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第四章 ウージスパイン魔術大学校
1/ネウロパニエ -2 牧羊竜
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共和国であるウージスパインには、元首はいても君主はいない。
元首、元老院、平民会によって行われる行政は、形式上は貴族共和制であるものの民主的な色合いが強く、国民の意見が反映されやすい下地がある。
しかし、貧する貴族と富める平民との発言力が逆転する資本主義社会の側面もあり、貧富の差が激しいことが社会問題になっているらしかった。
もっとも、そういった情勢も、牧羊の村であるニャサにはあまり関係がないのだが。
「──しかし、面白いものを見たな。牧羊竜などと」
牧羊竜。
ニャサの村で飼育されている小型の飛竜だ。
忠実で賢く、羊の群れの誘導や見張り、捕食動物からの護衛など、牧羊に関するあらゆる訓練を受けている。
「ウージスパインの牧羊竜。聞いたことはあったんでしが、初めて見ました!」
ヤーエルヘルは興奮気味だ。
「な、撫でさせてもらえて、……よかった。ざらざらしてた」
羊の乳と肉で作られたシチューを操術で掻き混ぜながら、プルが微笑む。
「牧羊犬ってのは、こっちの世界にもいたんだけどな。シェパードだっけ」
「か、賢い犬なら、同じことできそう、……かも」
「こう、シュッとしてて、いかにも頭が良さそうな顔はしてたな」
「かしこさんでしねー」
かしこさん。
言い方が可愛いな。
「あ、カタナさん。飲み物もうありませんね。頼みましか?」
「そうだな。んじゃ、またシリジンワインで」
ヘレジナが愉快そうに笑う。
「カタナも随分とシリジンワインに慣れたものだな。最初は酸っぱい酸っぱいと文句を垂れておったのに」
「そら、一ヶ月以上も水代わりにしてたらな……」
下戸の血筋でなくて、本当によかった。
両親の遺伝子に感謝する日が来るとは思わなかったが。
「では、私はエールを」
「お、お水……」
「はあい」
ヤーエルヘルが立ち上がり、店員を呼ぶ。
「しみませーん」
「あ、少々お待ちを!」
カウンターの奥から、先程注文を受けた人とは別の店員が顔を出す。
「えと、シリジンワインと──」
ふと気付く。
その男性店員の首には、抗魔の首輪が嵌まっていた。
「あれ、その首輪……」
「……はい、恥ずかしながら」
店員の表情が曇る。
「あの国から逃げ出してきたばかりで、路銀もなく、ここで働かせてもらっているんです」
「それは、災難だったな」
ヘレジナの言葉に、店員が頷く。
「ニャサで宿を取っているということは、ラーイウラから来たか、ラーイウラへ行くかのどちらかですよね」
「ああ、うん。ラーイウラから来たんだ」
そう答えると、
「それは、運が良かった。実に良かった。羨ましいです……」
「はは……」
思わず苦笑が漏れる。
バッチリ首輪を嵌められたとは言えまい。
「聞きかじりになりますが、この首輪って、神代の技術を使っているらしくて。現代の魔術、技術では、決して外せないんだそうです。本当、つらくって……」
店員が、両手を握り締め、悔しそうに俯く。
「……あー」
言っても構わないだろう。
「その首輪、近いうちに外せるようになるかもよ。いつとは断言できないけど」
「えっ!」
「ラーイウラ、王が代替わりしたんだ。その新しい王様が優しくて、いずれは奴隷制を撤廃させるつもりだって」
「──ほ、本当ですか!」
プルが、俺の言葉を引き継ぐ。
「は、はい! ほんと、……です! き、貴族と奴隷のあいだに生まれたひとで、もともと奴隷制に否定的で……。す、すぐじゃ、ないですけど、……きっと!」
「そっ、……かー!」
店員が、半泣きで満面の笑みを浮かべた。
「よかった。高い金払って義術具を買わずに済みそうです」
「義術具?」
聞き覚えのない単語だ。
「あ、聞いたことありまし。何らかの理由で魔法、魔術を使えないひとのために、半輝石に込めた魔力で魔術を行使する魔術具の一種でし。ウージスパインの高い技術力を用い、熟練の輝石士がオーダーメイドで作る特注品。とってもお高いんだとか」
「めちゃくちゃ高いですよ……。特注もそうなんですけど、質の良い半輝石がそもそも高価なんです。トータルで二万シーグルは飛んでくらしくて、目の前が暗くなりましたもん」
「へえー」
頷きながら、ふと思う。
「それ着ければ、俺でも魔術が使えるのかな」
それは、単なる思いつきだった。
「……お客さん、もしかして」
「ああ。生まれつき魔力がなくてさ」
「──わかる! わかりますよ、そのつらさ!」
「うお!」
「抗魔の首輪を嵌められて、初めてわかりました。この世界は魔術の使えない人に対してあまりに無頓着だ! 御存知だと思いますが、包丁がなければ食材も切れない。火が起こせなければ調理もできない。部屋の明かりをつけるのだって、いちいち人に頭を下げなきゃいけないんです。幸い、ここの女将さんはいい人だから助かってますけど……」
うんうんと相槌を打ちながら、店員の話を聞く、
余程鬱憤が溜まっていたらしい。
「ほんと、いいことを聞きました。希望があるだけで生きていけます」
「頑張ってくだし! きっと、すぐでしよ」
「はい!」
「……あ、注文いいっすか?」
店員が、俺の手を離す。
「……すみません、興奮してしまって」
「あー、いや。気持ちわかるんで」
「シリジンワインとエール、お水を二つお願いしまし」
