツィゴニア=シャン。俺は、お前を認めない。俺のすべてで、お前の存在を否定する」
「随分と吠える。では、外へ出てごらん。君に絶望を教えてやる」
 三人を振り返る。
「行こう、皆」
 ヘレジナが、戸惑いながら問う。
「だが、イオタはどうする!」
「──…………」
 どうしようもない。
 気絶させることができればいいのだが、短剣の切っ先が首筋に食い込んでいる状態では、それも難しい。
 致命傷覚悟で短剣を弾き、即座に治癒術で回復するという手もあるが、刺さり方次第では脳に損傷が残る可能性がある。
 現状、俺たちの手持ちのカードに、イオタを安全に無力化する手段はなかった。
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