上 下
267 / 286
第四章 ウージスパイン魔術大学校

3/魔術研究棟 -2 次の目的地

しおりを挟む
「……今から、すこし、ショックなことを伝えなきゃならない」
「ショックなこと、でしか……?」
「ああ。でも、忘れないでほしいことがある」
 ヤーエルヘルの体温を感じながら、言う。
「俺たちは、ヤーエルヘルのことが大好きだ。それだけは、世界が引っ繰り返ったって変わらない。それを踏まえて、聞いてくれ」
「ああ。その点だけは安心しておけ。私たちは、皆、お前のことが大好きだとも」
「う、……うん! わ、わたしたちは、ヤーエルヘルの味方、……だから!」
「……はい」
 安心したように、そっと微笑むのがわかった。
「こわい、でしけど。みんなが、そう、言ってくれるのなら……」
 そう言って、俺を見上げる。
「カタナさん、教えてくだし」
 俺は、小さく頷いた。
「……年齢って言うのは、その人が生きた年数のことだ。誕生日がなくたって、一年経てば年を取る。俺は三十年。ヘレジナは二十八年。プルは十五年しか生きていない」
「……!」
 ヤーエルヘルの目が、驚愕に見開かれた。
「じゃあ──じゃあ、あちしは、十二歳じゃ……ない、のでしか?」
「そうなる」
 プルが尋ねる。
「や、ヤーエルヘルは、いままで、ど、……どのくらい、生きてきた、……の?」
「え、と……」
 数秒ほど思案し、
「ベイアナットに半年、いて。ナナさんとは、二十年、一緒に旅をして。トレロ・マ・レボロでは──ずっと、ずっと、もう、覚えていないくらい」
 呼吸を挟み、言葉を継ぐ。
「……ずっと、一人で過ごしていました」
「──…………」
 ヤーエルヘルの体を、強く掻き抱く。
「……寂しかったか?」
 胸の中で、息を呑むのがわかった。
「寂し、かった……。ずっと、寂しかった、でし。ずっと一人で。お世話係の子と仲良くなっても、いつの間にかいなくなっていて。だから──」
 ヤーエルヘルの語気が、荒くなっていく。
「だから、ナナさんがいなくなったときも、あちしのこと、嫌いになったんだと思って。とても、とても、悲しくて。……もう、あちしのこと、好きになってくれる人なんかいないと思って。つらくて……」
 その言葉は支離滅裂だ。
 だからこそ、胸が痛む。
「でも、みんなが。みんなが、あちしのこと、受け入れてくれて。でも、でもお……! あちしは、人と違って……! あちしは──あちしは、なんなんでしか? ……こわい。こわい、でし。嫌われるのが、こわい……」
「怖くない」
 断言する。
「怖がらなくていいんだ、ヤーエルヘル。いつでも、何度だって言ってやる。俺たちは、ヤーエルヘルのことが大好きだ。お前が何者だとしても。ちょっと人より長く生きてるくらい、なんだ。大したことじゃないだろ」
「──……う」
 ヤーエルヘルが、俺の胸に顔を押し付ける。
「うあ、あああああ……!」
 涙が染みて、胸元が熱かった。
 プルとヘレジナが、ヤーエルヘルを包むように、そっと寄り添う。
 それは、覚悟の形だ。
 ヤーエルヘルが何者であれ、俺たちは、それを背負って生きていく。
 そう、無言のうちに決めたのだ。
 しばらくして、ヤーエルヘルが泣き止む。
「ご、ごめんなし。涙と、はなみず……」
「いいって。洗えばいいだけだし」
 ヤーエルヘルを離し、その頭を優しく撫でたあと、プルとヘレジナに尋ねた。
「この世界に、長命の種族なんているのか? ほら、エルフとか」
 ヘレジナが小首をかしげる。
「……エルフ?」
「ご、ごめん、……なさい。その種族は、聞いたことがない、……かも」
 プルが、顎に指を当てる。
「こ、この世界に生きる人間は、純人間と、亜人、だけ……。で、でも、亜人だって、そんなに長く生きるとは聞いたことない、……でっす。と、トレロ・マ・レボロは、閉鎖的だけど、ラーイウラよりは国交がある、から。じゅ、寿命が違うなんて話があれば、さすがに伝わっている、……はず」
「そっか……」
 しばし思案し、口を開く。
「大図書館を調べ終わったら、トレロ・マ・レボロへ行ってみないか? ヤーエルヘルのルーツが知りたい」
「あ! そ、それ、いいかも……」
「よい考えだ。ここまで来ればパレ・ハラドナの追っ手からは逃げおおせたろうし、ウージスパインを一通り見て回ったら北上しようではないか」
「え──」
 ヤーエルヘルが、目をまるくする。
「……その、カタナさんの世界へ行く方法、探さなくていいのでしか?」
「まだ大図書館を調べ終えたわけじゃないが、個人的に見込みは薄いと思ってる。そもそも、俺以外で唯一〈タナエルの者〉だと判明してるカガヨウは、この世界に骨を埋めてるしな。だから、現状は手当たり次第。決まったルートはないんだよ」
「……わ、わたしたちも、ヤーエルヘルの、こと、知りたい、……な。ヤーエルヘルのこと、大好き、だから」
「むろん、お前が嫌であれば断ってくれて構わん。追放された故郷だ。抵抗もあるだろう」
「──…………」
 すこしのあいだ考え込んでいたヤーエルヘルが、顔を上げる。
「あちしも、知りたいでし。自分が何者なのか。追い出された場所だから、すこし怖いでしけど……。でも、みんながいれば、きっと大丈夫だと思いまし!」
 思わず頬が緩む。
「ああ、そうしよう」
「それに、あながち見当違いの行動でもないのだぞ。〈タナエルの者〉という言葉は、ラライエが漏らしたものだ。彼奴は、ヤーエルヘルの名に反応を見せていた。繋がりが皆無とは言い切れん。ヤーエルヘルの出自こそが、我々の目的である異世界への渡航に関する手掛かりとなるやもしれん」
「たしかに……」
「決まりだな」
 床に腰を下ろし、あぐらをかく。
「次の目的地は、トレロ・マ・レボロだ」
「──はい!」
 ヤーエルヘルが、笑顔で頷いた。
 北方十三国最北の地、亜人国家トレロ・マ・レボロ──果たして、どのような国なのだろうか。
「では、今夜はそろそろ眠るとしよう。カタナは私と床であるぞ。端へ退け退け」
「はいはい」
「あ──」
 ヤーエルヘルが、俺の隣に座る。
「あちしも、床で寝たいでし」
「な、なら、わたしも……」
 プルも同様に、床に腰を下ろした。
「んじゃ、俺はベッドで──」
 立ち上がろうとして、立ち上がれなかった。
 俺の上着を三人がしっかり掴んでいた。
「カタナよ。ここに至れば一蓮托生。お前も床で寝るのだ」
「同じベッドで寝る寝ないって話になったときは、あんだけ抵抗してたのに……」
「広さが違うであろう、広さが!」
「か、か、かたな……」
「カタナさん……」
 プルとヤーエルヘルの切なげな視線が、ぐさぐさと刺さる。
「──わかった。わかりましたよ。一緒に寝ればいいんだろ……」
 多少距離が近いものの、こんなのは騎竜車で雑魚寝するのと変わらない。
 頭ではわかっているのだが、何故だか落ち着かなかった。
 四人並んで眠りにつく。
 暗闇の中、いつまでも言葉を交わした。
 全優科でのこと、イオタたちのこと、これまでのこと、これからのこと──
 話すことは、いつまでも尽きなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件

