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第四章 ウージスパイン魔術大学校

2/魔術大学校 -17 違和感

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 周囲に生徒がいないことを確認し、俺は切り出した。
「──冬華寮にいる三ヶ月以内に編入してきた生徒は、三名だ。このうちの誰かがデイコスかもしれないし、違うかもしれない」
 ヘレジナが頷く。
「私たちも、引き続き、三ヶ月以内の全優科への出入りを調べてみる。生徒、教官、師範を含めてな」
「気になるのは、イオタが誘拐されかかってたことだ。暗殺じゃなくて、誘拐。ツィゴニアへの脅迫材料のつもりだったのかもしれないけど」
「そんな回りくどいこと、するでしょうか」
 ヤーエルヘルが、小首をかしげる。
「ツィゴニアさんを暗殺するだけなら、いくらだって方法があるはずでし。それをわざわざイオタさんを誘拐して脅迫するだなんて、一手遠回りをするだけでしよ」
「そ、……そうだよ、ね。あ、暗殺するだけなら、あの血操術で事足りる、……し」
 プルの言葉に、イオタが反応する。
「血操術、ですか?」
「知らないほうがいいぞ、手の内バレたら全員殺すようなやつらだ。知ってるだけで狙われる」
「いえ、既に狙われてますし……」
 それはそうだ。
「まあ、よかろう。彼奴らは一族秘伝の魔術を会得している。それが血操術だ。自らの血を操り、棘と化す。仕事のあとに残るのは、死体と血液のみ。血が出るのは当然のことであるからして、証拠も何も残らない。私は秘伝魔術とやらに詳しくはないが、操るものを自らの血液と定めることにより、より精緻かつ精密な制御を可能にしているのだろうな。以前、宿にて鍵を破られたのだが、恐らくはそれも血操術によるものだ。血で物理的に鍵を作り上げれば、抗魔術式には引っ掛からんからな」
「──…………」
 ふと、思う。
「たとえば切断術なんかで人を殺したとしても、凶器も証拠も残らないんじゃないのか?」
 ヤーエルヘルが答える。
「はい。でしが、魔力痕が残りまし。魔術による殺人であることはすぐに判明しましから、それを元に捜査を進めていくのだと聞きました」
「へえー」
 魔力痕なんてものがあるのか。
「血操術による暗殺では、魔力痕が残らないか、あるいは判別できないほど微弱なのだと思いまし。もともと、そう長く残るものでもないでしし……」
「そうなれば、憲兵や警邏官は凶器を探す。そのあいだに悠々と逃げおおせるわけか。さすが──っつーのもなんだけど、マジで暗殺者って感じだな」
 パドロ=デイコスの言う通りだ。
 戦闘になった時点で、仕事としては下の下。
 御前試合で戦ったルアンは、デイコス家の最終兵器のようなものだったのだろう。
 下の下であっても遂行しなければならない仕事は、やはりあるはずだ。
「そ、そうなる、と、……あの誘拐は、やっぱりおかしい、かも。本当に、で、デイコス、……だったのかな?」
 小首をかしげるプルに、答える。
「その点は間違いない。デイコスの名前を出した瞬間、顔色を変えた。俺の名前を出したら、怯えた。カタナ=ウドウの名が伝わってるんだよ」
 イオタが、いっそ呆れたような表情を浮かべ、呟いた。
「……カタナさん、暗殺者に怯えられてるんですか?」
「あー、いや。はは……」
 苦笑で返す他なかった。
 ネルにジグ、ヴェゼルにアーラーヤ。
 ラーイウラ王国での出来事は、出会いは、俺にとって本当に大切なものだ。
 だが、武勇伝以前に、俺が人を殺した記憶でもある。
 俺が殺人者であることを、あまり吹聴したくはなかった。
「ともあれ、俺がイオタを護衛している時点で状況は大きく変わってるはずだ。パドロ=デイコスの言葉に嘘がなければ、やつらはこう考える。カタナ=ウドウがいる限り、イオタの暗殺及び誘拐は不可能であるってな」
「不可能、ですか……?」
 イオタが不可解そうな表情を浮かべる。
「でも、数を頼みにとか、そういうこともあり得ます。五人で駄目でも、十人、二十人でかかればと考えるんじゃないでしょうか」
「いや、考えない」
 ヘレジナが断言する。
「暗殺はわからんが、誘拐に関しては事実として不可能だ。お前は、お前の師匠の強さを甘く見ている」
「そ、……そんなに、強いんですか?」
「……まあ、相手によるな」
 ルアンが二十人出てきたら、さすがに苦戦は必至だろう。
「はー……」
 イオタの視線に、これまで以上の憧れが含まれている。
 くすぐったいな。
 俺は、そこまで大した人間でもないのに。
「ふふん。その強い強い師匠より、さらに強い剣術士がいるのだぞ」
「えっ、誰ですか?」
「目の前にいるであろう」
「──…………」
 目を白黒させたのち、答える。
「へ、ヘレジナさん、ですか?」
「ああ。ヘレジナは俺より強いぞ、マジで」
「ちょ、ちょっと、よくわからない世界の話になってきました」
 だろうなあ。
「……そっか」
 イオタが、右手を握り締める。
「ぼくも、強くなるんだ」
 ヤーエルヘルが微笑む。
「イオタさんなら、きっとなれましよ。頑張ってるの、わかりましから……」
「ありがとう、ヤーエルヘルさん」
 イオタの武は、まだ始まったばかりだ。
 ウージスパインに生きる上で、武は必ずしも必要なものではないのかもしれない。
 だが、いざというとき、より多くのものを守れる力は持っておいたほうがいい。
 俺が、三人を守る力を求めたように、イオタにもいつか守りたいものができるはずだ。
 ヤーエルヘルは、そう簡単にはやれないけれど。
 こそこそと会話を交わしていると、高等部の母屋が近付いてきた。
「んじゃ、また昼に」
「はあい」
「ま、またあとで、……ね」
「居眠りするでないぞ」
「はい、あとで」
 皆と別れ、俺たちは、二年銀組の教室へと向かうのだった。
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