「はい、承りました。ごゆっくりどうぞ!」
店員が、何度も頭を下げながら、バックヤードへ消えてゆく。
元首、元老院、平民会によって行われる行政は、形式上は貴族共和制であるものの民主的な色合いが強く、国民の意見が反映されやすい下地がある。
しかし、貧する貴族と富める平民との発言力が逆転する資本主義社会の側面もあり、貧富の差が激しいことが社会問題になっているらしかった。
もっとも、そういった情勢も、牧羊の村であるニャサにはあまり関係がないのだが。
「──しかし、面白いものを見たな。牧羊竜などと」
牧羊竜。
ニャサの村で飼育されている小型の飛竜だ。
忠実で賢く、羊の群れの誘導や見張り、捕食動物からの護衛など、牧羊に関するあらゆる訓練を受けている。
「ウージスパインの牧羊竜。聞いたことはあったんでしが、初めて見ました!」
ヤーエルヘルは興奮気味だ。
「な、撫でさせてもらえて、……よかった。ざらざらしてた」
羊の乳と肉で作られたシチューを操術で掻き混ぜながら、プルが微笑む。
「牧羊犬ってのは、こっちの世界にもいたんだけどな。シェパードだっけ」
「か、賢い犬なら、同じことできそう、……かも」
「こう、シュッとしてて、いかにも頭が良さそうな顔はしてたな」
「かしこさんでしねー」
かしこさん。
言い方が可愛いな。
「あ、カタナさん。飲み物もうありませんね。頼みましか?」
「そうだな。んじゃ、またシリジンワインで」
ヘレジナが愉快そうに笑う。
「カタナも随分とシリジンワインに慣れたものだな。最初は酸っぱい酸っぱいと文句を垂れておったのに」
「そら、一ヶ月以上も水代わりにしてたらな……」
下戸の血筋でなくて、本当によかった。
両親の遺伝子に感謝する日が来るとは思わなかったが。
「では、私はエールを」
「お、お水……」
「はあい」
ヤーエルヘルが立ち上がり、店員を呼ぶ。
「しみませーん」
「あ、少々お待ちを!」
カウンターの奥から、先程注文を受けた人とは別の店員が顔を出す。
「えと、シリジンワインと──」
ふと気付く。
その男性店員の首には、抗魔の首輪が嵌まっていた。
「あれ、その首輪……」
「……はい、恥ずかしながら」
店員の表情が曇る。
「あの国から逃げ出してきたばかりで、路銀もなく、ここで働かせてもらっているんです」
「それは、災難だったな」
ヘレジナの言葉に、店員が頷く。
「ニャサで宿を取っているということは、ラーイウラから来たか、ラーイウラへ行くかのどちらかですよね」
「ああ、うん。ラーイウラから来たんだ」
そう答えると、
「それは、運が良かった。実に良かった。羨ましいです……」
「はは……」
思わず苦笑が漏れる。
バッチリ首輪を嵌められたとは言えまい。
「聞きかじりになりますが、この首輪って、神代の技術を使っているらしくて。現代の魔術、技術では、決して外せないんだそうです。本当、つらくって……」
店員が、両手を握り締め、悔しそうに俯く。
「……あー」
言っても構わないだろう。
「その首輪、近いうちに外せるようになるかもよ。いつとは断言できないけど」
「えっ!」
「ラーイウラ、王が代替わりしたんだ。その新しい王様が優しくて、いずれは奴隷制を撤廃させるつもりだって」
「──ほ、本当ですか!」
プルが、俺の言葉を引き継ぐ。
「は、はい! ほんと、……です! き、貴族と奴隷のあいだに生まれたひとで、もともと奴隷制に否定的で……。す、すぐじゃ、ないですけど、……きっと!」
「そっ、……かー!」
店員が、半泣きで満面の笑みを浮かべた。
「よかった。高い金払って義術具を買わずに済みそうです」
「義術具?」
聞き覚えのない単語だ。
「あ、聞いたことありまし。何らかの理由で魔法、魔術を使えないひとのために、半輝石に込めた魔力で魔術を行使する魔術具の一種でし。ウージスパインの高い技術力を用い、熟練の輝石士がオーダーメイドで作る特注品。とってもお高いんだとか」
「めちゃくちゃ高いですよ……。特注もそうなんですけど、質の良い半輝石がそもそも高価なんです。トータルで二万シーグルは飛んでくらしくて、目の前が暗くなりましたもん」
「へえー」
頷きながら、ふと思う。
「それ着ければ、俺でも魔術が使えるのかな」
それは、単なる思いつきだった。
「……お客さん、もしかして」
「ああ。生まれつき魔力がなくてさ」
「──わかる! わかりますよ、そのつらさ!」
「うお!」
「抗魔の首輪を嵌められて、初めてわかりました。この世界は魔術の使えない人に対してあまりに無頓着だ! 御存知だと思いますが、包丁がなければ食材も切れない。火が起こせなければ調理もできない。部屋の明かりをつけるのだって、いちいち人に頭を下げなきゃいけないんです。幸い、ここの女将さんはいい人だから助かってますけど……」
うんうんと相槌を打ちながら、店員の話を聞く、
余程鬱憤が溜まっていたらしい。
「ほんと、いいことを聞きました。希望があるだけで生きていけます」
「頑張ってくだし! きっと、すぐでしよ」
「はい!」
「……あ、注文いいっすか?」
店員が、俺の手を離す。
「……すみません、興奮してしまって」
「あー、いや。気持ちわかるんで」
「シリジンワインとエール、お水を二つお願いしまし」
「はい、承りました。ごゆっくりどうぞ!」
店員が、何度も頭を下げながら、バックヤードへ消えてゆく。
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