月風レイ
ファンタジー
 普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。    そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。  そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。  そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。  そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。  食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。  不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。  大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

幼馴染み達がハーレム勇者に行ったが別にどうでもいい

みっちゃん
ファンタジー
アイ「恥ずかしいから家の外では話しかけて来ないで」 サユリ「貴方と話していると、誤解されるからもう2度と近寄らないで」 メグミ「家族とか気持ち悪、あんたとは赤の他人だから、それじゃ」 義理の妹で同い年のアイ 幼馴染みのサユリ 義理の姉のメグミ 彼女達とは仲が良く、小さい頃はよく一緒遊んでいた仲だった… しかし カイト「皆んなおはよう」 勇者でありイケメンでもあるカイトと出会ってから、彼女達は変わってしまった 家でも必要最低限しか話さなくなったアイ 近くにいることさえ拒絶するサユリ 最初から知らなかった事にするメグミ そんな生活のを続けるのが この世界の主人公 エイト そんな生活をしていれば、普通なら心を病むものだが、彼は違った…何故なら ミュウ「おはよう、エイト」 アリアン「おっす!エイト!」 シルフィ「おはようございます、エイト様」 エイト「おはよう、ミュウ、アリアン、シルフィ」 カイトの幼馴染みでカイトが密かに想いを寄せている彼女達と付き合っているからだ 彼女達にカイトについて言っても ミュウ「カイト君?ただ小さい頃から知ってるだけだよ?」 アリアン「ただの知り合い」 シルフィ「お嬢様のストーカー」 エイト「酷い言われ様だな…」 彼女達はカイトの事をなんとも思っていなかった カイト「僕の彼女達を奪いやがって」

ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~

三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】 人間を洗脳し、意のままに操るスキル。 非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。 「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」 禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。 商人を操って富を得たり、 領主を操って権力を手にしたり、 貴族の女を操って、次々子を産ませたり。 リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』 王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。 邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!

性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜

mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!? ※スカトロ表現多数あり ※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

女神様から同情された結果こうなった

回復師
ファンタジー
 どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。

処理中です...